37 痛みの深さ 【37-1】

「ごめんください」


あずさは富田家に到着し、耕吉のいる家を訪ねた。

声をかけたが、返事はなかなか戻らない。


「すみません……ごめんください、宮崎です」


二度目の声は、さらに大きくしてみた。

すると遅れて返事があり、パタパタと音をさせ一人の女性が姿を見せる。


「はい……」

「すみません、宮崎と申します。耕吉さんは……」

「今、義父は畑の方に」

「そうですか」


あずさは、あらためて自分が、

『フラワーハイツ』を借りようとした宮崎ですと名乗る。


「あぁ……はい。営業の方から連絡はありましたので、少々お待ちいただけますか」

「はい」


女性はどうぞと言った後、一度背を向けたが、すぐにまた振り返った。


「あの……」

「はい」

「友華が仲良くしていただいていると……」


女性は友華の母『富田玲子(れいこ)』で、

今回は、色々と迷惑をかけましたと頭をさげてくれた。

あずさは迷惑だなんてと手を振って否定する。


「友華も、あれから義父に、部屋を貸してあげて欲しいと話したようなのですが。
とにかく義父は頑固で」


玲子は居間に入ってくださいとあずさを通し、お茶を入れてくれた。

あずさは出された座布団に座り、縁側の向こうに続く景色を見る。

富田家が管理している駐車場があり、

さらに向こうに広夢が言っていたスーパーが見えた。

どこか雑然としていて、あずさが見ていた道路を挟んだ『フラワーハイツ』側の雰囲気と、

まるで違っている。あずさはお茶を何度か飲み、黙って耕吉の登場を待ち続けた。



あずさが富田家に到着してから1時間後、耕吉が畑から戻ってきた。

すぐに玲子が、あずさが来ていることを話す。

それからさらに30分後、やっと耕吉があずさの前に姿を見せた。


「わざわざここに来て。あんたも、面倒な人間だ」


そういうとドスンと音がするような態度で、目の前に座る。


「すみません」


あずさは一度頭を下げる。


「こんなふうに来てもらっても、あの部屋は貸すつもりはない」


耕吉は、同じようなものはどこにでもあると体を斜めに向けてしまう。


「面倒な人間で申し訳ありません。でも、誤解は解いておきたくて」

「……誤解?」

「はい。『BEANS』は……それほど嫌ですか?」


あずさは、耕吉にそう尋ねた。

耕吉は『名前を聞くだけでも嫌だ』と答えるだけになる。


「そうですか。でも、私は関係者ではありませんので、それだけは説明させてください。
私の曾祖母の玉子と、『BEANS』の会長になる相原庄吉さんと出会ったのは、
昭和16年でした。戦争があって互いに結ばれることはありませんでしたが、
東京が焼け野原になり、幼い娘を抱えた玉子と庄吉さんが偶然再会することになって、
それから長い間、手紙などで交流を続けてきたというのが真相です。
苦しい時代に、互いの言葉に励まされた二人の縁で、私自身も東京に出てくるとき、
相原家にお世話になりましたが、『関係者』というのは、違うかなと」


あずさは、そういうと耕吉を見た。


「あんたの親戚のことなどそんなことは……どうだっていい。
『BEANS』に関わりがあるというだけで、こっちには同じだ」


耕吉は、それでも話しを聞くと言ったのだから、

言いたいことがあるのなら全て話して、とっとと帰ってくれと言うと、

新聞に目を通し始める。


「会長の庄吉さんは、同じように戦争の傷から立ち上がろうとする人たちのために、
儲けなど度外視にしてビルを提供したり、地域の方に社員食堂を提供したり、
『BEANS』は、大きさに胡坐をかいているような企業ではありません。
毎日、一生懸命……」

「あんた、『BEANS』が嫌だと話しているのに、何を言っているんだ。
話したいことはそんなことばかりか」


耕吉はそういうと、あずさを睨みつける。


「嫌いだと言われたことはわかっています。
でも、先入観なしに話しを聞いてください。『BEANS』は……」

「うるさい!」


耕吉は、思わず目の前にあったテレビのリモコンをあずさに投げつけた。

咄嗟のことでよけ切れなかったあずさの目の上に、リモコンの角が強く当たる。

リモコンはあずさの膝の上に落ち、そのまま重みで床に向かう。


「何が先入観だ。被害があったから言っているんだ。
うちのばあさんは『BEANS』に騙された。無関係でも思い込みでもない。
大事にしていた土地を勝手に売られて、この悔しい景色を後悔したまま、
亡くなったんだぞ。適当なことを言うな、帰れ!」


耕吉はそういうと、小さな引き出しから古い手帳を取り出した。

そこには『BEANS』の営業担当者と書いてあり、

下には『猪熊鉄朗』の名前も記されている。


「とにかく部屋は貸さない。あんたも二度と顔を見せるな。
今度はこんなものじゃ済まないぞ」


耕吉はそのまま立ち上がり、居間を出て行ってしまう。

声と音に気付いた玲子が居間に入ってきた。

あずさのそばにあったリモコンに気付く。


「大丈夫ですか」

「はい」


あずさは自分が耕吉を怒らせてしまったと謝り、玲子に謝罪する。


「どこかに当たったのではないですか?」


玲子は何かがぶつかった音がしたけれどと、あずさの顔を見る。


「左目の上……少し赤いですけど」

「大丈夫です」


あずさは立ち上がると、突然お邪魔してすみませんでしたと謝った。

玲子は『いいえ』と首を振る。

あずさは結局、きっかけもつかめないまま富田家を出ることになった。



【37-2】



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