35 悲しみの抵抗 【35-5】

「あなた……うちの事業部前に車で来た方ですよね。お局に名刺を渡していた。
あ、ほらほら、『岸田』のマンション。そう『BEANS』の……」


寿美枝は大きめの声をわざと出しながらそういうと、

噂どおりやっぱりあずさが『BEANS』の関係者なのかと言い始めた。

部屋の前にいた友華も、耕吉も、岳を見る。

岳は『お局』というたとえに、

あの日、喫茶店で話していた女性3人の一人が寿美枝だったことを思い出す。


「友華……」

「はい」

「見てみろ。口では関係ないだの言っても、寿美枝が知っていると言っている。
いいか、絶対に貸さないからな。おじいちゃんは死んでも貸さない!」


耕吉はそういうと、部屋の中に入り、鍵をかけてしまった。

友華は、部屋の扉を叩き、そんなことをしてはダメだと耕吉に話しかける。

その様子を見た寿美枝は、こんな大家のアパートは借りない方がいいですよと笑い出した。


「何がどうなっているんだ」

「……ダメだって、言われて」

「ダメ?」


あずさは、契約はきちんと済ませ、鍵ももらっていたのだけれど、

なぜか大家の耕吉が、あずさと『BEANS』に関連があると言い出し、

部屋を貸すことを拒んだため、杏奈と広夢が引っ越し祝いに買ってくれた洗濯機を、

運び入れることが出来なくなったと説明する。


「本当に契約は交わしたのか」

「はい……ちゃんと」

「だったらすぐに不動産屋に来てもらえばいい。何を言おうが契約したのだから、
こちらに権利がある。いや、もし本当に貸さないとごねてくるのなら、
逆に損害費用を請求して、別の場所を借りれば済むことだ」


岳は、『フラワーハイツ』を軽く見る。

岳の望む、オートロックや頑丈な造りという点からは、

明らかに外れている物件だとすぐにわかる。


「そうだな、その方がいい。難癖をつけてくるようなところを借りる必要などない。
うちへ戻れ」

「……うち? 相原家ということですか」

「そうだ。いつまでもここでバタバタしているのもおかしいだろう」


岳はそういうと車に戻り、手帳から紙をはがすと、すぐに何やら書き始めた。

そして、杏奈と一緒に立っている広夢に渡す。


「手伝いに来てもらって、申し訳ない。荷物はとりあえず、ここに運びたいので、
お願いできますか」


岳が書いたのは、相原家の住所だった。

広夢は、それでいいのですかという顔で、あずさを見る。


「でも……」


あずさは、部屋に入ってしまった耕吉が、どうしてそんな態度を取ったのか、

それが気になっていた。このまま帰ってしまうことは出来ないと思い、

また階段を上がりだす。


「おい!」


あずさは岳の止める言葉を無視して、部屋の前に立った。

そして、『すみません、聞いて下さい』と声を出す。


「このお部屋を見せてもらって、日当たりのよさも、静かな環境も、
とても気に入ったので契約をしてきました。どういう事情があるのか、
今はわからないので、一度……今日はこれで帰りますが、
ぜひ、お部屋はお借りしたいので、あらためてお願いに来ます」


あずさはそういうと、その場で頭を下げた。

友華も階段の下で、あずさの言葉を聞き続ける。


「こんな部屋くらい、どこにだってある。そっちへ行きなさい」


耕吉は中からそういうと、また黙ってしまった。

あずさは不動産屋に渡され、持っていた鍵を、ドアポストから向こうに入れる。

カタンと音がして、玄関に鍵が落ちた。


「許してもらえたら、もう一度受け取りますから」


あずさはそういうと、階段を一人下りていく。


「宮崎さん、ごめんね、こんなことになって」


階段の下には、祖父のとんでもないわがままに、うんざりしている友華が待っていた。


「ううん……富田さんの責任じゃないから。ただ……」


あずさは、借りるはずだった部屋の方向を見る。


「おじいちゃんが落ち着いたら、理由、聞いてみるから」

「うん……お願いします」


あずさは友華と寿美枝に頭を下げると、岳たちのそばに戻ってきた。

杏奈と広夢は軽トラックに乗り、あずさは岳の車に乗る。

4人は、引っ越しを完了することなく、『フラワーハイツ』の前を、離れた。





日曜日の道路は、時折渋滞らしき場所がある。

杏奈は少し前を走る岳の車を、どこかポーッとした視線で見続けた。

広夢は、『コホン』と一度咳払いをする。


「何?」

「何って、こっちが聞きたいんだけど。そんなに眺めていて楽しいか? 高級車」

「いやぁ……想像以上だった。なんだろう……オーラ? 
あの人にはあったよね、オーラ」


杏奈は、『相原岳』という人が、自分の想像以上の人物だったと、大きく息を吐いた。

広夢は、別に俺と変わらないよねと小声でつぶやく。


「は?」


杏奈の睨みに、『すみません』と広夢はすぐに謝っていく。


「あんなアパートに入る必要はない。あずさ、君は俺のそばにいればいい……
なぁんて言われているのかな、今」


杏奈は、あんなに素敵な人がいる家に居候できているのだから、

出てくるのがおかしいと、そう言い始める。

広夢は『次、曲がります』と大きく声を出し、小さくため息をついた。



「まぁ、入る前に大家の本性が見えてよかったな」


岳の声に、あずさは黙ったままになる。


「念のために言っておくけれど、あの偏屈な大家の言い分を聞いて、
あの部屋を借りようだなんて……」

「どうしてなのかと、思いませんか?」


あずさの問いかけに、岳は『またか』という顔をした。


杏奈の『甘い予想』とは違い、前の車に乗っている二人は、本音バトルの最中だった。

岳は、契約を済ませた物件に、

あれこれ文句をつけるような大家と付き合う必要はないと言い、

あずさは、どうして『BEANS』を嫌うのか、それが知りたいと言い始める。


「そんなことを考えるのは時間の無駄だ。あれくらいのものならどこにでもある。
どうせ、土地の契約がうまく行かなかったとか、そういうことに決まっているだろう。
とにかく、今回のことを教訓にして、焦って飛び出すな」


岳は、あずさがそもそも就職と引っ越しを一緒にこなそうとして慌てたから、

こんな結末になってしまうと言い始める。

あずさは、それはと言おうとしたけれど、とりあえず口を閉じた。





【ももんたのひとりごと】

『一人暮らし』

私、人生の中で数回『引っ越し』をしましたが、
一人暮らしというものはしたことがありません。言葉の響きからすると、
『自由』で『楽しい』ものだと、そう思いがちですが、実際にした人に聞くと、
『寂しい』とか『無』だと言っていました。自分が動かなければ、
絶対に何も動きませんからね。男の子は1度くらい、経験した方がいい気もしますが、
みなさんはどう思いますか?




【36-1】



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