36 柱の影 【36-4】

「これ、見て」


敦があずさにリビングで見せてくれたのは、昔の新聞記事だった。

今から30年くらい前、日本は『バブル景気』で、

何を作っても売れ、何をしていてもお金が入るような、そんな浮かれた時代だった。

その当時のある事件について書いてある記事には、

『BEANS』の文字に、しっかりと赤い線が残っていた。


「これね、僕が入社してすぐの時に、見せられた資料なんだ。
宮崎さんが越す予定だった土地の名前を聞いて、思い出してさ。
ほら、ここ。うちの名前が書いてあるだろう。当時、みんなが土地を探していたから、
そういった情報を持ってくると、お金がもらえたりする仕組みがあって……」

「お金ですか」

「そう……小さな不動産会社が、手当たり次第土地を買いに向かって。
それであまり知識のない人たちに、不利な条件を勝手につけるんだ。
たとえば……昔、ここは米を作っていたから、水はけのために
土を入れ替えないとならなくて、その費用分、購入額が安くなるとか」


他にも、大きな地震が置きやすい場所に近いからや、手荒いものになると、

昔何も知らない農民たちが、汚染物質の含まれている薬品を知らずに、

土地に破棄させられていたなどというものもあったという。


「それって、昔話?」


東子は、今時考えられないよねとあずさを見る。


「お前は平成の今を生きているから、そういう話がわからないのだろうけれど、
先祖から土地を渡されて、それまで耕すことしか知らなかった人たちにしてみると、
『バブル』だとか、好景気だとか、賃貸物件で儲かるから土地を売って欲しいとか、
突然降りかかってきた色々なことに、考えが着いていかなくなることがあるんだよ」


敦は、そういう『わからない』という点に付け込んで、間に入ると勝手に名乗り出て、

仲介手数料的にお金を持っていった人物がいたという記事だと、

あずさに見せた紙の内容を話してくれる。


「敦だって、平成生まれでしょう、全てを知っているかのように言って……」


東子は、教えてやろうという敦の態度に口を尖らせる。


「うちの名前も、使われていたんだ。『BEANS』と取引があるとか、
私が交渉の窓口になるとか、色々とさ」


あずさは、友華の話しと敦の話しを聞き、

アメリカに住む息子さんにお金の援助をしたいと思ったおばあさんが、

こんな話に騙されてしまったかもしれないと、そう考える。


「私と親しくしてくれた大家さんのお孫さんから聞いた話だと、
息子さんをパイロットにしてあげたくて、お金も援助していたって聞きました。
こんなことがあっても、おかしくないかもね」

「……じゃぁ、ビンゴかもしれない」


敦は、そうなると金額が大きいだけに、逆恨みも深そうだとソファーにもたれかかる。

時刻が10時になろうかという頃、岳が仕事から戻ってきた。

3人は揃って『おかえりなさい』と出迎える。


「……あぁ」


岳はテーブルの上にある記事を見つけ、すぐに敦を見た。

新聞記事を手に取ると、軽く笑う。


「早いな、情報が」

「いえいえ、今回は新人研修資料のことを思い出したからさ」


敦はそういうと、兄さんもこれだと思うのかと、そう尋ねる。


「あぁ……。トラブルの資料を検索していたら、研修用のこの資料が出た。
確かに、年代といい、場所といい、おそらくこれだろう」


岳は、新聞の記事を手に取ると、軽く読んだ。

見に覚えのないところで、勝手に名前を使われたという内容に、ため息をつく。


「敦から聞いたのなら細かくは言わないが、今回はうちの責任ではない逆恨みだ。
だから感情論になる。無理に入り込むのは辞めておけ」


岳はそういうと、あずさを見る。

あずさは、岳の言葉に返事をしないまま、黙って紙を見続けた。

敦は、あずさに向ける岳の顔を見る。


「おい、東子、お前風呂に入ろうとしたんだろ……さっさといけ。
俺も明日早いから、今日は泊まることにした」


敦はそういうと、ソファーに座っている東子をリビングから出そうとする。

東子はお風呂には入るけれど、まだ話しが終わっていないでしょうと、

その場に残りたそうにするが、敦に背中を押され、『わかりました』と離れた。

しばらくすると、二人の声が聞こえなくなる。

岳はネクタイを緩めると、あずさの横に座った。


「正式にはこれかどうかわからない。
でも、こんな時代は似たようなことが世の中にいくつもあった。
もちろん、騙す人間が悪いけれど、騙されてしまった側にも、『バブル』に浮かれて、
どこか隙があった。だからこそ、今でも『BEANS』を恨み、
それによってバランスを保っているのかもしれない。無理に崩そうとするな。
逆に傷をつけることになるかもしれないぞ」


岳は、商売というのは多かれ少なかれ敵もいると、あずさに話す。


「岳さんは嫌ではないですか? 逆恨みなら、本当に恨まれるべき問題がないのなら、
それは違うと、きちんと話すべきです」


あずさはそういうと、否定しなければ肯定されると岳を見る。


「私が持ち逃げ事件に絡んだと思われるのが嫌なのと、一緒ではないですか?」


あずさは真剣に、そう訴えた。


「『BEANS』の物件を、確かに全ての人が気に入らないかもしれないし、
嫌いだという人もいるかもしれない。でも……誤解なら、本当に悪い所がないのなら、
私は……それを見ぬふりが出来ません」


あずさは記事に書いてある『BEANS』の名前を見る。


「焼け野原の東京に立って、戦後からずっと、庄吉さんが築き上げてきた会社でしょう。
岳さんが懸命に働いて、夢を建てている会社です。
『BEANS』が、悪くもないのに、悪く言われるのは嫌です……」


あずさはそういうと、記事に残されている『BEANS』の文字を見た。

敦の説明によると、全く関係のない事件なのに、例として名前が出されていることすら、

ずるい気がしてしまう。


「こんなふうに名前が載るだけで、勘違いされることもあるかもしれないのに……」


『岳さんが懸命に働いて……』


岳は、以前もこんなセリフがどこかにあったなと、思い出した。

あずさにとって『BEANS』を思うことは、

そこで働く岳自身を思ってくれていることなのだろうと、セリフを聞きながら感じ取る。

肩もみをしているのが役に立つと思ったのも、

岳の仕事振りをそばで見てきたあずさだからこそ、持てる思いだった。

岳は、隣に座るあずさの肩をそっと引き寄せる。

あずさは少し驚きながらも顔を上げ、近付く岳のぬくもりを黙って受け入れた。

誰もいないリビングだからと思った岳の行動だったが、

それを柱の影で、見てしまった人がいた。


「……うわ」


敦にせかされてリビングを出た東子は、携帯を置いてきたことに気付き、

戻ろうとしたが、二人のキスシーンを見てしまい、歩みが止まる。

『恋に恋する麗しき女子高生』は、自分の心臓を手で押さえながら、

音をさせないように、ゆっくりと慎重に部屋へ戻っていった。



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