36 柱の影 【36-3】

「本当にごめんね」

「それはいいの。居場所がないわけじゃないし」


あずさの職場でも、友華が何度も頭を下げた。

二人は昼休みに一緒にお昼を食べようと、建物の裏側に向かう。


「あれからおじいちゃんが出てきて。宮崎さんたちが帰ったって話しをして。
私はどうしてって聞いてみたの」

「うん」

「でも、話してくれなくて」


友華は、おそらくおばあちゃんがらみだと思うと言いながら、弁当箱の蓋を取る。


「私が生まれる前だったと思う。世の中が好景気で、マンションがどんどん建って、
それでも足りないからって、使わない土地を譲って欲しいと、
業者がよく出入りしていたみたいなの」


富田家は、今よりももっと土地を持っていたが、祖母の母親が亡くなり、

その相続税のこともあり、ある程度の土地を手放すことに決めたという。


「富田家の跡取りは、亡くなったおばあちゃんだった。
おじいちゃんはお婿さんに来たから、家を守らないとという思いは、
強いのかもしれない。でも、私のお父さんは、農業に興味もなくて、
パイロットを目指したの。結構、アメリカで免許を取ったりするのに、
お金がかかったんだって。おじいちゃんは反対していたけれど、
おばあちゃんが応援してくれて。おそらくそんなお金も、出ていたのかなと……」


友華は、生まれた頃はアメリカにいたのと説明する。


「すごい……帰国子女ってことでしょ」

「ううん、だって2歳くらいで日本に戻ったから。英語も全然だし」


友華は、せめて話ができたらよかったのにねと笑う。


「私がね……あまり体が丈夫じゃなくて。医者にばかりかかっていたから。
お父さんもお母さんも、日本に戻ろうと思ったみたい。それでここへ」


友華は、体があまり強くないから、正社員になるのは勇気がなく、

家から近いこの『ザナーム』の通販事業部で、ずっとパートをしているのだと話した。

あずさは、友華の事情を初めて知る。


「そうだったの」

「うん……宮崎さんのように、正社員で入ってきて。
男の人たちと一緒に仕事をするのって、見ていてとってもうらやましかった」


大変だろうけれど、『自立』という言葉があるからねと、友華は笑う。


「寿美枝叔母さんは、お父さんが好きなことをするために出て行ったのに、
また戻ってきているのが気にいらないっていつも言うの。パイロットになるのに、
おばあちゃんがからお金ももらっているのだから、もう相続の権利がないとか、
いつもお母さんに向かって叫んで」


友華は、そんな富田家の事情がわかっても仕方がないよねと、

あずさに余計なことを話してしまったと謝ってくる。


「いいの、いいの……おそらく土地がらみだろうなと、私も思ったのだけれど、
こっちからも調べてみる」

「あ、そう……昨日来た人、『BEANS』の社長の息子さんだって、
寿美枝叔母さんが言っていたけれど」

「うん」

「すごいね、あずさちゃん。お知り合いなの?」

「……まぁ、そうなるかな。うちの亡くなったひいおばあちゃんと、
『BEANS』の会長さんが、昔から親しくて。その縁があって、東京に来たとき、
お世話になっていたから」

「へぇ……」


友華は、それならば無理にうちのアパートを借りなくても大丈夫だねと、笑う。


「……うん」


あずさは、『フラワーハイツ』に一度訪れたときの印象が忘れられず、

大丈夫の言葉に対し、返事が鈍くなってしまう。

二人のランチは、どこかかみ合わないまま、終わってしまった。





遮光のカーテンで部屋を覆っていると、今が昼なのか夜なのか、

梨那にはよくわからなかった。岳に別れを告げられてから、仕事に行くこともなく、

ただ毎日部屋の中で過ごしている。

体の不調を心配する母や、何があったのか話せという父の声は聞こえるものの、

梨那は、ひとり部屋にいることを選択し続けた。

『三国屋』という看板を前に出し、父の力を利用すれば、

岳の父、武彦と、親同士の話しをすることは出来るだろうが、

『BEANS』の力を考えれば、こちらに従えと言うのも無理があるし、

そんな圧力で振り向かせるというのも、惨めだという思いはあった。

逸美のこと、それ以外にも何かとあった岳との時間なのだから、

今は気持ちがふらついていても、どっしり構えていれば、

自分のところに戻るはずだという余裕を持とうとしても、出来なくなる。

相手のことを話す岳の表情も、言葉も、梨那にとっては、初めてのことだらけだった。

今までとは違うということが、ハッキリとわかっているだけに、

ただ、自分が受け入れていくしかないのかと、

また悲しみに気持ちが押しつぶされそうになる。

梨那は、岳の番号を呼び出し、ただその名前を見続けていたが、

やがてその指は、別の名前を探し始める。梨那は番号を呼び出すと受話器を耳に当てた。





あずさは、その日の仕事を終えると、『東青山』の駅で降りた。

警官に挨拶をして横断歩道を渡り、相原家の玄関へゆっくりと坂を上がる。

時間は夜の8時を回っていた。

今日はこの時間だけれど、明日は遅番のため午後からの出勤になる。

杏奈との暮らしなら、お昼まで寝ているからと言って、

布団を被っているのもいいだろうが、相原家で世話になっている以上、

朝食はみんなと取るべきだろうと考える。

あずさがふと駐車場を見ると、敦の車がそこに止まっていた。

おそらく東子が話したのだろうと思い、自然と歩みが速くなる。

扉を開けて、中に入ると、そこには確かに敦がいた。


「こんばんは」

「こんばんは……戻ったんだってね」

「……すみません」


あずさはご迷惑をかけますと、頭を下げる。


「全然迷惑じゃないよ。東子も喜んでいるし……あ、いや、兄さんも」


敦はそういうと、あずさを見る。

あずさは、どういう顔をしていいのかわからずに、意味なく笑顔を浮かべてしまう。


「早速だけれど、おそらくだと思えるトラブルのヒントを持ってきた」

「ヒント?」


敦は『うん』と答えると、何やら封筒を取り出した。



【36-4】



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