35 悲しみの抵抗 【35-3】

今日は、送ってほしくないという梨那の邪魔にならない距離を保ち、

岳はタクシー乗り場に向かう姿を追い続けた。

梨那が言ったように、岳自身が、『従順さ』を求めていたことは間違いない。

逸美との張り詰めた時間と、梨那との解き放たれた時間が、

どちらも手の届く場所にあったからこそ、自分自身がそのバランスを保ててきた。



『女を不幸にする男』



岳は、逸美の言葉を思い出す。

逸美が自分を見切り、いなくなったことでバランスが崩れたこともあるが、

そのことで、本当に自分が求めているものの『核』を見ることが出来た。

どんな自分であっても、受け入れてくれるという安心感。



『俺から『BEANS』を取ったら、何が残るのか』



岳は、心が奥底から、そう叫び声をあげていたのだと、気付かされる。

梨那は岳の目の前でタクシーに乗り込み、一度も目を合わせることなく、

離れていった。





その頃、逸美は部屋にいた。

展示会の疲れと、体調の悪化で、父は入院生活に入った。

母は、病院に付きっ切りで、家に戻るのは週に数日となる。


『婚約破棄』


岳と別れた後、その行動を後悔し、実際にそうなればいいと思った時期もあった。

しかし、愁矢のまっすぐな思いに、

いつの間にか自分自身が惹かれていたことに気付いたときには、

自らの愚かさから招いた出来事に、叩き落される。

ハッキリとどの瞬間にと、愁矢が言う事はなかったが、逸美は、

おそらく抱きしめられている時に、言葉が出てしまったのだろうと、そう感じていた。

だからこそ、許されなかった。

逸美は棚の上にある『パワフリズムストーン』を見る。

確かに、岳が気持ちを寄せたあずさには、色々な出来事が起こっている。

それが全て岳自身に関わることだとわかり、

それなりに責任は感じている部分もあるのだろうが、

その出来事は、さらに二人の絆を深めるきっかけになっているのかもしれないと、

思い始める。人の不幸を笑い、自分の行動を反省しない自分に、

当たり前に帰ってきた天罰だと、逸美は石を持ち、1階まで降りると、

庭にある大きな石にたたきつける。

全てを終わりにするには、割ってしまうことだと聞いていたので、

そうするつもりで落としたが、傷はつくものの、『パワフリズムストーン』は、

壊れないままになる。


「そんな……」


逸美は何度も石に向かって落とし続けたが、

『パワフリズムストーン』は、自らを必死に守り続けた。





土曜日。天気は快晴。

あずさが杏奈のマンションを出て、一人暮らしを始める日がやってきた。


「おはよう」

「うん……」

「現地に行くように、広夢にも言ってあるからね、あずさ」

「本当にありがとう。荷物って言っても、ここにあるものだけだったのに。
二人のおかげで、助かった」


杏奈の彼、広夢は、夏に結婚する予定の同僚から、

使わなくなる食器棚をもらい、食事が出来るテーブルも譲り受けた。

どうせならとレンタカーを借りてくれて、

今日はそれを新居に持ってきてくれることになっている。


「あとは冷蔵庫だけれど、そこまで私たちが口を出すのもねぇ」


杏奈は、今日は岳も来てくれるのでしょうと、あずさを見る。


「うん……でも、物件にあれこれ文句を言いそうで……」

「いいじゃない、だったらすぐにでもオートロック、
駅まで数分の高層マンションでも契約してもらえば」


杏奈は、まぁ、自分が来ることになるのだから、それはそう考えるかもねと、

食器を片付けながら笑い出す。


「来る?」

「……でしょう……向こうは親のところにいるわけだし。
二人っきりになろうとしたら、あずさのところに来るでしょう」


杏奈は、あずさの枯葉生活もいよいよ終了だねと、顔を覗き込む。

あずさは、荷物が来ると困るから、早めに行くと誤魔化しながら、

洗面台の前に立った。





『フラワーハイツA』



あずさが引っ越す場所の道路を挟んで向こう側も、大家になる富田家の土地だった。

『富田耕吉』は朝から、畑仕事をしようと支度をし続ける。


「お父さん……ねぇ、どうして不動産屋に話しをしてくれないの? 
もうあっちの土地は売る方向でって言ったわよね」

「お前にそんなことを言った覚えはない」

「だって……」


友華は食事を終えた皿を片付けながら、耕吉に何やら話している叔母の姿を見た。

友華の母は洗濯物を干しながら、一度義妹の方を向く。


「兄さん家族だけじゃないんですからね、この土地には私の分もあるの。
お父さんが生きているうちに、さっさと分けてよ」


『富田寿美枝(すみえ)』

友華にとっては叔母になり、仕事でいない父の妹だった。

実は、岳があずさを気にして『ザナーム』の通販事業部に来た時、立ち寄った喫茶店で、

京子のことをお局扱いしていた3人の女性のリーダーが寿美枝になる。


「おはようございます」


そこに現れたのは、あずさに契約書を書かせた、不動産屋の店員だった。





午前11時。

あずさと杏奈が『フラワーハイツA』の前に到着すると、

母屋の方から友華が慌てて飛んで来た。

あずさは、手伝ってくれると言っていたので来てくれたのかと思い、手を振ってみせる。


「おはよう、富田さん。これから……」

「宮崎さん、大変なの」

「大変?」


友華は、朝、不動産屋が来て、そこから祖父の耕吉が怒ってしまったと、

泣きそうな表情でそう言った。



【35-4】



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