31 恋人の心模様 【31-3】

玉子と庄吉の縁がなければ、会わない人だった。

東京行きが庄吉の希望通りの絵で、それに乗らされた時間だったとしても、

あずさにとって、岳との時は、なににも変えられないものになっていた。

祐に似ている人ではなく、相原岳そのものが、あずさの心にしっかりと入っている。

それは間違いのない事実だった。


「あずさ……恋をすることに、臆病になったらダメだよ。
あずさだって、その人だって、一人の人間同士。何も恐れることはない!」


杏奈は、振られたらいつでも慰めるからと、あずさの顔を見る。

あずさはなんとか笑おうとするものの、なかなか表情が定まらない。



『俺から『BEANS』を取ったら、何が残る……』



あずさは、岳が以前、自分にそう質問してきたことを思い出す。

岳の言いたかったことも、こういうことなのだろうかと考えた。





その頃、岳は悟と会うために『WALKEL』の本店に向かっているところだった。

互いに時間があれば、誘うことも誘われることもあるので、

メールで悟に声をかけられたことが、おかしなことだとは思わないが、

『明日かあさって』とすぐにでも会って欲しいと願った文面が、

『何かあるのでは』という嫌な思いを予感させる。

店舗の営業はすでに終了していたため、岳は車を止めると、裏口に回る。

勤めを終えた従業員が出てきたので、頭を下げると、岳のことを知っている社員に、

中へと案内された。


「悪いな、忙しいのに」

「そう思うのなら、自分がどこかに出てくればいいだろう」

「いや……お前とはごちゃついたところで会うより、誰もいないところで、
じっくり話しをした方がいい気がしてさ」


悟はそういうと、椅子を出してくれる。


「大変だったな、『岸田』のマンション」


悟はテレビのニュースで知ったと、岳に話す。


「現場を見たときには驚いたけれど、思っていたよりも被害が小さくて助かった。
後処理もあるけれど、それほど時間はかからないだろうし」

「そうか……」


悟は並んでいる足形の用紙を、数枚めくる。


「この前、『エントリアビール』の愁矢さんに会ったんだ。ほら、逸美の……」

「あぁ……」


岳は、新商品発表会で挨拶をした愁矢のことを思い出す。


「お前、逸美とまだ続いているってことはないよな」


悟の言葉に、岳はどういう意味だと顔をあげる。


「愁矢さんが、俺に聞いてきたんだ。相原岳さんは、大学の同級生ですよねって」


悟の言葉に、岳は自分も以前、挨拶をしたことがあるから知っているのだろうと、

そう返す。


「お前のことを、色々と聞かれた。大学時代、どんなふうに過ごしたのかとか、
性格はどんな人間なのかとか、それに……」

「それに?」

「『三国屋』の娘さんとの結婚予定は、どうなのかとか……」


悟は、岳を見る。


「お前の考えすぎだ。逸美とはもう終わっている。
あいつの方が、婚約するから終わりにしてくれと言った……」



『女を不幸にする男』



「疑られるようなことなど、ない」


岳はそういうと、足を組む。


「昔から愁矢さんは生真面目な人だった。俺は何度か会ったことがあって。
逸美とも、親同士が知り合いだから、それなりに面識もあったのだろう。
何も知らない相手ではないはずなのに、近頃不安ばかりだと……そう言って」

「不安? それは二人の問題だろう」

「逸美には、忘れられない恋があるって……」


悟はそういうと、岳を見る。


「逸美は、今でもその人が好きなのだと思いますって……俺にわざわざ言いに来た。
どういう理由なのか、何を根拠にしているのかはわからない。
でも、『桜北大学』のことを話して、どんな学生生活だったのかを聞いて、
で、お前の名前を出した。その最後に、そう言ったんだ……」



『忘れられない恋』



「普通に考えたら、お前を指していると、そう思うだろ。
だから、お前がまさか、婚約している逸美とまだって……」

「いや、会っていない。それに……あいつが忘れていないなんてことも、ありえない」


岳はちょっとした出来事があり、最後は互いにケンカして別れたと、そう話す。


「ケンカ……」

「あぁ……」


悟は、まぁ、婚約した女と会うなんて、お前のプライドが許さないかと笑い始める。


「まぁ、『三国屋』のお嬢さんと婚約でもすれば、あれこれ言われなくも……」

「するつもりはない」

「……ん?」

「今は、誰とも『結婚』するつもりはない」


岳はそういうと、目の前に置かれている女性用のハイヒールを見る。


「……似合いそうもないな」


岳のつぶやきに悟は気付いたが、あえて触れないまま、片づけを続けた。





『同じ人間同士』


そう言われたことを頭に残しながら、あずさは杏奈の部屋を出て、電車に乗った。

確かに、東京に出てきてからのあずさは、

いつも無謀だと言われることにチャレンジしてきた。

そこで『決まり』だの『当たり前』だのを入れ込んでいたら、

おそらく成り立たなかった行動ばかりだったのに、

恐れずに突き進んだ結果は、色々な『奇跡』を生み出してきた。

『行くな』と言ってくれた岳の気持ちを、どうして受け止めようとしなかったのか、

あずさは自分が卑怯な人間に思えて、情けなくなる。

以前、旅行先から逃げ出したあずさを罵倒した雅臣のように、

岳もまた、あの行動で、自分を軽蔑しただろうかと思いながら下を向く。

社内放送が『東青山』の駅が次だというものに代わり、

あずさは荷物を肩に掛けなおすと席を立った。



【31-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント