34 あなたのこと 【34-3】

その後、二人の車は『BEANS』が購入する予定の工場跡地に向かった。

岳は車から降りると、その場所の写真を数枚撮っていく。


「ここに建つのですか」

「あぁ……分譲マンションと、『紅葉の家』と、それに保育園も予定されている」


岳は手であちらこちらを示しながら、どのあたりにどういったものが建つのか、

あずさに説明を続ける。

あずさは、半分くらい難しい専門用語でわからなかったが、

あらためて、岳と気持ちが通じ合ったことに嬉しさを感じ、

そして、この場所に岳や敦が力を入れるマンションや施設が建つのかと、

その出来上がる建物を、色々と想像した。





「行って欲しい場所?」

「はい、わがままついでにお願いします」


あずさは、岳に自分が以前勤めていた『アカデミックスポーツ』のジムに

行って欲しいと話した。

岳はどうしてなのかなど聞かずに、『わかった』と答えてくれる。

亡くなった玉子も、そして家にいる夏子や美佐も、いつもあずさに話していた。

後ろめたいことがなければ、正々堂々と暮らせばいいのだと、

そう言い続けてくれた。

あずさは、だからこそと覚悟を決め、ジムに向かう。

県境を越えて、しばらくすると懐かしい建物が見えた。


「ありがとうございました。少し、待っていてください」


あずさはそういうと、助手席を出ようとする。


「おい……」


岳の声に、あずさの動きが止まる。


「俺はここにいるから……正々堂々と顔を出して来い」


岳の言葉に、あずさは小さく『はい』と返事をする。

自分は一人ではないこと、ここに信じてくれている人がいること、

岳が自分の『肩もみ』に、固くなっていた心をほぐされたように、

あずさも今の言葉だけで、足取りは迷いもなくまっすぐになれた。

受付の扉を開け、通ってきた子供たちに挨拶をする。

そして、事務所の扉を叩くと、『失礼します』と中に入った。


「お久しぶりです」


目の前にあずさが登場したことで、事務所の中は、一瞬静まり返った。

事件のことを教えてくれた由貴も、思わず口を覆う。


「ご無沙汰しています、宮崎です」


あずさは、江原の代わりにジムを仕切ることになった副支配人に挨拶をする。

すると、挨拶はしてもらったものの、どこかバツが悪いのか、

顔はあまりあわせようとしてくれなかった。

歓迎されるとは思っていなかったので、あずさは冷静に対応する。


「あの……清水さんは」


あずさが探したのは、雅臣だった。

副支配人は、雅臣がトレーニング室にいるはずだと答え、すぐに背を向ける。


「ありがとうございます」


あずさは事務所を出ると、トレーニング室に向かった。

旅行の後、逃げてしまった自分が悪いと思い、雅臣には勤務後すぐに謝罪した。

その後、キツイ言葉を浴びせられたのも、自分が悪いからだと思い続けていたが、

雅臣は、その後、あずさが東京に行ったのは、『持ち逃げ事件』への関与があるからだと、

証拠もない話しを作り上げた。

自分を、知ってくれているはずの人だからこそ、

そんな態度に出られたことが信じられなかったし、悔しくもあった。

あずさがトレーニング室に行くと、雅臣が一人で機械の調整をしているのが見える。


「清水さん」


あずさの声に、雅臣はすぐ顔をあげた。

1年前には、頼りになる人だと思っていた男は、あずさからすぐに目をそらす。


「……あぁ」


雅臣は、どこかいづらい気がしたのか、タオルを持ち、その場を離れようとする。


「待ってください。今日は、清水さんにお会いするつもりで来ました」


あずさの声に、雅臣の足が止まった。


「江原さんから、東京に行けと言われたとき、
正直、清水さんと顔をあわせるのが申し訳ないところもあって、
ほっとしたというか……。逃げてしまったのだと思います」


あずさは、自分の気持ちを押し出そうと、ゆっくり息を吐く。


「私の東京行きは、江原さんの事件とは一切関係がありません。
それだけは、関わってくれた人と、この土地で暮らしている家族の名誉のために、
ここで宣言させてもらいます」


雅臣も、内心、そんなことはわかっていたのか、否定はしてこないままになる。

あずさはとりあえず言いあいにならずに、ほっとする。


「私がご迷惑をかけて、謝らないとならなかったことも認めます。
あの時の行動は、からかったわけでも、計画していたわけでもなく、
ただ、自分の未熟さだと……でも、今……」


あずさは、自分を待っていると言った岳のことを考える。


「今……人を好きになることが出来て、わかったこともあります」


雅臣は、あずさの顔を見る。


「わかったこと」

「……はい」


『恋』とはどんなものなのか、『人を好きになる』こととは、どんなことなのか、

あずさはあらためて息を吐く。


「清水さんのことを、頼りになる先輩だと思いましたし、
一緒にいて、楽しいと思うこともたくさんありました。
でも、あなたとの時間を、あの時避けたのは……間違いではなかったと、
今、自分自身がそう思います」


『清水雅臣』という人間の、小ささが見えたという意味を込めた言葉を言い切り、

あずさはその場で頭を下げる。


「なんだよ、それ」

「私が事件に関わっていないことなど、清水さんならわかるはずです。
どんな噂を流されても私は負けません。『ザナーム』の人たちに、
自分で自分を認めてもらいますから」


あずさはそこまで話すと『失礼します』とその場を離れた。

雅臣は、あの出来事の逆恨みから、妙な噂を流した自分の行為に、

すっかり気付かれていると思い、持っていたタオルをベンチにたたきつける。

あの日、初めての旅行で、あずさが逃げ出してしまったことは、

雅臣にとっては、プライドをズタズタにされた出来事だった。

さらに東京への異動の状況に、不満の分子だけが長い間残された。

雅臣は、窓から外を見る。

そこには見かけたことのない車が1台止まっていて、そばには一人の男性が立っていた。



あずさは階段を下り、そのままジムの玄関を出た。

もう二度と、ここには来ることはないと心に決め振り返る。

しかし、ふと思い出すのは、楽しかった日々の出来事だった。

マイナス要素ばかりを残すのは辞めようと、あずさはジムに向かって一度頭を下げる。

駐車場の隅に止めてある車が見えたので、あずさはそこに向かって歩くが、

自分に気付いた岳が、前に出て来てくれたことで歩みはだんだん速くなる。


本当は、雅臣をひっぱたきたいくらい、悔しかった。

事務室にいた人たちにも、噂を勝手に信じるなと怒鳴りたいくらいだった。

持ち逃げの罪を擦り付けられ、

一緒に仕事が出来るはずのメンバーたちとも別れてしまった。

さらに、相原家の面々にも、申し訳ないという気持ちにさせてしまい、

あずさにとって、このジムの人たちが見せた行動は、腹の立つことばかりだった。

その悔しい気持ちを心に秘めたまま、あずさは待っていた岳にしがみつく。


「負けないと……言ってきました」


岳は、あずさが精一杯頑張ってきたのだと思い、

その思いごと抱きしめるようにすると、ただ、黙って受け入れる。

『素顔のまま』の自分を、信じてくれている人がいること、

それが人を強くすることだと、互いにあらためて思う瞬間だった。



【34-4】



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