31 恋人の心模様 【31-4】

『紅葉の家』

紅葉の綺麗な場所だということもあり、

岳が提案し、『豆風家』とのタッグで勧める『BEANS』の分譲マンション。

その最初の案が、チームの話し合いの結果まとめられた。

敦にとってみても、『豆風家』に異動し、初の大きな仕事となるため、

地域の下調べなども、積極的に行っている。


「それで、『紅葉の家』としては、外観のイメージをまとめて……」


敦は説明をしながら岳が納得できているのかと見たが、資料を持ち聞いている姿が、

何か別のことを考えている気がして、話を止める。


「……兄さん」


敦の声に、岳の顔が上がる。


「珍しいね、仕事の話をしているのに、なんだか集中していないように見えるのは。
何かあった?」


敦は、色々と仕事が立て込んでいるから、体が堪えているのではないかと、

岳を心配する。


「あ、ごめん。せっかく説明してくれていたのに……うん。もう一度……」


岳は、姿勢を正すと、今度こそは大丈夫だという顔をする。


「話すのは構わないけれど……」


敦は、岳自身に何か悩みでもあるのではないかと思い、

また明日にでもしようかと、資料を片付けようとする。


「そうだ、土曜日、絶対に来てくれって東子が毎日連絡を寄こすんだ。
宮崎さん、本当に今のタイミングで出て行くって?」


敦は、『岸田』に仕事先が決まったのなら、

住む場所を決めてから出たらいいのにと、当たり前の意見をする。


「プレッシャーなのかもしれないな」

「プレッシャー?」

「あぁ……」


岳は、自分が残って欲しいと言ったことを、あずさが切り返してしまった、

あの夜のことを思い出す。


「前に東子に言われた。うちに来てから、彼女には悪いことばかり起きているって」


岳は『豆風家』の資料の中に、玉子が住んでいた『橙の家』を見つける。

自然に囲まれ、山の中にあるホームは、全体を茶色とオレンジにまとめ、

優しく温かい雰囲気のする建物になっていた。


「東京に来て出社した初日から、『Sビル』の立ち退き話に巻き込まれて、
肩もみをすることになった。俺に付き添うことが増えて、
ある場所で階段から落ちて腕の骨にヒビが入った。
『Sビル』を離れていく人たちを守ろうと、自分でスタジオ代金まで払い、
村田さんを納得させることが出来たのに、大事な演奏会には玉子さんのことがあったから、
結局、参加できないし、その後……」

「『アカデミックスポーツ』もなくなった」

「あぁ……さらにおじいさんが東京へ連れてきたいと思い、柴田社長に頼んだことが、
持ち逃げのことと重なって、疑われた」


岳は、あずさが懸命にしてきたことは、他の人たちを『幸せ』にしたけれど、

あずさ自身には、何もプラスになっていないと話す。


「お前も言っただろ、そういうふうに」


岳の言葉に、敦もそうだったと頷き返す。


「めぐり合わせの悪い家なのかもしれないな、うちと宮崎家は」


岳はそういうと、『橙の家』のページを閉じる。


「相原家とは関係のない場所で、伸び伸び生きていきたいと、
そう思っているのかもしれない。元々、東京には友達がいると言っていたし」


岳は資料をめくると、明日とは言わず、もう一度説明してくれと敦に言う。

敦は『わかった』と資料を見ながら、岳らしくない言葉の並びに、

『寂しさ』のような思いを感じとった。





岳の弱気なセリフは、その夜、部屋に戻ってからも敦の気持ちの中に沈んでいた。

毎日のように涼子のブログを開くものの、やはり更新はされていない。

今までは、それならばまた明日とページを閉じていたが、今日はキーボードに触れる。

敦は、自分は逃げない毎日を送るのだと、右手と左手を、少しずつ動かした。





そして金曜日、1週間の研修が終了した。

あずさは仕事を終えた後、様子を気にしてくれたほたると小原と待ち合わせをし、

3人で『Sビル』に向かう。

それぞれ場所は違うけれど、仕事をしていけるだけの自信がついたことを、

社長の柴田へ報告に向かう。

小原もほたるも、別の場所にいるあずさを気にしていたため、

話題は『岸田』の『通販事業部』になる。


「お局?」

「そんなふうに言われているんです、田中さん。でも、岳さんを見て『ケヴィン』って」

「あら、あら……そうなの?」


小原は、同じことを考えたというだけで、急に京子に興味を持ち始める。


「お局だなんて、失礼よね。結婚するもしないも、本人の勝手でしょ。
そもそも男性が結婚しないことに対して、何も言わないのに、女だけ……ねぇ」


小原は、京子も言うのだから、あずさもネットとかで漫画を探してみて欲しいと、

そう訴えた。あずさは、スマートフォンで探してみますと、答えを返す。

3人の足は、『Sビル』の前で止まった。

開いていた店もすでに閉じられているため、全体的に暗い感じがする。


「なんだか暗いね」

「はい……でも、懐かしい気がします」

「そうですね」


ここで過ごした半年足らずの時間は、あずさにとって大切なものだった。

岳と言いあいになったこと、スタジオで一緒に『クラリネット』を吹いたこと、

そんな思い出たちが、ビルの中から押し寄せてくる気がしてしまう。

明日の土曜日が終わったら、あずさは相原家を出ることが決まっている。

自分で決めたことなのに、寂しい気持ちがどんどん膨らみ、

何か他のことをしていないと、心が押しつぶされそうだった。



そんなセンチメンタルな気分を、あずさが味わっている頃、

『ザナーム』の『岸田』にある通販事業部には、花輪が姿を見せていた。

あずさが研修をした部屋に入る。


「宮崎さんは、驚くくらい頑張ってくれましたよ。花輪さんに言われた通り、
『クレーム処理』って、一番最初に言いましたけれど、全然嫌な顔をせずに、
むしろ積極的に取り組んでいました」


京子がいきなり『クレーム処理』をあずさに言ったのは、

花輪の考えがあってのことだった。花輪は『そうですか』と言いながら手帳を見る。


「あ……そうでした」


京子は花輪の前に、岳の名刺を置いた。

花輪はその名刺の名前を確認し、すぐに手に取る。


「なんですか、これ」

「あのですね。忘れませんよ研修初日です、月曜日。実は、この方がここへ」


京子は、ご親戚のような関係なのか、あずさを気にして来てくれたのだと、

そう花輪に言った。


「ほら、駅の近くに『BEANS』がマンションを建設しているでしょう。
数日前にちょっと事故があったらしくて、今は動いていませんけれど。
花輪さんはご存じないでしょうね。30年くらい前の漫画なんです。
『バラの庭で会いましょう』。そのね……」

「本当にこの人がここへ」

「この人って……この人、ご存知なんですか?」


京子は、背も高く、スタイルもいい男性だったと、岳のことを語る。


「なら話しが早いです。その漫画に出てくる……」

「田中さん。『BEANS』の相原岳は、現社長の長男です」

「エ? 長男? あら? 今、社長のって……言いました?」

「はい……普通に考えたら、あの『BEANS』全体を近い将来、
仕切るかもしれないという、男です」


花輪は、岳の名刺を持ったまま、

『アカデミックスポーツ』の柴田が言ったことを思い出していた。



【31-5】



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