30 女性の末席 【30-2】

岳は、昼2時を過ぎた頃、『岸田』の現場に顔を出した。

新しい段階に入った、現場の状況を確認する。


「今日からこちらへ」


現場監督の説明に、岳は軽く頷く。

『稲倉』という候補地にこだわっていたときには、

見ることもしなかった『岸田』のプラスポイントを、

あらためて自分の目と耳で確認する。

道路は、昔の名残なのか、一方通行などがところどころあるが、

その分、大型車などの走りぬけなど、大きな騒音は感じられなかった。

子供たちを遊ばせるような公園や、小さな小川などもあり、

生活をするには、なかなかいい環境にある。

紙に書かれた平面の地図を見ていた時とは違い、

マンションも実際に骨組みが完成し、立体感が出たことで、

この場所に生きるはずの生活を想像できた。

岳は取引先の社員とも積極的に会話をし、『こだわり』を聞き続ける。

足場を固定するためのパイプが運ばれ、時折何かにぶつかる金属音が響き、

作業者のエンジン音が、職人との会話を遮ってしまうが、岳はヘルメットをかぶり、

伸びていく建物の風格に、予想以上の満足感を得た。

しかし、その心地よい時間は、それから数十分後、悲鳴と変わる。

少し前まで聞こえていた金属の音が、何十にも重なり、さらに大きな音をさせた。


「どうした……」

「何かあったのか」


男性の声が聞こえるものの、それが建物に響き、言葉が聞き取れない。

それでも、何かが起きたことがわかり、岳も現場監督と一緒に、音の方向に走った。


「どうしたんだ」

「すみません……」


現場監督と岳の目の前に見えたのは、何本もの鉄パイプと、

その側に倒れた数人の職人だった。

ダンプカーで運ばれてきた建設資材の荷物下ろしの際、

その留め金が予想外のタイミングで外れ、一気に下へ流れ落ちてしまった。

パイプを支えるはずだった機械が横に倒れ、その下敷きになっている人が見える。

そばにあった一般道路との境になる立て看板が、勢いによって倒れてしまい、

建設現場の外も、騒がしくなってしまう。


「誰か、救急車を!」


現場監督を勤める男性が、人だかりの中に入り、岳は囲まれている場所の外に出る。

異常に気付いた近所の人や、通行人の輪がその場に作られ始めていて、

岳は怪我をした人はいないのかと、その中に割って入った。





午後3時。

逸美は『中村流』の職員を連れ、『三国屋』に向かい、

展覧会の最終的な展示物について、打ち合わせをしていた。

『三国屋』からも数名の社員が入り、作品を並べる場所、

展示の高さなどメモに残している。

担当者として出席していた梨那は、何度も時間を確認し、時折携帯を見ると、

嬉しそうに笑っていた。

逸美は、普段以上に浮かれている梨那の状態に気付き、

『あえて』服装を褒めてみた。


「いえ、そんな……」


梨那は、待っていましたとばかりに反応し、新作なので自分でも着てみようと思ってと、

あくまでも『三国屋』が扱う商品であることを強調する。


「こうしておしゃれをすると、気持ちが明るくなりますよね」


梨那は、今日はこれから食事に向かうのでと、そこまで聞いていない情報を明らかにする。


「そうですか」


以前なら、梨那のこれみよがしの態度に、腹を立てていた逸美だったが、

岳の思いがどこにあるのかを『パワフリズムストーン』に気付かされたため、

その梨那の行動を、どこか冷めた目で見ることが出来るようになる。



『あなたも、彼に愛されてはいない』



そんな一歩引いた目線で、逸美が自分を見ていると思った梨那は、

素敵なデザインだからと、そう勧めた。


「逸美さんもぜひ、購入してみませんか? 着心地もいいですから」

「そうですね……でも、スカートは苦手なんです」


座っても立っていても気にしなくて済む、パンツスーツの方が好きなのでと、

逸美は梨那の会話のきっかけをシャットアウトする。


「そうですか」


梨那も、積極的に交流しようと思っているわけではなかったのか、

少しでも早く仕事を終わらせようと、資料をファイルの中にまとめだした。





『ザナーム』に、仕事が終了だというベルが鳴り、担当だった女性達が、

それぞれのテーブルから離れだした。

通販の電話は、午後9時までつながるようになっているため、

ある程度電話の場所が限定され、担当者たちが残り、パートが抜けていく。


「宮崎さんも、4月以降はローテーションに入っていただきますが、
研修の間は、5時上がりで結構です」

「……はい、ありがとうございました」


あずさは、研修の1日目をなんとか終える。


「気を落とさない方がいいわよ、宮崎さん」


京子の言葉に、あずさは意味がわからず顔をあげた。

京子は一度しまった岳の名刺を、また右手で持ち、軽く振ってみせる。


「妹っていうのは、そんなに悪いたとえじゃないから」


京子はそういうと、気になっているから来てくれたのだと、岳のことを振り返る。


「昔ね、『バラの庭で会いましょう』っていう漫画があったの。その中の……」

「もしかしたら『ケヴィン』ですか」


あずさがすぐ、言葉を返してきたため、京子はそうだけれどと、目を丸くする。


「よく知っているのね。あなたも見たの?」

「いえ、漫画自体は見たことがありません。でも、一緒に仕事をしていた方が、
岳さんがその主人公の相手、『ケヴィン』というどこかの王子様に似ていると、
よく言っていたので」

「あらあら……」


京子はそうなのよと、楽しそうに手を合わせる。


「彼、妹って言っていたでしょ。でもね、気になったという事実が大事。
妹という字は『女』として『末席』だけれど、席はあるのだもの……。
本当の兄と妹でなければ、可能性はゼロではないの」


京子はそういうと、明日からも頑張りましょうねと、あずさに声をかける。

あずさは、どこか憎めないような京子に、『はい』と明るく返事をした。



【30-3】



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