31 恋人の心模様 【31-1】

仕事を休み、家にいた梨那は、ベッドの中で何度も携帯を開き、

岳からの連絡がないかを確かめた。しかし、着信もなければ、メールもない。

部屋の扉を叩く音が聞こえたので、梨那はけだるそうな返事をする。

扉を開けて入ってきたのは、母だった。


「梨那。お父様が怒ってますよ。今日がどういう日なのか、わかっていないのかって」


梨那は、『中村流』の展示準備最終日だと言うこともわかっていたが、

本来、仕事の中心は別社員が担当していて、

自分はあくまでも参加していただけだからと、母に話す。


「でも……」

「いいの。どうしてもって言うから、『三国屋』にいるだけで、
私は働きたいわけではないから。楽に仕事をしなさいって、そう言われていたのに、
どうして……」

「担当者として、名前を載せたのでしょう。それなら……」

「頭が痛いの。具合が悪いから……」


梨那はそういうと、部屋を出て行って欲しいと母に言い、布団を深く被り背を向けた。





あずさの研修2日目。

京子と向かい合う、小部屋での対応はそのままだったが、

午後は実際に受話器を握り、『クレーム』を聞くことになった。

興奮している状態だと、なかなか何を言いたいのかわからない人も、

冷静に聞き続けることで、少しずつ態度を軟化させる。


「ただいま、担当のものとおつなぎします。少々、お待ちください」


あずさはそういうと、京子の指示通り、商品管理担当の番号、『7』を押す。

ライトが光り、電話は確実に担当者へつながったとわかる。


「ふぅ……」


あずさの仕事ぶりを見ていた京子は、その対応の仕方に、小さく丸を出した。



「はい、どうぞ」

「いえ……自分の分はありますから、気にしないでください」


その日の昼休み。あずさは建物から3分くらい歩いた場所にあるコンビニに向かい、

サンドイッチとコーヒーを買って戻ってきた。

先にお弁当を広げていた京子は、それだけでは栄養が足りないのではないかと言い、

自分のおかずをあれこれ蓋に乗せ、あずさに食べるよう、勧めてくる。


「宮崎さんは若いのだもの。しっかり食べないとね」


京子はそういうと、あずさの顔をじっと見た。

あずさは分けてもらったおかずをそのままというのも悪いと思い、

すみませんと言った後、煮物のにんじんを口に入れる。


「昨日は、あれから何か言われた?」


京子は、そういうとあずさの返事を待っているという顔をした。



『……行くな』



あずさは、瞬間的に岳の手が触れたときの感覚を思い出したが、

そうとは言えず、『頑張ります』と宣言したことだけを語る。


「頑張る?」

「はい。急にあれこれ決まって、慌しく動いているのを気にしてくれていたので、
頑張りますと言いました」

「それだけ?」

「……それだけです」

「あ、そう」


京子は小さなおにぎりを箸でつかみ、口に入れる。

あずさのエピソードが思っていたものと違っていたからかもしれないが、

そこから岳の話題が出ることなく、昼休みを終えた。





『……行くな』



その頃、岳は社員食堂での昼食を終えて、自分の席に戻っていた。

目の前には、新しく立ち上げた企画の流れを記した書類が広がっている。

『豆風家』の許可も出たため、これから具体的にしていかなければならないのに、

昨日のシーンが、頭から離れない状態に、どこか気持ちまで止まってしまう。

どうにかして気分を変えようと立ち上がり、窓際に立つ。

目の前には、すっかり人の出入りのなくなった『Sビル』が見えた。


「相原さん」


呼ばれた声に振り返ると、そこに立っていたのは泰成だった。

昨日はすみませんでしたと、謝罪する。


「いや、石井の責任ではないから。偶然、あのタイミングで事故が起きただけだ」


岳は、警察が動いたことで、工程表などをチェックされるのではないかと、

泰成に問い返す。


「はい……これから全て見直しだと」

「全て」

「なんとかこなさないと、現場が動きませんので」


泰成はそういうと、すぐに席に戻っていく。

岳はその後姿を見た後、休憩室に向かった。





「あずさの新しい日々に、乾杯」

「杏奈、何度目だよ、乾杯」


研修2日目の夜、あずさは杏奈と待ち合わせをし、

『ピエロ』で食事をすることになった。

『アカデミックスポーツ』の、持ち逃げ事件の関与を疑われていると知ったときには、

腹を立てていた杏奈も、さらに大手へ勤められるのだから、前向きに考えようと、

そうあずさを後押ししてくれた。

しかし、本人であるあずさ自身、必死に明るく振舞っているものの、

気付くとすぐにため息が出ていて、

杏奈も盛り上げようとしていたことがばかばかしくなったのか、

目の前で頬杖をついてしまう。


「どうしたのよ……」

「エ? どうしたって」

「わかりやすいんだからもう。あずさって、本当に」


杏奈は店の手伝いをしている広夢に対して、『この顔は何かがあった時の顔だ』と、

あずさの頬を両手でつかむ。


「痛いって……」

「何があったのか言いなさいよ。そんな顔をして、大丈夫、勤められるって言われても、
そうだよねって思い切り祝福できないでしょう」


杏奈は、無理しているんじゃないのかと、あずさを心配する。


「ううん……本当に仕事は大丈夫なの。これから……」

「仕事はってことは、仕事以外ってこと?」


杏奈の指摘に、あずさの言葉が止まる。


「仕事以外のところで、何かがありましたってことだよね」


杏奈の問いに、あずさは黙ったままになる。


「あるってことだよね、そこで黙るのも」


杏奈は、長い間友達を続けてきたのだから、隠さずに話しなさいよとあずさに言った。



【31-2】



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