37 痛みの深さ 【37-3】

敦が仕事を終えて、久しぶりに涼子のブログをのぞくと、すでに削除されていた。

新しい企画の仕事が立て込んでいたこともあり、数日間開いていなかったが、

一度コメントへの返事はあったものの、それからのことは何も知らない。

季節は4月になり、伊豆にこもった生活も、そろそろ終わりになる予定で、

敦は、『豆風家』のスケジュール表を見ながら、『染物教室』の日程を探す。

1週間後の『青の家』。

敦は、予定通りの教室が開かれるのなら、涼子も顔を出すだろうかと考える。

偶然のふりをして顔を出そうかとも思うが、

コメントの返事もどちらかといえばそっけなかったことを思い出し、

あまり涼子には迷惑かもしれないと、敦は『青の家』のファイルを閉じた。





『猪熊鉄朗』



次の日、岳は新しい企画の資料を見ながら、

あずさに怪我を負わせた富田のことを考えていた。

猪熊の名前がメモに残っていたとはいえ、本人を知っている自分からすると、

地主を騙すような仕事をする人だとは、到底思えなかった。

庄吉がまだ社長を勤める頃から、真面目に営業一筋で勤務をし、

父、武彦の時代まで、長い間、しっかりと会社を支えて来てくれた。

新人の頃、『仕事とは』とレクチャーを受けた岳としては、

『信じたくない』と言った方が、正しいかもしれない。


「相原さん」


岳が顔をあげると、目の前に立っていたのはまどかだった。

持っていたデータや、分析した資料を岳の前に出す。


「昨日は会議に出席できて、本当によかったです。今までの『BEANS』が持つ、
都会的なハイセンスマンションとは違い、『豆風家』とのコラボという画期的な企画で、
自分なりに色々とアイデアをまとめてみました。目を通していただけませんか」


まどかは、今回は担当者というわけではないので、採用は無理だろうが、

何かアドバイスをいただけたらと、そう岳に話す。


「わかった。目を通しておくから、ここにおいてくれるかな」

「はい」


まどかは『よろしくお願いします』と頭を下げると、自分の席に戻った。

岳は渡されたものを引き出しに入れると、そのまま席を立つ。

ここであれこれ想像していても、真実がわかるわけではないので、

とにかく猪熊のところに行こうと、部屋を出た。



『営業部』

猪熊は、残り2ヶ月ほどで定年退職が決まっている。

そのため、特別な担当を持つことなく、平日はほぼ裏方に回っていた。

岳が部屋をのぞくと、奥に猪熊の姿が見える。

岳は中に入ると、『猪熊さん』と声をかけた。



「相原君から声をかけられるとは、私もまだまだ捨てたものじゃないな」

「何を言っているんですか。いつも指導していただいてきたはずです」


岳と猪熊は、『BEANS』を出て、

以前、あずさたちが『ザナーム』の花輪から面接を受けた喫茶店へ向かった。

社内で話しをしてもよかったが、込み入ったことがわかったときに、

他の人の目が気になるかもしれないと思い、あえて場所を選んだ。

猪熊は、『こういった場所』につれてこられた意味を考え、

定年前に解雇ですかと、ふざけてみせる。


「そんなつもりはありません。俺にそんな力はないですし」

「いえいえ、入社した頃に比べたら、あなたは成長していますよ」


猪熊は、注文したブレンドに口をつける。


「さて、話しを聞きましょう。
あなたが本当は、ここでのんびりお茶を飲んでいられないことくらい、
いくら私だってわかりますから」


猪熊は、岳の話しを聞きますよという態度を見せる。

岳は『それでは』と語りだした。


「猪熊さん。30年ほど前の話なのですが、
当時、土地を買収する仕事につかれていたことはありますか」


岳はそういうと、持ってきた地図を広げる。

現在、分譲マンションが建築中の『岸田』から、電車で3つずれた場所にあるのが、

富田耕吉が住む土地だった。


「俺の記憶だと、猪熊さんはマンションの営業一筋で、
土地の買収に関わっていたというイメージはないんです。ただ……」

「ただ、私のことを憎んでいる人がいる……とそういうことですか」


猪熊は、地図を見てすぐにわかったのか、ある場所に指を置いた。

岳は『その通りです』という意味を込めて、一度頷いていく。


「そうですか」


猪熊には『知らない』と言われるだろうと考えていた岳は、

この先、何を聞くことになるのかと前を見る。


「まぁ、恨まれて、当然でしょうね……」

「猪熊さん」

「あの頃は若かった。何でも出来ると思っていましたし、自分には実力があると、
勝手に信じていました。そう、何もかも、荒かったんです」


猪熊はそういうと、昔話を披露してくれた。





昨晩、赤みの強くなったあずさの目の上は、

朝起きると、なんとか化粧で誤魔化せるくらいにひいていたため、

あえて眼帯などせずに、仕事へ向かった。

パートたちはすでに昼休みとなっていて、

あずさは挨拶をしながら、ロッカーに荷物を置く。


「宮崎さん」


振り返ると立っていたのは友華だった。

あずさは『おはようございます』といつものように声を出す。


「昨日はごめんなさい。大丈夫ですか」


友華は母から昨日の様子を聞き、今日は心配していたと話した。

あずさは、たいしたことはないからと、友華の肩を叩く。


「おじいちゃんが怒って、リモコンを投げたらしいって」


友華は本当にごめんなさいと、あらためて頭を下げた。


「富田さんが謝ることではないし、本当に大丈夫だから……」


二人がそんな話しをしていると、友華の叔母、寿美枝が近付いてきた。

何やらあずさに対して、手招きをする。


「はい」

「ねぇ……あなた本当に『BEANS』の人間と知り合いなのね。
父は文句があると怒っていたみたいだけれど、そんなことどうだっていいわよ。
土地を買って欲しいの。そう……この間の彼に、伝えてくれない?」


寿美枝はそういうと、社長の息子なんでしょうとあずさを見る。


「あの……」

「寿美枝叔母さん。そんなこと」

「友華……あんたはそう言うでしょうよ。兄さんは身勝手にパイロットになって、
家の農家も継がないのに、お金だけはあれこれ工面してもらっていて。
あんたの治療代金だって、結構かかったのよ。今あるものを半分ずつなんて、
そもそもおかしいのよ」


寿美枝は、『フラワーハイツ』が建っている方の土地を、

数年後に売るという話をつけられないかと、さらにあずさに迫った。



【37-4】



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