34 あなたのこと 【34-1】

『織田家』の墓石の前。

あずさは黙ったまま、しばらくその場所に立ち続ける。


「来なければよかったと……思っているのか」


岳の言葉に、あずさは黙って首を振った。

切なくもあり、哀しさもあるが、来なければよかったとは思っていない。

ここまで連れて来てくれた人に、勘違いされないよう、

あずさは『そんなことはありません』と言葉を返す。


「前に、『リラクションルーム』で、この場所のことを話したとき、
君は来ることを拒んだ。あの時は、まだ……心の整理が出来ていないのだろうと、
そう考えていたけれど……」

「そうでしたね。おかしな話です。もう、何年経っているんだって……」


受け入れるも受け入れないも、現実しかないのだからと、

あずさは精一杯明るく振舞おうとする。


「前に進まないといけないと、自分自身いつも思っているんです。
でも、思うだけだと、なかなか……だからここへ来ることにしました」


あずさは、岳の顔を見る。


「せっかく東京に来たのだから、今まで出来なかったことをしてみようとそう思って。
相原の家を出ようと決めたのも、相原家の皆さんが嫌だとか避けたとかではないんです。
自分自身、生まれ変わるつもりで……」



『あなたのことが……』



杏奈に宣言をし、自分の気持ちを伝えようと思うあずさだが、

目の前に岳がいると、やはり言葉はうまく続かなくなる。


「生まれ変わる……か。そういえば『Sビル』は、いよいよ立ち入り禁止になった」


岳は、迷いのあるように見えるあずさから、話題の主導権を自分に引き寄せる。


「立ち入り禁止ですか」

「あぁ……。機材も入るし、検査もあるから。
それで、最後の1週間、『リラクションルーム』の鍵を俺が受け取って、練習していた」

「練習?」

「そうだ」


岳は、お墓の横にあるスペースに『クラリネット』のケースを置き、それを開く。

あずさの目の前でクラリネットを組み立て始めた。


「どうしても、この場所で吹きたい曲があったから」

「ここで……ですか」


岳は頷くと、両手でクラリネットを持つ。

そして、その曲は、祐の眠る墓の前で静かに始まった。



『Just The Way You Are』

ビリージョエルの『素顔のままで』



岳が選んだ曲は、あずさにとって思い出の曲だった。

飾る必要もない、素顔のそのままの君が好きなんだという歌詞。

あずさは、高校時代、この曲を祐が自分の前で吹いてくれたことを思い出す。

もし、祐が病気でなかったら、今でも元気で暮らしていたのなら、そう思い前を見る。



しかし、そこで吹いているのは、祐ではなく、岳だった。



仕事の忙しさから考えても、岳がクラリネットに費やした時間は、

それほどないはずだった。

しかし、メロディーの流れも指の動きも自然で、

無理な力はどこにも入っていないように見えた。

あずさは、あらためて岳の顔を見る。

群馬の実家から東京に来て、相原家に向かい、最初に岳を見かけたとき、

ありえないと思っていたのに、その姿が祐にしか見えなかった。

性格が違うとわかっても、声が違うとわかっても、思い出が現実に入り込み、

何度も幻を探した。

しかし、今、あずさには、岳がハッキリとわかる。

祐に似ているところがあるというより、岳は岳の姿のまま、あずさの前にいた。

優しいメロディーに耳を傾けたまま、ただ黙ってその姿を見続ける。

玉子というつながりがこの世を去り、自分が相原家を出た以上、

もう、岳とは会えなくなるかもしれないという思いと、

やはり、これからも会い続けたいという思いが、複雑に絡み合う。

岳のクラリネットは、間違えた箇所もなく、終了した。

あずさは自分にとって思い出の曲だということを知っていて、

あえて吹いたのだろうと思い、『ありがとうございます』と礼を言う。


「憧れの先輩よりも、下手だろうけれど……」

「そんなことないです」


あずさは、たった1週間でよく覚えましたねと、岳を見る。


「まぁ、そうかな」

「そうですよ……」


あずさは、忙しい岳が時間を作り、『リラクションルーム』で練習している姿を想像する。


「言っていただろ、色々と先輩に教えてもらったけれど、
この曲は吹ききれなかったって」


岳の言葉に、あずさは『リラクションルーム』での会話を思い出す。


「はい……」

「うん……」


岳の視線は、まっすぐにあずさへ向かう。

この日、この場所でなければ言えない言葉が、少しずつ唇から歩き始める。


「俺は、形のないものも、どうなるのかわからないことも好きではない。
しっかりと結論が出ないことに、時間を費やすことは面倒だと、今でも思う。
それは、以前、君に話したことと何も変わらない」


岳の言葉に、あずさはそんな話しをしたなと思い、軽く頷いた。

どうなるのかわからないことに、企画の時間を取られるのは無駄だと、

車の中で睡眠時間まで計算されたことを思い出す。


「だから、自分でもどうしてこんなことをしたのか、不思議でたまらないのだけれど、
でも……ここに来なければ、この曲を吹かなければ、前に進めない気がした」


岳はそういうと、あずさを見る。


「亡くなった母が、生きていた頃に言っていた。岳は男の子だから、
『クラリネット』を吹いて欲しいと」


岳は、その頃は意味もわからず頷いていたと話す。


「その後、君にクラリネットを教えた人が、自分に関係のある人だと知った。
そんな偶然が、この曲に結びつく気がして……どうしてもここで吹きたくなった。
今ある壁を、越えるために……」


岳はケースの上に、クラリネットを置く。


「君の思い出の曲だとわかっていたから、
嫌なら、やめてくれと言われるのではと思っていた。まぁ、最後まで吹けてよかった。
だから、聞いておきたい。さっき、言ったのは……相原家を出ようとしている気持ちは、
本心なのか」


岳は、『生まれ変わるつもりで』と言った意味を、あらためてあずさに聞く。


「……はい」


岳の言葉に、あずさは間違いないという意味で頷いた。

杏奈に宣言したとおり、ここで自分の本心をしっかり伝えようと思い、

声に出そうとするが、いざとなるとすぐ、弱気の虫が姿を見せる。

あずさは、言葉をどう組み立てようか、頭をフル回転させるのに、

うまい具合に文字が整列してくれない。


「このまま、『アカデミックスポーツ』が終わっても、
うちから君は仕事に行くのだと、勝手にそう思っていた。
だから、相原の家を出て行くと言われたときには、自分たちが君にとって、
マイナスだけしかなかったのかと、そう……」

「違います!」


一人で勝手に転がり落ちそうになる会話を、あずさは必死に食い止めた。



【34-2】



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