33 時の流れ 【33-3】

『フラワーハウスA』



次の日、あずさと杏奈は、物件を見にいくことになった。

車を運転してくれたのは、昨日の年配社員ではなく、若手の男性になる。


「ラッキーですよ。『フラワーハウス』はAからCまで3つの建物ですが、
どれも日当たりはいいし、商店街も近いしね。
まぁ、電車の込み具合はあるけれど、各駅停車で来ても3つだから」


道路の混雑もなく、現場に着くことが出来た二人は、

紹介された物件の前に立った。

確かに新築でもなければ、今流行のデザインでもないが、

日当たりもいいし、駅までもそれほど遠くない。


「ではどうぞ」

「はい」


階段を上がり、部屋に入ると、真新しい畳の香りが二人を出迎えてくれた。

あずさは小さなキッチンと、お風呂やトイレ、洗濯機の置く場所も確認する。

杏奈は押入れの広さを褒め、そして窓から見える景色ものどかだと嬉しそうに話す。


「どうですか」

「はい……」


すると、二人の到着に気付いてくれたのか、『こんにちは』と扉の向こうから声がした。

顔を出してくれたのは、あずさと年齢も変わらないように見える女性で、

不動産屋の男性が、この人が『富田友華』さんだと、教えてくれる。


「あ……すみません、宮崎です」

「はい、管理会社の方から、お名前は聞いています」


友華はあずさや杏奈より小柄な女性で、『どうですか』と物件について、

心配そうに尋ねてきた。あずさはとてもいい場所ですねと、正直に褒める。


「本当ですか? 築年数もあるし、どうかなと」

「いえ、本当によかったです。お家賃もこれくらいならと思える範囲ですし、
畳だと、広く感じますね」

「そうですか?」


友華は気に入ってもらえたなら嬉しいと、ほっとした顔を見せる。


「道路を挟んで向こうの家が、おじいちゃんの家です。私もいますので、
何かあったら、聞いてください」


あずさは、ぜひ、よろしくお願いしますと友華に頭を下げた。





あずさはお店に戻り、さっそく契約をすることになった。

賃貸の書類を書く事も初めてだったので、緊張しながらペンを進める。


「『ザナーム』にお勤めなのですよね」

「はい……」

「まぁ、問題はないと思いますが、規則ですので、
保証人になっていただく方をお願いします」


営業マンの男性は、家賃をきちんと支払えば迷惑はかけないのでといい、

書類の欄を示す。


「居るじゃない、立派な人。『BEANS』の跡取り息子、相原岳って、
ここに書いてもらったら?」


杏奈はそれだけで一発OKだと、あずさをからかってみせる。


「そんなこと出来るわけないでしょう」

「どうして? また会うきっかけが出来るのに」


あずさは田舎の親でもいいですかと営業マンに尋ね、そこから実家に連絡を入れた。





「なんだかいい人っぽかったね、富田さんだっけ?」

「うん……『ザナーム』の電話担当のパートさんなんだって。
あの建物に50名くらい並んでいるから、まだ顔を覚えていなかった」

「へぇ……50人もいるんだ」

「全部揃ってだけどね」


あずさはそういうと、今日は付き合ってもらったら何かおごるよと、

杏奈の肩を叩く。


「それなら……焼肉食べに行こう!」


杏奈はビールでも飲もうよと嬉しそうに笑い、あずさの手を引っ張った。





日曜日、『中村流』のイベントは、好評の中で折り返しを迎えた。

逸美は訪れてくれる客の接待に忙しく、あらためて父の大きさと、

自分のこれから継ぐべき道の歴史に、気持ちを引き締める。

数日間は、具合が悪いからと『三国屋』に出社することを避けていた梨那も、

さすがに何日も顔を見せないわけにはいかず、その日、初めて会場に姿を見せた。

逸美は、『体調はどうですか』と梨那に声をかける。


「えぇ……大事な時に申し訳ありません」

「いえ、みなさんしっかりと仕事をしてくれたので、問題はありませんでした」


あなたなどいなくても、全く困らなかったと、軽い嫌みをぶつけ、

逸美は不服そうに去っていく梨那の後姿を見る。

岳の隣を奪った女性だと、思い続けていたときには腹も立ったが、

月日が重なり、色々なことがわかってから、逸美の気持ちにも日々変化が生まれた。

表現の激しい岳とは違い、愁矢の深く優しい自分への思いに、

次第に心が癒されていることがわかり、今までのように形だけではなく、

次に会えるのがいつなのかと、自然と思うようになっていた。

会場に目を向けると、悟の姿が見えたため、逸美はそばまで近寄り、

『ありがとう』と声をかける。


「あぁ……うん」

「愁矢さんでしょ、室伏君にも招待状を出したの」

「にもってことは……他にも?」


悟はそういうと逸美を見る。


「そう……岳にも出してしまって。さすがに欠席だって返されたけれど」


逸美の言葉に、悟はやはりとそう思う。


「なぁ……愁矢さん、岳のことを相当気にしているみたいだぞ。
妙に疑われるようなことしていないのなら、きちんとしておけよ」

「岳のこと?」

「あぁ……仕事でうちに来てくれたとき、色々と聞かれた。
まぁ、この年齢になっているのだから、
過去まで掘り起こされることはないだろうけれど」


悟は面倒なことはごめんだからなと、逸美を見る。


「大丈夫よ、問題になるようなことはないもの。それに愁矢さんは優しいから」


逸美はそういうと、悟に対して、作ってもらった靴がとても履きやすいとそう話す。

悟は、それならよかったけれどと、返事をした。



【33-4】



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