36 柱の影 【36-2】

「はぁ……緊張した」


東子を交えて5人は、滝枝の運んでくれた紅茶を飲んだ。

広夢は、『BEANS』の社長と直接会話をするなんて、夢に出そうだと話す。


「うなされそう?」


東子の言葉に、広夢は『いやいや』と首を振る。


「落ち着いたから言うけれど、それにしたってあの大家さん、
あれだけの抵抗って、ありえないわよね」


杏奈は紅茶のカップに口をつけ、そう言った。

広夢も、『そうだね』と言いながら、両手を組んでみる。


「アパートが並んでいる道路を挟んで向こう側が、母屋だったな」

「そうみたいです。富田さんが向こうからかけてきたので」


あずさは、友華は今頃どうしているだろうとそう思う。


「富田の家のさらに向こうには、確かスーパーが出来たんですよ。
うちが業務用の冷蔵庫を入れたので、覚えてますけど」


広夢は、あのあたりも富田家の土地だったのかなと軽く首を傾げる。


「『フラワーハイツ』って亡くなったおばあさんが大切にしていたって、
富田さんが言っていました。花さんだから『フラワーハイツ』だって」


あずさは、日当たりもよかったし静かだったのにと、残念そうにつぶやいていく。


「うちの名前を出しているのだから、何かしらのトラブルがあったのだろう。
とにかく調べてみるけれど、最終的には感情論だ。今回は村田さんのように、
うまくはいかないぞ」


岳は、また面倒なことに首を突っ込もうとしているあずさのことを見ながら、

そう言い返す。


「いくかいかないかは……わかりませんから」


あずさはそういうと、紅茶に口をつけた。





杏奈と広夢は少し遅めのランチを相原家でご馳走になり、

とりあえず軽トラックに乗り、帰ることになった。

あずさは杏奈に、また連絡するからねと声をかける。


「うん……まぁ、居場所があるのだから、じっくりね」


杏奈は、あずさの前に立ち、『素直にね……』と意味深に笑う。

あずさは余計なことを言わないでという意味で、軽く背中を叩いた。





その日の夕食時、浩美が戻ってきた食卓で、あずさはここまでのいきさつを話し、

またしばらく相原家でお世話になりますと頭を下げた。

部屋は、以前使っていた2階の洋室になる。

引っ越しに合わせて送った洋服などの荷物は、宅配業者に問い合わせをし、

この住所に届くよう、あらためてお願いすることになり、

あずさの前には、群馬から出てきたときと同じ、スーツケースが一つあるだけになった。

寝巻き、下着など、本当に身の回りのものしか入っていない。

岳にもらった『リクチュール』のスーツや、『ロスウッド』の小物入れは、

明日にならないとここには届かないが、あずさはこれだけはと思い、

いつもそばにおく『クラリネット』のケースを取り出した。

あまりにも予想外、あまりにもバタバタした1日だったが、

こうしてここに戻ってこられたのは、申し訳なさ反面、嬉しさもあった。

また、岳のそばにいられるということが、あずさの気持ちを前向きにする。

だからこそ、友華の祖父が抱えている『BEANS』への恨みとも言える感情を、

どうにか和らげることが出来ないかと、ベッドにもたれながら考えた。





「あずささんのことは、いつ?」

「いや、私も昼に知ったんだ。急に岳が戻ってきて、とにかく説明はあとでするから、
またあずささんをここに置いてくれと……」

「岳が……」

「あぁ……」


武彦は新聞を閉じると、かけていたメガネを外した。

ウイスキーのグラスを持ち、何かを思い出したのか、『ふっ』息を漏らす。


「どうしました?」

「ん? いや……あの子の、あんな顔を……私はいつ、見ただろうかとそう思ってね」

「エ?」


浩美は、岳のことですかと聞いた。武彦はそうだと頷いていく。


「子供のようにまっすぐな目だった……それでも嬉しそうで……」


武彦は、岳が一瞬、子供のように見えたと話す。


「敦のことも、東子のことも、自分が気にかけてやらなければと、常に考えていたが、
岳のことは……どこか大丈夫だと思い込んでいたかもしれない」


武彦は、そういうとグラスを見る。


「君にも迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼むよ」

「はい」


浩美は『東子も嬉しそうでした』と笑い、武彦の横に座った。





「おはようございます、滝枝さん」

「あら、あずささん。いいんですよ、ゆっくり寝ていて」

「いえいえ、友達の家から『岸田』が遠かったので、早起きに慣れました」


次の日、あずさは朝早く起きると、滝枝と一緒に朝食の準備を手伝った。

『フレンチトースト』の粉砂糖を、軽く振っていく。


「運びますね」


あずさの声に、滝枝は『お願いします』とそう言った。





岳は『BEANS』に出社して自分の席に座ると、

いつものように書類に目を通し始めた。すぐに返事をするもの、

そのままゴミ箱に捨ててもいいもの、他の社員に聞き、意見を求めようと思うもの、

それぞれの段階に分けていく。


「おはよう」


かけられた声に顔をあげると、そこに立っていたのは敦だった。

岳は、『おはよう』と返事をする。


「宮崎さんが戻ったって」

「……どうして知っているんだ」

「東子だよ。すぐに連絡を寄こした。またみんなで食事が出来るから、
家に戻って来いって」


敦は、不動産のトラブルだってねと、岳を見る。


「まぁな。また、懲りずにどうしてなのか調べてくれと言っているけれど、
そんなことをするよりも、もっといい物件を探した方がいいと思うのに」


岳はそう文句のようなことを言っているが、

敦にはその口ぶりが明らかに嬉しそうに思えた。


「まぁ、いいやが出来ないのが、宮崎さんだからね」


敦はそういうと、『賃貸』の方でわかることがあるのなら、聞いてみるけれどと、

岳に話す。


「あ、そうか、そうしてくれ。また何もしていないと、どうしてしてくれないと、
機嫌が悪くなるだろうし……」


岳は忙しいのに悪いなと言いながら、1つの封筒を取り、カッターで封を切った。



【36-3】



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