36 柱の影 【36-1】

あずさを乗せた岳の車は、『東青山』に向かって、順調に走り続ける。

岳は黙ってしまったあずさの横顔を、チラッと確認する。


「なぁ……」

「はい」

「思いついたら即行動もいいけれど、きちんと先を見ないと。
君のこんな行動がなかったら、友達にも迷惑をかけていないだろう」


あずさはバックミラーに映る、広夢が運転する軽トラックを見た。

自分では焦ったつもりはないけれど、確かに二人には迷惑をかけている。


「今度は、落ち着くまでうちにいればいい。
もし、どうしても一人暮らしだとこだわるのなら、物件は俺が探す」


岳はそういうと、右にハンドルを切る。


「俺が探す?」

「あぁ……建設会社に勤めているし、賃貸にもそれなりの情報はあるから」

「そんなこといいです。自分で考えますから」

「『世々沢』がダメだと言うのなら、『岸田』にもそれなりの場所があるだろう。
営業部の方に聞けば、相場もわかるし……せめてオートロックで……」

「頼んでいません!」


あずさは、『自分の力で前に進みたい』のだと、岳に訴えた。


「確かに、今の大家さんの行動は普通じゃないです。でも、それをするくらい、
何かがあったのかと思ったら、それを無視できません。
関係ないですと言えないでしょう。『BEANS』が絡んでいるんですよ。
あんなにうらまれてしまったのはなぜなのか、知りたくないですか」


あずさは、相原の家に世話になりながら、

自分なりに大家と話しをするつもりだと、そう言い返す。


「話す?」

「はい……」


岳は言い返そうとしたが、そのまま口を閉じる。

あずさの口から『相原家に世話になる』というセリフが出てきてので、

そこは受け取っておこうと、そう考えた。


「……ったく、これは君の病気だな」

「病気?」

「あぁ、慢性の病だ」


岳はそういうと『はぁ』とため息を落とす。

車はしばらく無言状態の空気を乗せ、さらに先へと進む。


「わかった。それなら過去に何があったのか、とりあえず探ってみるから」


岳の言葉に、あずさは『ありがとうございます』と嬉しそうに横を向く。

信号が赤だったため、岳はその明るい表情をすぐに確認できた。

そこまで下向きだったあずさの顔が、明らかに変化する。

信号が青になり、岳はまた車をスタートさせる。


「君にとっては、俺の取っているこの行動はお節介なのかもしれない。
でも……そうあれこれ言いたくなるのも、少しはわかってくれ」


岳は、『オートロック』にこだわるのも、環境が気になるのも、

自分なりの思いがあるからだと、あずさに語りかける。


「今までとは……違うのだから」


岳に、今までとは違い、

『あずさ自身』を意識して考えていることだと言われてしまう。


「はい……」


『特別な存在』だと宣言されたような気がして、あずさは自分の顔が、

一気に赤くなるような気がした。





「本当にあるんだな、こんな家」

「そう、あるんだわ……こんな家」


杏奈の視線の先には、『東青山』の駅が映った。

賑やかで華やかな都心と言うイメージとは違う、落ち着いた雰囲気が、この場所にはある。

岳の車についてきた杏奈と広夢は、『相原家』の大きさに驚き、

軽トラックを降りたまま、しばらく動けなかった。

岳はあずさの荷物をトランクから出すと、杏奈と広夢に中へと声をかける。


「あ……はい」


岳は玄関を開け、先に入っていく。

あずさは、思いがけない状態で戻ってきてしまった相原家を見た。

すると、玄関が開き、東子が飛び出してくる。


「あずさちゃん、お帰り!」


東子は、目の前にいるあずさに抱きつくと、なんだかわからないけれど、

とても嬉しいと言い出した。あずさは、迷惑ばかりかけてごめんなさいと話す。


「ううん……迷惑だなんて……って……」


東子は顔をあげて、杏奈と広夢を見る。


「どちら様?」

「あ……あのね、私の高校時代からの友人、鈴木杏奈と、その彼の山下広夢さんなの。
今日の引っ越しを手伝ってくれる予定で」


あずさの紹介に、杏奈も広夢も一緒に頭を下げる。


「そうなんですか、どうも……相原東子です。あずさちゃんを姉と慕っている、
麗しの女子高校生です」


東子は、とにかくあがってもらってとあずさに声をかける。

すると、岳に言われた滝枝が出てきて、中にお入りくださいとそう言った。

その後、すぐに岳が出てきて、裏の倉庫にあずさがもらう予定の荷物を運ぶことになる。

広夢は、運び入れやすいように、軽トラックを家の裏まで動かした。

相原家のリビングには、あずさと東子、そして遅れて入った杏奈が揃う。


「東子ちゃん、お父さんとお母さんは?」

「お母さんは婦人会の仲間と出かけているの。お父さんはいると思うけれど……」


あずさは武彦がいると聞き、まずは挨拶をしなければならないのではと考えた。

すると、滝枝がここで待つように言われていたと、教えてくれる。


「ここで……ですか」

「はい。岳さんが、戻ってきて話すからと、旦那様には言ったらしいですよ」


滝枝はそういうと、紅茶の支度を始めてくれる。

杏奈は、テレビドラマに出てくるような世界が目の前にあると思いながら、

ただ、目をあちこちに動かしている。

すると、荷物を運び終えた岳と広夢が入ってきて、奥から武彦が姿を見せた。

あずさはすぐに立ち上がり、『すみません』と頭を下げた。

武彦は挨拶をしたあずさの肩に触れ、元気にしていましたかと声をかけてくれた。

岳と一緒にあずさの荷物を運び、遅れて入ってきた広夢は、

状況がわからないので、とりあえず杏奈の横に並ぶ。


「今日が引っ越しの予定だったのに、少しトラブルがあって。
荷物も部屋の中に入れられなかったものですから」


あずさは、こんなときだけ訪ねてきてと、もう一度頭を下げる。


「そんなに申し訳ないと思わなくていいですよ。
元々、ここにいていいと話していたし、トラブルがあったのならなおさら、
うちはあずささんの東京の家だと思ってもらって、構わないのだから」


武彦は、岳がまた話しをしてくれると言っていたので、

後から聞きますよとあずさに声をかける。


「お父さん、こちらはあずさちゃんのお友達だって」


東子がそう紹介したので、杏奈と広夢はそれぞれ名前を言う。


「お二人とも『ツネザワ』にお勤めだそうです。『翠の家』などに、
業務用の冷蔵庫を運んでいただいたことがあると、今……」


岳は、あずさの荷物を下ろしているとき、そう聞いたと話す。


「あぁ……『ツネザワ』に。施設で食の管理はとにかく大事ですからね。
故障なくいい製品をありがとうございます」

「いえ、そんな……」


広夢は、武彦の言葉に、ほぼ直立不動の姿勢で、返事をした。



【36-2】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント