31 恋人の心模様 【31-2】

目の前にいる杏奈とは、学生時代からどんなことも話し合ってきた。

5人グループのアイドルの、誰が一番かっこいいかというくだらない話題から、

成績のこと、そして恋愛のこと、隠していることなど何もないと、

両手を広げられるくらい、いつも相談に乗ってもらった。


「自分でもね、25になって何をしているんだって思うの。
人には、バランスというものがあるから。ただ知り合いとかなら、
成り立つ相手でも、それ以上は絶対に無理だと、わかっているのに……」



『……行くな』



あずさの耳に、岳の声が届く。


「わかっているのに……」

「そう、わかっているのに……」

「私は、あの人を好きになってしまった」


杏奈の言葉に、あずさは驚き、ただ前を向いてしまう。


「はい、ビンゴ」


そばでナフキンを折っていた広夢が、そう言って指を向けた。

杏奈はその指を右手ではたく。


「勝手に入ってこないでよ、広夢」


杏奈は横にいる広夢を、払うようにする。


「はいはい。そんなことだろうと思っていました。玉子さんが亡くなって、
すぐに相原家を出ることにするってときも、申し訳ないからとか言っていたけれど、
ようするに居づらくなったわけでしょ」


杏奈は、確か相原家には息子さんが2人いたよねと言い、長男なのか次男なのかと聞く。


「どっち?」


杏奈はあずさを見るが、あずさはまた下を向いてしまう。


「上か……」

「どうしてわかるの?」

「確率50でしょう。違ったら違うって言うから、どっちみちわかるわよ」


杏奈の言い分に、あずさは確かにそうだよねと頷き返す。


「長男か……」


二人の話を聞いていた広夢が、思わずそう声を漏らした。

杏奈は、その広夢の態度が気に入らないと、軽く膝を叩く。


「イテッ……」

「長男かってどういうことよ。何、その、それはまずいよね的な言い方」

「いや、だって」

「誰だっていいの。あずさに必要なのは、人を好きになることだもの。
いつまでも高校時代から思い続けた、織田先輩の幻を追っているっていうのも……」

「そう……最初はそうだったの」

「……は?」


あずさは、岳に初めて会ったとき、祐の面影を見てしまったことを話した。


「あずさ、まだ織田先輩?」

「違うの、聞いて杏奈」


岳は、祐と性格が全く違うことを知りながらも、

その、厳しさの裏側に優しい面があることがわかり、一緒に過ごす中で、

人として少しずつ気持ちが動いたのだと、そう言った。


「岳さんって、織田先輩と親戚だったの」

「親戚?」

「そう……複雑な事情はあるけれど、織田先輩の方が叔父さんになるって、
でも、私にとっては、それはもうどうでもいいことになっていて……」


あずさは、自分が『祐の面影を持つ人』を好きになったのではなく、

『相原岳』を好きになっていたことを、気付いたと話す。


「自分の気持ちに気付いたら、自分が迷惑ばかりかけていることにも気付いてしまって。
これは、ここにいたらダメだって」


あずさは、そういうとお冷のコップを両手でつかむ。


「向こうは?」

「……妹みたいなものだって、私のことを聞かれた時に、そう言って……。
あ、でもね、新しい職場の田中さんに言われたの。『妹』っていう字は、
女性の末席だよって。一番端でも、席はあるって……」

「そんな末席で、あと、上にたくさんの人がいてもいいと。いやいや、『妹』ってね、
一番ズルイ逃げ方だよ。傷つけてしまったら悪いから、
だからって仕方なくそう言ったのよ、きっと」


杏奈は、岳にはその気はないだろうと、少し体を斜めにする。


「そりゃそうだよね、『BEANS』の社長の息子でしょ。もてるでしょうし、
女なんてさ、くっついてくるのを、はがして歩くだけで大変じゃないの?
やめな、やめな、それこそ時間の無駄」

「時間の無駄?」

「そうそう……」

「でも……」



『……行くな』



「行くなって……昨日、言ってくれて……」


あずさの声に、杏奈の表情が変わる。


「行くな? どこに?」

「だから、引っ越しなんてするなって……ことだと思う」

「で、もちろん『はい』って言ったんだよね」


杏奈の言葉に、あずさは首を振る。

そこまで勢いよく流れていた会話が、ストップする。


「は?」

「エ?」


杏奈は、それこそ向こうの気持ちじゃないのかと、あずさの方を向きなおし、

体を前に出す。


「あぁ……もう、何をしているの。そこは『はい』って返事をして、
二人でギュッと抱き合うところでしょう」


杏奈は自分の両手を体の前で交差する。


「だって……予想もしていなかったし、どうしたらいいのかわからなくて、
私、肩を揉んでいた手を離して、『おやすみなさい』って……」


杏奈は立ち上がると、『信じられない』と言葉を口にした。

さらに大きなため息が、あずさの頭の上に落ちてくる。


「あずさ、あんた本当に、本物のバカなんじゃないの?
行くなって、そう言ってくれたのでしょ。それって、彼の気持ちじゃないの」


杏奈は、岳もあずさに思いがあるのにと、悔しそうにテーブルを軽く叩く。

広夢は、店の備品が壊れるからと、杏奈を席に座らせる。


「思いがけないことで気持ちが落ち込んだり、大変だったときこそ、
人って本音が出るものでしょう。どうしてそこで逃げたかな……」

「だって……」

「だってじゃないの。あぁ、もう……」


杏奈は、相原家を出てしまったら、それこそつながる部分が無くなるから、

気持ちを確かめ合うのなら、今しかないとそうあずさの気持ちを押し出そうとする。


「思いって……」

「そう、思いだよ、思い。人はねタイミングが大事なの。今しかないの」


あずさは、岳は『BEANS』の跡取りで、自分とは全く住む世界も違うし、

どう考えてもつりあわないと、懸命に自らの『逃げ』を肯定しようとする。


「おかしな理由だね」

「おかしい?」

「そう。普通の人なら、そういうでしょう。一般論ってやつよ。
でもあずさからすると、おかしな理由じゃない。東京に来てからのあずさは、
『こうなるだろう』を全て覆してきたのでしょ。肩もみだの、スタジオを借りるだの。
奇跡を信じるだの、やってみなければわからないだの、『アカデミックスポーツ』には、
そんなふうに臨めたくせに、恋愛になると、途端にマニュアル通り。
私とはつりあいません……だなんて、おもしろくないよ」

「杏奈……」

「おもしろくないよ。だってさ、確かにすごいよ相手は。大手の跡取り。
だから順調かどうかもわからない。でも、男女って『結婚』が全て? 違うでしょ。
今が全てでしょ。今、一緒にいたいとか、会いたいとか、そういうのが『恋』じゃないの?
いいじゃない、素敵な人に会えた。その人を好きになれた。それが大切なことだよ。
ここで自分から逃げていくのが正しいのなら、あずさにとって、
岳さんは会えなくてもよかった人なの?」


杏奈は、『もう、会いたくない人なのか』と、さらに聞き返す。

あずさは、黙ったままで首を振った。



【31-3】



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