30 女性の末席 【30-1】

『ザナーム』の通販事業部を確認し、

誰にも会うことなく、『岸田』の工事現場へと思っていた岳の前に、

京子とあずさが立つという、予想外の展開になってしまった。

京子の堂々とした態度に、岳は喫茶店で『お局』と話していた女性の会話を思い出し、

その後ろにいるあずさを見る。

とにかく、『なぜここにいるのか』を、あずさにだけでも理解してもらおうと、

岳は事情を説明した。


「『岸田』の現場を訪れる用があった。ただ、時間が昼時だし、
現場の人間に気をつかわせるかなと思ったので。少し車を走らせたんだ。
この先が通行できないと教えてもらい……こんなことに。
仕事中に迷惑をかけて申し訳ない」


岳の言葉に、警備員は『BEANS』の方だと、京子に話す。


「『BEANS』……。あぁ、はい、素敵な分譲マンション、電車の中から見えますよね」


京子はそう言うと岳に微笑んだ。

岳は、『ありがとうございます』と答えると、京子の視線を感じ、

スーツのポケットから名刺入れを取り出す。

名刺を前に出しながら、お騒がせをして申し訳ないと頭を下げた。

京子は『わざわざすみません』と言いながら、両手で岳の名刺を持つ。


「『BEANS』の経営企画、あら、チーフでいらっしゃるのね、相原さんは」


京子は、『まだお若そうなのに』と、岳を見る。

岳は京子のそばに立つあずさの、少し困ったような表情を確認し、

すぐに出ますからと声に出した。どこをどうとっても、

この行動は、あずさのプラスにはならない気がしてしまう。


「宮崎さんとは、ご親戚? それとも……お友達? ん?」


京子が立て続けに岳に話を振ろうとするので、あずさは自分の曾祖母と、

岳の祖父が昔からの知り合いで、世話になっていることを話す。


「田中さん、理由もわかりましたし、そろそろ行きましょう」

「はいはい、行きますよ。でもまぁ、そうなのですか、
私は宮崎さんのご親戚の方か……もしくは『恋人』かと、思ってしまって……」


京子の言葉に、『違う』とあずさが言葉を重ねる前に、岳の口が開く。


「いや、あの、妹みたいなものですから……」


岳にしてみたら、喫茶店で女子社員達の会話を先に聞いていたため、

あずさとの関係を、妙に探られないように、ただそれだけのことだった。

あずさも心の中ではそれを理解しているものの、『妹』という文字の響きが、

別の感情を呼び起こしてしまう。


「それでは、失礼します」


岳は警備員の男性にも挨拶をすると、停めてあった車に乗り込み、

指示されたとおりに動かしていく。たった数分間の出来事だったが、

京子は岳が残した名刺を両手で持つと、楽しそうにクスクスと笑った。





名前も知らない橋を渡り、数台の車が並べる広い道路に入った時、

岳は、何か重たいものから解放されたと思えるような、息を吐き出した。

『行かなければよかった』という思いが、頭をかけめぐる。

よく考えてみたら、『岸田』の建設に、自分が深く関わることが嫌で、

あえて避けてきた現場だった。泰成が行くつもりで準備をしていたのだから、

そのままにしていれば、こんなこともなかったし、

喫茶店で同僚の社員がしている噂話を聞かなければ、

それほどあずさの置かれた状況を心配することもなかった。

もっと言ってしまえば、庄吉があずさを東京に呼ぶことをしなければ、

今まで、しっかりと地に足をつけて過ごしてきた日々に、

こんな落ち着かない時間が入り込むことなどなかった。

岳は赤信号に気付き、急ブレーキをかける。



『ストレス』だった人の行動を、気にする自分。

説明のつけようがない時間の経過を取り戻すために、岳は建設現場に向かった。





「『相原岳』」


京子は岳の名刺を見ながら、なぜかフルネームを読み上げる。

あずさはクレーム対応の事例を見ながら、どう自分なら対応するのか、

白い紙に意見を書くことが、次の課題となった。



『商品が思っていたものと違う』

『つけてみたが、効果がない気がする』



それぞれのクレームを部類にわけ、自分が対応するのか、もっと上司に交代するのか、

それを考えてみた。


「ねぇ……彼は、わざわざ、ここまで来たってことよね」


あずさが、真剣に課題に取り組んでいることなどお構いなしに、

京子はあずさの周りを何度も回った。正直、仕事の邪魔だと思える部分もあったが、

研修中のあずさとしてはそうは言えない。


「『岸田』の現場に近いので、フラッと来たと……」


あずさは、京子の言葉を無視するわけにもいかないと、それなりに返事をした。


「妹ねぇ……」


京子の目が、あずさを見る。


「どう? 色々と考えてみて。いいのよ、正直に言って」

「正直?」

「そう……」


京子の言葉に、あずさは群馬でもあった出来事を思い出したと感想を語る。


「群馬?」

「はい。私は『アカデミックスポーツ』の群馬にあるジムで、受付をしていたので、
クレームも、色々と聞いていました。こちらが循環バスの紙を渡ししていたのに、
もらってないと言われたり。確かに、自分のミスは忘れていて、
こちらばかり責めてくる人もいたな……とか」


あずさはそういうと、どこも同じですねと京子を見る。

京子は、何も書かれていなかった白い紙には、

すでにあずさが色々と書いていることがわかり、その文字を見る。


「宮崎さん。内心、どういうことよって思わなかった?
私は、クレーム担当にと言われていませんって」


京子は、仕事は電話対応のパートたちを、

まとめる仕事だと言われているでしょうと、あずさを見る。


「いいのよ、正直に言って」


京子は、『クレーム』担当など、誰もやりたくないのだからと、

そこまで持ち続けていた岳の名刺を、デスクに置く。


「確かに、仕事は通販事業部と聞いてここへ来ましたけれど、
クレーム対応をしないとは言われていません。
田中さんにこれを読んで欲しいと言われて、私なりに考えていました。
おそらく、お客様のクレームがどんなものか最初に知っていたら、
それを、自分が生み出すような行動をしないように気をつけるだろうし、
言葉も使わないだろうと考えたのかなと、そんなふうに読み進めていました」


あずさは、資料を元の位置に戻す。


「しないとは言われていません……そんなふうに……ねぇ」


京子はあずさの方を見た後、少しだけ口元をゆるめた。



【30-2】



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