32 決意の日 【32-4】

「西日暮里だよね」

「はい。すみません」

「いいよ、俺もそっちだし」


敦は、杏奈の住んでいる場所から、

自分のマンションは電車だと3、4つくらいだと説明した。

敦が開けてくれたので、あずさは助手席に座る。

車は走り出し、最後まで見送ってくれた滝枝と東子の姿が、小さくなり、

そして消えた。


「宮崎さんが出て行くのは、この家に居づらいのかもって、兄さんが言っていた」

「エ……」


敦は、あずさが慌てて相原家を出て行くのは、

居づらいからではないかと思っていることを話す。

あずさは、自分の決断が、東子や岳に勘違いをさせてしまったと気付き、

昨日、東子にも同じことを言われたと、下を向く。


「僕は、わかるけどね、宮崎さんの気持ち」


敦は、居づらいというよりも、『自分の力』を試したくなったのではないかと、

そう聞いてくる。


「僕も、自分の行動に、いつも相原家が着いてくることが、だんだん息苦しくなった。
嫌だとかそういうことより、それを抜いたら何も評価してもらえないような、
そんな違和感があって……。妙な気を使われたり、変に構えられたり、
それが面倒になった。宮崎さんも、そうかなと……」


敦は、しかし離れてみると、逆のことも思うようになるよと笑ってみせる。


「自分から離れたのにね。
近頃は、妙に兄さんと東子と一緒にいた頃が、なつかしいと思えるようになったんだ」


敦は、前の車がブレーキをかけたので、同じように車を止める。


「宮崎さん……」

「はい」

「兄さんのこと、どう思っている?」


敦のセリフはあまりにも突然だった。

横を向いた敦につられるように、あずさは顔をあわせてしまったが、

目も表情も、おそらく驚きを隠せなかったはずで、

そこから慌てて冷静さを装うつもりになり、

『どういうことですか』と言ったが、それは後付けになってしまう。

敦はまた流れに乗り始めた車の、右折ウインカーを出す。


「ごめん、妙な聞き方をして。でも、そうかなと思う節があって……」


敦は、あずさが相原家を出て行くのは、自分たちとの関わりが、

マイナスになっているからではないかと、岳が口にしたことも話す。


「マイナス?」

「うん。初めてだった。自分の行動に、自分の存在に自信がないだなんて、
兄さんが僕に言ったのは。兄さんには、昔から強くなれとか、
もっと前に出ろと言われてばかりいたからさ、
『どうなんだろう』みたいに、聞かれたことなどなかったし」


敦は、以前話しをした同級生のことを覚えているかとあずさに話す。


「あの……染物の」

「そう、僕がまだ『野口敦』だった頃を知っていた人だから、
すごく久しぶりの再会でも、話しやすかった。身構えないし、普通だしって……」


敦は、前向きにお付き合いをしたいと思ったのに、断られてしまったことを話す。


「断られたのですか」

「うん……。相原家の人間だから、妙な人とは付き合えないだなんて、
余計なことを言った人がいて。彼女は、僕が『野口敦』じゃなくなったということを、
痛感したんだって」


敦は、今でもどうしているだろうかと思うことがあると、正直に話す。


「実はさ、彼女が染物を紹介するブログがあって、いつも見ていたのだけれど、
ここのところ更新されていないんだ」


敦は、どうしようか迷っていたけれど、

『元気なのか』とコメントを入れたことを、あずさに話す。


「敦さんが……」

「そう……返事をくれるかどうかはわからない。
でも、こっちは見ているのに、気にしているのに黙っているのも嫌だったから」


敦は、僕にとっては、すごく進歩だと笑う。


「そう……進歩したと自分で思う。僕は祖父にも父にも、
やりたいことがあるとそう言えた。それは、宮崎さんが家に来て、
『決定事項』みたいなものでも、覆すことが出来ることを示してくれたからだと思う。
自分は自分、こうしたいという思いを、口にしていいんだって……。
思っていることを、口に出さないとだめなんだなって」


敦はそういうと隣にいるあずさに『ねぇ』と声をかける。


「宮崎さんもそう。玉子さんと祖父のつながりはわかる。
でも、それだけではない自分の道を探したい。だから相原家を出て、
『宮崎あずさ』として頑張ってみたい。それは当然のことだと思うしさ」


あずさは、敦の言葉を黙って聞き続ける。


「ただね……弱気になった兄さんを見たとき、初めて気付いたんだ。
あの人は、『相原』から逃げることが出来ないんだなって……」



『俺から『BEANS』を取ったら、何が残る』



あずさは、以前、岳がそう質問してきたことを思い出す。

『BEANS』というたとえになっていたが、今思うと、敦の言葉がピタリと当てはまった。


「人を寄せ付けないくらい理論的に語るのも、誰にも負けないように、
必死に仕事をするのも。ここしか自分の居場所がないんだと、
実は兄さんが思っているのかなって……相原の家を離れてみて、今、そう思うんだ」


敦は、標識を見ながら、さらに右折をする。

街の雰囲気が変わりだし、あずさは杏奈の家が近くなったことに気付く。


「このあたり、近いよね」

「はい……えっと……あ、あの角を左です」

「了解」


それから数分後、敦の車は杏奈のマンション前に到着した。





『『BEANS』を取ったら……』



以前、岳がそうあずさに尋ねたとき、あずさは笑ってそんなことはと答えていた。

岳はあくまでも岳であり、もし『BEANS』を取るとしたら、

スーツに身を包み強烈な肩こりになることもないだろうと、当たり前のように言った。

それは、あずさがまだ、岳自身をそこまで意識していなかったから出た言葉だった。

岳に向かう自分の気持ちに気付いた今は、

結局、敦の同級生と同じ行動を取ってしまっている。

あずさの手に触れ、『行くな』と言った、岳の思い。

あずさは、どうして相原家を去る前に、

本当の気持ちだけでも正直に言えなかったのだろうかと、反省する。


「はい、あずさ」

「ありがとう」


杏奈の部屋の中に、あずさの使うスペースを作ってもらったものの、

元々ワンルームなので、互いに窮屈さがあるのは明らかだった。


「結構集めてくれたんだね」


あずさは『岸田』近くの物件資料を手にとって見る。


「そうなの。広夢が持ってきたのよ。あずさの参考になればって。
あいつ営業マンでしょ、フラフラと資料集めしていたみたい。
だから出世しないんだわ」


杏奈はそういうと、仕方ないけどねと笑う。


「週末にでも行くんでしょ、不動産屋」

「うん」


杏奈の行為に甘えているわけにはいかないと、

すぐにでも新しい部屋を決めて出て行くことを考え、あずさは真剣に物件を見る。


「家賃か……そうだよね」

「職場、『岸田』だもんね。ここら辺より、少し高いと思うよ。
思い切って川を越しちゃえば。東京より神奈川の方が、安いでしょう、絶対」


杏奈は、今日は簡単なものにしようねとあずさに声をかける。

あずさは『うん』と答え、2枚の用紙を並べた。



【32-5】



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