36 柱の影 【36-5】

次の日、あずさは遅番だったが、相原家の人たちにはそれを語らず、

いつもと同じ朝食の席についた。武彦から浩美、岳。そして泊まった敦に東子。

あずさの目の前には、いつものメンバーがいるが、

東子だけは『いつも』が出来ずに、どこか落ち着かない時間になっていた。

自分の隣にいる岳と、目の前にいるあずさ。

昨日見たシーンはウソでも幻でもないし、

そんなことがあったら嬉しい気持ちもどこかに持っていたので、嫌なのではないが、

本当にそういう状況になったのかと、つい、二人の顔を交互に見てしまう。


「東子」

「な……何?」


敦の声に、東子の返事はうわずってしまった。


「なんだその返事。お前、何かまずいことでも隠しているのか。
なんだか落ち着かないな」


敦の指摘に、浩美が東子を見る。


「変なことを言わないで、別に何もないですから……」


東子は別にいつもと変わらないでしょうと、パンをかじる。

その瞬間、東子の左手がコーヒーカップに触れ、中身がこぼれてしまった。


「あ……」


東子は慌ててそばにあった布巾を取る。


「あずさちゃん、かかった?」

「大丈夫、かかってないよ」


滝枝がすぐに来て、こぼれたコーヒーの処理をしてくれる。


「東子さんは大丈夫ですか」

「うん……私は平気」


東子はあらためて、あずさにごめんねと頭を下げる。


「何をバタバタ……東子、そんなに慌てているのが、隠している証拠だろ。
お前何をしたんだ」


岳のセリフに、東子は『今、あなたがそのセリフを言うの?』という目を向ける。


「東子……」


浩美は何かあるのなら言いなさいと、東子に声をかける。

東子は『違います』というように、両手を全員に見えるように振っていく。


「お父さん、お母さん。私には隠さないとならないような、
人に黙って隠れてこっそり……なんて出来事はありません」


東子はそう言いながら、岳を横目で見た。

岳は東子を見ることなく、食事を続けている。


「何を言われても、自分の身だけは、潔白だと言い続けます」


東子は『ごちそうさまでした』と声を出すと、食卓を後にした。





「遅番ですか」

「はい」


あずさは滝枝に勤務表を見せると、丸をつけている日は夜10時を回ってしまうので、

夕食は外で済ませますと話した。滝枝はわかりましたと紙を受け取る。


「大変ですね、時間が色々と動くのは」

「はい。でも、みなさんも一緒だから」


あずさはそういうと、身支度を整える。

今日は立ち寄りたいところがあるのでと言い、早めに相原家を出て行った。





あずさが向かったのは、最初に契約をした不動産屋だった。

やはり大家の富田耕吉が、『フラワーハイツ』を貸し出すことが出来ないので、

契約を破棄とさせて欲しいと、店に連絡をしてきたという。


「で、まぁ、契約を済ませた上で、大家側の一方的理由ということもあり、
費用面の負担をしてくださるとお話しを受けました。で……」

「少し待ってください。お金はいりません」

「……いらない? いや、でも、荷物などを入れられなかったですし、
宮崎さん側の損害は実際、あるでしょう」


不動産の営業マンは、富田さんは頑固なんですよと、愚痴をこぼす。


「大丈夫です。私に損害はありません。ただ……お願いがあります」

「お願い」


あずさは別の物件を探しますという不動産の営業マンに、

契約書類を破棄にする代わりに、一度きちんと会って話をさせて欲しいとそう言った。


「大家さんと話しをするということですか」

「はい。『BEANS』の関係者だと思われているのも困りますし、『BEANS』自体も、
実際には誤解されていると思うので。そういった機会をいただきたいと、
それが損害の代わりの条件だと、お伝えください」


あずさはここで待ちますからと言ったため、営業マンは渋々富田家に連絡を入れる。

代わりの物件だと、数枚の間取りの紙を見せられたが、

あずさはまずこちらが解決してからにしようと、紙を折る。


「いえ、はい……どうしてもと」


営業マンの口ぶりだと、すぐにOKが出ないのではと思っていたが、

『それが条件』だと言われたことで、

とりあえず訪問することの許可だけはもらうことが出来た。


「ここからは、私たちの仲介は出来ませんが」

「大丈夫です。あくまでも個人的に思うだけなので」


あずさはそういうと営業マンに頭を下げ、富田耕吉に会うため、電車に乗った。





その頃、岳は新しい分譲マンションの計画案が通り、

土地も無事購入できるという連絡をもらったため、

実際にスケジュールを決める会議を、開くところだった。


「相原さん」


岳が振り返ると、そこに立っていたのはまどかだった。

まどかは『お願いがあります』と言い、

この会議に出席することは出来ないかと、頼んできた。


「新企画の会議に、新人の君が出席する意味は」

「意味はあります」


まどかは、新人扱いのため所属物件が決まっていないけれど、

実際には仕事をしてきたので、もう少しレベルの高いものをやりたいとそう話す。


「大学を卒業して、何も知らないのなら、
半年は、みなさんの下働きで過ごすことも当然だと思いますが、
私は地方の会社とはいえ、経験もあります。ただ時間を過ごすのは、
自分がもったいないと……」


まどかは、もっと実践に近いところで学びたいと、岳に直訴する。

まどかの指導担当となっていた社員は、こんなことを岳が許すわけがないだろうと思い、

どこか他人事のように横で聞いていた。


「もったいない……か」

「はい」


岳は壁にかかる時計を見る。


「わかった……参加してみるといい」

「ありがとうございます」


岳の言葉に、先輩社員から思わず驚きの声があがる。


「うちのルールに、2年目の社員でなければ、会議で発言できないなどという、
コメントはなかった気がする。自信があるというのなら、出てもらえばいい」

「いや……あの……相原さん」


岳は送れないようにとまどかに告げると、そのまま席を離れた。

まどかは、歩いていく岳の後姿を見る。


『相原岳』


『BEANS』の創業者の孫であり、現社長の息子。

東京の私立の頂点、『桜北』と『慶西』、両方を卒業した頭脳の持ち主。

岳に対して、まどかにもそれくらいの知識はあった。

当たり前のように企業があり、当たり前のように用意されていた席。

ただそれに座っているだけなのか、実力があるのか、

まどかは自分自身でそれを知ってみたくなる。

何もかも恵まれている岳と違い、まどか自身は、地方の大学で学んでの就職だったので、

大好きな建設会社と関わるために、地元の工務店を選択するしかなかった。

大手の会社とのつながりもあるため、

それなりに自分も建設のいろはに参加できると思っていたのだが、

東京から来る命令を、ただ受け入れる下請企業のようなものというのが実態で、

まどかの出来たことは、人の計画をなぞるようなものばかりだった。

せっかくの知識も、アイデアも何もならないと気持ちを沈ませていたとき、

『BEANS』が社員を募集しているということを知り、絶対にと強い信念を持ち、

東京にやってきた。


「ねぇ、今日はどこにランチに行く?」


企画部の中にも、千晴のようにどこか仕事は二の次のような女子社員が数名いて、

腹の立つこともあったが、自分はあの人たちとは違うというプライドが、

まどかを支えている。


「よし……」


岳がマンションと『紅葉の家』と保育所などを絡めた計画を立て、

スタートを切ったことも十分調べた。まどかは、ここで実力を認めてもらおうと、

意見をまとめた書類を両手で持った。





【ももんたのひとりごと】

『バブル時代』

この『バブル』という時代を、それなりには知っています。
友人の話しですが、大学を卒業するときの就職活動。バブル期には、
企業から早々と内定をもらい、卒業するまで、何かとお金を出してもらったという人も
いたそうです。しかし、同じ大学を卒業したのに、浪人のため1年遅れると、
時代が『バブル』を終えていて、就職の企業ランクがドンドンと下がってしまいました。
1年なのにね……と、当時、驚かされたものでした。




【37-1】



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