32 決意の日 【32-1】

そして、あずさが相原家で過ごす最後の土曜日がやってきた。

あずさは朝食を終えてから滝枝にお願いし、キッチンに立つ。

午前中にスポンジケーキやクッキーを焼き上げ、

それを手土産に、『青の家』に挨拶に向かうことに決めていた。


「久しぶりなので、失敗するかもしれません。滝枝さん、頼みます」

「大丈夫ですよ、あずささん」


あずさは、出かけるために出てきた岳を見つけ、『おはようございます』と声をかけた。

岳はすぐに気付き、軽く頭を下げてくれる。


「すみません、お出かけ前に。昨日、村田さんからこれをいただいたって、
柴田社長から受け取ったんです。これは岳さんにって……」


キッチンの小さなテーブルの上に、青い包みの箱があった。


「村田さんって、あの……」

「はい、プラモデルの村田さんです」


あずさは、昨日渡せばよかったのだがと、粉を入れたボールをかき混ぜていく。

岳は左手で箱を持つ。


「私もいただきました。プラモデル」

「プラモデル?」

「はい……もしかしたら、岳さんにもそうかなと」


あずさは村田の気持ちなのでとそう言うと、冷蔵庫からバターを取り出した。

滝枝は、もう少し混ぜた方がいいですよと、アドバイスをする。


「はい……」


岳はその箱を持ったまま、玄関に向かう。

滝枝とあずさの『いってらっしゃいませ』と『気をつけて』の声を聞きながら、

扉を開けた。

車の鍵を開け、助手席に今もらった箱を置く。

部屋に戻ろうかとも思ったが、単純に、あの村田が自分に何を残してくれたのか、

それが気になった。最初に受け取ったビラの内容からすれば、恨みこそあれ、

いい印象などなかったはずで、

あずさが間に入っていたからなんどかバランスを保てたが、

贈り物が届くなど、思ってもみないことだった。

大通りに出ると、信号で数回止まることはあったが、岳は最後まで紙を開けず、

自分の席まで持っていった。





『計画を見直すこと』



「はぁ……」


『岸田』の事故で、建設現場の日程を担当していた泰成は、

上から見直しを求められ、頭を抱えていた。過密になるのはどこでも同じで、

たまたま自分の担当場所で事故が起きただけなのに、今までの流れを全て見直さないと、

『工事再開』の許可が下りなくなる。



『無理だったんだろう』

『利益主義だと言われかねない』



最初はどんどん行けと指示をしてきた先輩も、上が難色を示すと急に顔色を変えた。

誰でも、『流れ』には乗りたいのだから仕方がないのかもしれないが、

泰成は、自分だけが責任を押し付けられた気がして、腹だたしくなる。

今朝も細かい計算と、ずれていく資料をあわせていると、

前から『石井』と声がかかった。


「はい」


顔をあげてみると、声をかけたのが岳だとわかる。

泰成は席を立ち、何かあるのだろうかと岳の前に向かう。


「おはようございます」

「うん……」


岳の隣には、『クラシックカー』のプラモデルが置いてあった。

泰成は、なんだろうと思いながら、岳を見る。


「『岸田』の見直し、進んでいるか」


岳は、再会するのに必要な資料だからと、泰成の仕事の進行状況を気にする。


「はい……見直しはしていますが、現在のものでも、無理があったとは思えなくて」

「うん」

「僕なりに動かしては見ていますが」

「そうか」


岳は持っていた紙を二つに折り、プラモデルの横に置く。


「それ、見てもいいか……」


岳は、自分があの日、『岸田』にいて気付いたことがあったのでと、泰成に話す。

泰成は、すぐにはいい返事が出来なかった。

『岸田』の仕事は、あくまでも岳とは別のチームで進めている。

むしろ、岳の計画がどんどん通ることを快く思わなかったメンバーが、

必死に作り上げたものだと言ってもいいくらいで、もし、これを見せてしまい、

あちこち否定されてしまうと、さらに話しが複雑になる。

泰成は、岳なりの完璧な計画案があり、土地の選択に競り負けた恨みを、

悪い点をどんどん指摘してくることで、晴らすつもりかと身構える。


「相原さん」


泰成は、自分も未熟だけれど、一生懸命に仕事をしてきたと、

言われっぱなしになりたくないという気持ちが、思わず出てしまう。

しかし、それを言った後、『相手が誰だったのか』を思い出し、すみませんと謝罪する。


「どうして謝る。石井の言うとおりだと思う……だから見せて欲しい」


岳の『だから』という冷静な返しに、それ以上の待ったをかけられず、

泰成は自分の席に戻ると、資料を全て前に持っていく。

これからどれほど叩きのめされるのかと、泰成は前を向いた。

しかし、泰成の予想とは違い、岳は静かなまま、書き込まれた計画書を見続ける。

このページを読み終えてからなのかと、紙がめくられる度に考えるが、

岳からは何も言われないまま、ページが流れていく。


「『稲倉』より『岸田』だと、お前たちに言われたときは、正直ふざけるなと思った」


岳の言葉は、泰成の仕事に対する不満や改善点ではなかった。

泰成は、あの日、岳に苦虫を味わわせたと、得意げに千晴に語ったことを思い出す。


「でも、あの場所に行ってみて、感じるものがあった。地元の人たちに、
受け入れられるものが、絶対に出来るとそう確信した」


岳は、看板が事故で倒れたときも、野次馬は確かにいたが、

モデルルームを楽しみにしていると言われたことを話す。


「大幅な見直しは必要ない。それはあの事故をこの目で見た俺が保証する。
あれは、職人の未熟さから来た事故だ。慌ててしまったこと、
ダンプを止める位置が違っていたこと。修正をせずに乗り切ろうとして無理が出た」


岳は、泰成の書いた書類を上から下へ見直していく。


「でも……」


泰成は、チームの一番上が、ハッキリと違っているものを作らないと通らないと、

言ったことを話す。岳は、『そうか』と言いながらも、1箇所だけ赤で印をする。


「ここだけでいい」

「相原さん……」

「相原がこうしろと、指示したことを言えばいい」


岳はそういうと、横に置いたプラモデルの箱を開け始める。

泰成は受け取った書類を見るが、席には戻らない。


「そんなこと……言っていいんでしょうか」


泰成は、今までの岳なら、『完全完璧』しか受け入れなかったはずだと思い、

なぜ、あえて議論になるようなことをするのだろうと考えた。



【32-2】



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