33 時の流れ 【33-4】

『勤務表』


あずさが週明けに出社をすると、京子から1枚の紙を渡された。

それには月に数回、パートたちの勤務が終了してからの時間が記入されている。


「宮崎さんもいよいよ正式な社員ですので、
こういったローテーションに入ってもらいます」

「はい……」


あずさはわかりましたと返事をした後、電話の前に座るパートたちを見る。

土曜日に顔をあわせた友華がどこにいるのかと思い、視線を動かした。

それでも人と人が重なり、誰が誰だかわからなくなる。


「田中さん」

「何かしら」

「富田友華さんは、どのあたりに……」

「富田さん?」


あずさは、今度富田さんの家が管理する部屋を借りることになったのだと話す。


「あら……『フラワーハウス』?」


京子は日当たりもいいし、静かな場所でいいわよねと言う。


「はい、週末に見せていただいて、すぐに決めました」


あずさはそう返事をし、前を見ると、3列ある一番右の奥に、

ちょこんと座る友華を見つける。

あずさは部屋の隅を通りながら、友華のところに向かった。


「おはようございます」

「……あ、おはようございます」


友華はあずさの声に気付き、すぐ顔を合わせてくれた。

あずさは、土曜日はありがとうございましたと、礼を言う。


「いえ……こちらこそ、気に入っていただけて嬉しいです。祖父も喜んでいました。
あのアパートは、亡くなったおばあちゃんが大事にしていたものなので」

「そうなんですか」

「『花』って言うんです、おばあちゃん。だから『フラワーハウス』」


友華はそこまで話すと、いつ頃引っ越しですかと聞いてくれた。

あずさは、今度の週末は予定があるので、その次くらいにでもと返事をする。


「お引っ越しの前日には、連絡くださいね。よかったらお手伝いでもしますし」

「いえいえ、そんな。私、荷物も全くないんです。
これで居場所が決まったので、これから買い物をしようと思っていて」

「そうなんですか……じゃぁ、今までずっとお友達のところに?」


友華の問いに、あずさは細かいことを話す必要もない気がして、

『はい』と返事をする。仕事開始5分前の合図ベルが鳴ったので、

あずさと友華は互いに挨拶をし、持ち場に戻ることにした。





その頃、岳は企画部の窓から、散っていく桜の花びらを見ていた。

『春』の一番いい時間は、あっという間に過ぎていく。

気持ちの華やいだ日々も、心の中からあっという間に消えていくのだろうかと、

ふと考えた。


「相原さん」


声がかかったので前を向くと、そこには企画部の社員と、2人の新人が立っていた。

あずさが新しい場所で歩き始めたのと同じように、『BEANS』にも新人が入り、

研修を終えて持ち場に配属となる。


「すみません、今日から企画部に入る2人です。自己紹介をさせるので、
声をかけていただいてもいいですか」


岳は『わかった』と頷き、部屋にいる社員たちに声をかける。

作業を始めようとした者、どこかに電話をかけようとした者の手が止まった。


「今日から企画に配属となった2名だ」


先輩になる社員が、緊張して立っている2人を、岳の前に立たせる。

一人は男性、そして一人は女性という2名。

男性の方はこの春、『慶西大学』を卒業し、憧れの『BEANS』に入社できたと、

少しうわずった声で自己紹介をした。続いて隣にいる女性、

『朝原まどか』が一歩前に出る。

地方の国立大学を卒業し、昨年まで、工務店勤務をしていたという経歴の持ち主だった。

すでに業界で仕事をしてきたという気持ちの強さなのか、

圧倒的に男性の多い職場でも、物怖じするような表情は見せない。


「趣味は珍しい建築物を見て歩くことで、特技は……『肩もみ』です」


その自己紹介に、岳はふとあずさのことを思い出す。

まどかは『よろしくお願いします』と頭を下げた。

2人があらためて頭を下げたため、先輩からの歓迎の拍手が送られる。

その中で千晴は、部屋の隅に座り、企画関係では珍しい女性の新人、まどかを見ていた。

男の割合が多いフロアに来た、久しぶりの若い女子社員ということもあり、

全体的に、口元の緩んだ社員たちが多く見える。


「相原さん、代表で何か」


3人いるチーフの中で、挨拶にと声がかかったのは岳だった。

岳はまどかたちを見る。


「社員としての心構えなどは、もうすでに聞いているでしょうから、
俺からはあえて何も言いませんが……。ただ、『BEANS』で仕事をすることに、
誇りを持って、自分の仕事に、最後までしっかりと責任を持てるよう、
頑張ってください」


岳の言葉に、新人2人は揃って頭を下げる。

『新しい日々』がスタートした。





「ほら梨那ってば、乾杯」

「そんな気分じゃないと言っているでしょう」


梨那は、誕生日に岳とすれ違って以来、体調が悪いと仕事は休みがちになっていたが、

『いつまでもふてくされていると、表情が悪くなる』と、

かおるからの誘いを受け、部屋を出て行きつけのお店に入った。

かおるは、彼と旅行に出かけたとお土産を前に出す。


「素敵だった……ホテルからの夕日。シャンパンも美味しかったし」


かおるは、今の彼は10歳年上なので、経済的にも、男としても余裕があると、

嬉しそうに語る。


「で、梨那は、誕生日をすっぽかされて、そのまま?」

「そう……だけど」

「ふーん……それなのに、ごめんなさい、私が悪かったって謝るつもり?」


かおるは、結局梨那は、岳にいいようにされるのだと苦笑する。


「どうして笑うのよ。すれ違ったままだとよくないでしょう」


梨那は、そういうとお土産の袋を素直に受け取る気持ちにならずに横へずらす。


「よくないのは、その態度でしょう。こういうときこそ、どんと構えて、
相手が頭を下げてくるのを待つのよ。いい? 誕生日にすっぽかしたのは向こうよ。
いくら仕事があったからって、それからフォローもないって、どういうことよ。
どうしてこっちが折れないとならないの?」


いつも強気なかおるらしい意見だと、梨那はグラスに口をつける。


「そうだけれど、ダメになったのは、あくまでもトラブルだし」

「どうかな……」


かおるは、そんなことを言って、

実際、岳が複数の女性と付き合っていたこともあるのでしょうと、言い返す。


「それは昔よ」

「昔? 男と女なんてね、どんなタイミングで元に戻るかわからないんだから」


かおるはそういうと、すぐにグラスのおかわりを注文する。


「いい、梨那。ここは折れないようにしなさいね。間違っても自分から連絡なんて、
取ったらダメよ。一生なめられるから」


かおるは、岳と一生付き合うのだから、ここは態度を示さないとと拳を握る。

梨那は、携帯に岳からの着信がないかどうかを確認し、

『わかりました』とバッグに押し込んだ。



【33-5】



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