33 時の流れ 【33-5】

初めての遅番を終えて、あずさが杏奈のマンションに戻ると、

日付が変わる寸前の時間だった。これも来週までの我慢だと思い、部屋に入る。


「おかえり」

「あ……ごめん。もう寝てなかった?」


あずさは、もうしばらくだけ我慢してねと杏奈に話し、荷物をおく。


「大丈夫よ、いつもそんなに早く眠らないもの。
今日もあずさの帰りを待っておりました」


杏奈はそういうと、何やら厚紙を1枚前に出してくる。


「何、これ」

「目録でございます」

「目録?」

「そうよ。私と広夢からの引っ越し……いや、あずさのひとり立ち祝い」

「何……」


その厚紙には、広夢が書いたのだろうか、洗濯機の絵が描いてあった。

杏奈は、この間部屋を見せてもらった日、

洗濯機の置く場所をしっかりチェックしてきたと、得意げに話す。


「冷蔵庫とかはさ、コンビニとかもあるしそんなに慌てて買わなくてもいいと思うの。
でも、女の子はコインランドリー通いっていうのも、嫌でしょう」


杏奈は、引っ越しを決めた来週の土曜日、

『フラワーハウス』に届くようにしましたからと話す。


「杏奈……」

「いいから、いいから」


杏奈は明日も仕事があるのだから、早くお風呂に入りなさいと言い、

自分のベッドにもぐりこむ。あずさは何もない部屋に越すつもりだったのに、

こうして心配してくれる友達の気持ちが嬉しくて、目録と書かれた厚紙を、

両手で窓の横に置いた。





そして、あずさが岳と一緒に、祐のお墓参りをすると決めた日の朝が来た。

あずさは洗面所の鏡の前に立ち、じっと自分の顔を見る。

相原家を出たのは、自分なりの決意があったからだということを、

岳にしっかり伝えようと心に決める。

するとあずさの携帯が鳴り出し、相手が岳だとわかる。

あずさはすぐに電話に出ると、下に行きますと返事をした。

いつも乗せてもらった、岳の車の助手席。

肩もみ担当になってから、そして手を怪我してから、何度となくここに座った。

2度の里帰りも、なぜかいつもこの車だった。

あずさの目は、バックミラーに写る、岳のクラリネットケースを見る。

『Sビル』に入れなくなってから、

どこか別の場所で吹くことがあるのだろうかと考えた。


「岳さん」

「ん?」

「クラリネット、いつも入れてあるのですか」

「いや……」


岳は、今日は必要だからと一言言うだけで、会話を止めてしまった。

あずさは、どう必要なのかがわからなかったが、そうですかと答えただけで、

それ以上は追求できなくなる。

なぜなのか、どうしてなのかが増えていくたび、

あらためて、違う場所にいる時間が増えたのだと思い、

知らない部分が互いに生まれてくる現実に寂しさを感じ、あずさは下を向く。


「仕事はどうだ」

「あ、はい。研修も終わって、今週からローテーションになりました。
そうです。部屋も決まって」

「もう決めたのか」


岳は予想外だったのか、すぐにそう聞き返した。

あずさは、『ザナーム』に勤めている人の家が持っているアパートだと話し、

来週にも引っ越しをすると言う。


「アパート? 木造ってことだよな。場所は……」

「あ、えっと……」


あずさは、『岸田』から川を渡って3つ目の駅で、徒歩10分もかからないと説明する。


「セキュリティーは」

「セキュリティー?」

「壁や床の強さは確認したのか、水回りの状態は? それに……」

「あの……」


あずさは、オートロックではない、小さなアパートだと正直に話した。

上下3部屋ずつ6部屋が一つの造りで、同じアパートが3棟並んでいることも、

手で説明を加えていく。


「セキュリティーって言われたら、カギがあるくらいです」

「オートロックではない場所なのか」


岳はどうしてそんな物件にすぐ飛びついたのかと、文句を言いはじめる。

女性一人で住むのだから、オートロックは当たり前だし、

出来たらしっかりとした、鉄筋のマンションに住めないのかと意見を言う。


「鉄筋ですか」

「あぁ……『岸田』に通うのなら、『世々沢』とか。地下鉄で1本だろう」

「『世々沢』? いや、無理です。とても家賃が……あの、前にも言いましたよね、
私のお給料のこと。リクチュールのスーツを買うのに、
心臓が止まりそうなくらいなんですよ」

「『ザナーム』に入ったのだから、少しは違うだろう」

「変わりません……」

「変わらない? どうして」

「どうしてって……私は、岳さんと違って、特別な頭も能力もないからです」


最初は緊張していたものの、車が走り出してしばらくすると、

いつもの岳とあずさの、遠慮がない会話が戻っていた。

車は東京を抜け、埼玉に入っていく。

そして、ほぼ予定通りの時間に、『織田家』の墓がある墓地へ到着した。

途中で買った花はあずさが持ち、岳は『クラリネットケース』を持ったまま、

その前を歩いていく。

まだ、整備されてそれほど経っていないだろうと思える道を上がっていくと、

右側にはゆっくりと流れる川が見え出した。

あずさの足がそこで止まる。



『あずさ……』



風に、春に新しい葉をつけた木々たちが揺れ、さわさわとした音が聞こえてきた。

あずさは、その中に、懐かしい祐の声を見つけた気がしてしまう。

あずさの実家がある場所ではないが、昔からの風景が残るという点では、

共通点もあるような気がしてしまう。

少しだけ切ない気持ちになったとき、あずさの目の前には、

自分を見つめる岳の姿があった。

あずさは、自然の残る静かなな場所ですねと言いまた歩き出す。


「これでも、昔に比べたらずいぶん整備された。
子供の頃に来たときには、電車の駅を降りてからが、とにかく長かったから」


岳はそういった後、歩みを止める。


「ここだ」


あずさが岳の場所まで追いつくと、確かに『織田家』と書かれたお墓があった。

あずさは小さく頭を下げると、岳が教えてくれた場所を確認する。

墓石の側面には、確かに祐の名前らしきものが刻まれていた。


『先輩は、亡くなってしまった』


そんなことはわかっていたことなのに、

自分でここに来て手を合わせることを望んできたのに、

本当にこの場所に祐が眠っているのかと思うと、自然と目頭が熱くなる。



『あずさ……また明日』



高校を卒業したら一緒に歩みだそうと約束した、あずさの恋した先輩は、

流れるときを知らずに、長い時間この場所で眠っている。

あずさは持ってきた花を、それぞれの花立に入れ、岳と二人でお線香を供える。

それまで吹いていた風がやみ、煙はまっすぐに上へとのびていった。





【ももんたのひとりごと】

『お墓参り』

先日、テレビ番組で『墓参り』に関するクイズというのを見ました。
『あら、そうなの?』が結構あった私。そういえば、あらためてお墓参りのやり方など、
習うものでもないですしね。親のマネでなんとなく……していたのだなと、
行動の意味を聞きながら、思った私です。




【34-1】



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