38 男と女の事情 【38-3】

かおるに父親を頼れと言われた梨那は、

岳との別れ話から、『三国屋』に仕事に行くことを避け続けていた。

父親が家に戻ってくる時間には、部屋から出ないことにしていたため、

書斎のソファーに座り新聞を開いている文明を見たのは、2週間ぶりくらいになる。


「お父さん、話があるの」


文明は、新聞から視線を梨那に向ける。


「梨那……お前」

「お小言なら後からいくらでも聞きます。ただ、今は私の話を聞いて」


梨那は、自分が惨めだからと下を向く。


「惨めとはどういうことだ」


梨那は『言葉に出来ない』気持ちを、数回頷くことで、理解してもらおうとする。


「お父さんが力になれることなら、もちろん力になる。お前がそんなふうに、
崩れている方が見ていて辛いだろう」


文明は、とにかく話しなさいと声をかけた。

梨那は、文明の横に座り、思いがけないタイミングで、

岳から別れ話を切り出されたとそう話し出した。

文明は、順調に付き合いを続けていたのではないのかと、驚く顔をする。


「そう思っていたの。でも、違っていた」

「違う……」

「岳……好きな人が出来たって」


梨那は、止めてあった気持ちの堰が、一言で壊れていくのを感じていた。

そこからは、一気に不満があふれ出す。


「岳がいいと思うことを信じて、ずっと従ってきたのに。
あまりにも簡単に、別れてくれって……」


梨那は、岳との付き合いには色々とそれなりの山があったが、

今まではなんとか乗り越えてきたこと、自分なりに岳の思いを尊重し、

行動し続けてきたことを話していく。文明はしばらく話しを聞いていたが、

あまりにも娘が不憫だと言う気持ちが強くなり、だんだんと怒りが増していく。


「わかった……私が相原さんに話しをしよう」

「お父さん」

「娘の親として、きちんと言わせてもらう」


文明は、このままでは済まされないとそう言い出し、大きく息を吐いた。





あずさは、仕事を終えて『東青山』の駅で降りた。

いつもなら『相原家』がある方向に足を向けるのだが、今日は別方向へ進んでみる。

駅前には、どの場所にもあるように、不動産屋があったため、ふらりと立ち寄った。

そこは全国チェーンの店舗だけに、パソコンで色々な物件を見ることが出来た。

やはり東京なのか、神奈川なのかで家賃は違う。

杏奈のマンションからの通勤を考えると、それよりも遠い千葉や埼玉という選択肢は、

なかなか考えられなかった。

条件面の入力という欄があるので、『駅近』『オートロック』、

そして『マンション』など、岳が言ったようなことを入れてみる。

『検索』ボタンを押すと、いくつかの物件が並べられた。

しかし、『フラワーハイツ』に比べると、数万円金額が違う。

あずさのお給料は、『アカデミックスポーツ』時代から、とりたててあがったわけもなく、

やはり無理だと思いながら、条件を一つずつ外していった。



『フラワーハイツ』



すると、あずさの心情など理解していないコンピューターは、

最善の物件として、耕吉のアパートをあげてしまう。


「ダメなんだってば……」


あずさはそういうと、それ以外に出てきたいくつかの物件プリントをもらい、

相原家に戻った。





「飲食店の上は、まず音がうるさい。それに匂いもある。
特に深夜まで営業するような店だと、出入りする人間のタイプも問題だな」


岳はそういうと1枚目のプリントをテーブルに置く。


「これは……駅から10分は無理だ。どう歩いてもこの地点からだと15……いや、
女性なら20分かかるかもしれない」


あずさはまた、出したプリントが裏返しになるのを見る。

岳は、リビングのソファーでタブレットを取り出した。

あずさが駅前で検索しもらってきた物件のプリントは、

結局全て岳の御眼鏡にはかなわないものとなる。


「岳さん」

「ん?」


岳はタブレットで何やら呼び出し、指を動かしていく。

あずさは開いたページが、不動産関係の場所だとわかり、

おそらく岳なりのものを出してくるのだろうと考えた。


「そこは無理です」

「まだ、何も出していない」

「お金が足りません」

「それなら心配しなくていい」


岳は、心配しなくていい理由を言わないまま、指を動かし続ける。


「どうしても……ここを出て行きたいと言うのなら……」


岳は何かを確認すると、あずさにタブレットを渡した。

あずさはそれを見ると、すぐに首を振る。


「岳さん、私の言っている意味……」

「家賃が高いのはわかっている。だから、そこは俺がフォローする」

「そんなことはおかしいです」

「おかしいのか」

「おかしいです」


岳は、敦が住んでいる物件と、管理会社が同じだと言い、間取りを大きくし始めた。

確かにフローリングだし、オール電化で、もちろんオートロックもある。

駅からは近いが、決してゴミゴミした商店街の中ではない。


「お給料の3分の2の家賃に住むなんて、落ち着きません」

「この半額でいい。半額は俺が出す」

「岳さん、全然人の気持ちがわかってないじゃないですか」

「……ん?」

「私は……」


リビングで言いあいをしていると、向こうから東子が歩いてくるのが見えた。

あずさは聞かせてはいけない会話な気がして、プリントをまとめてしまう。


「どうして話し合いをやめちゃうの? 気にしなくていいのに」


東子はそういうと、キッチンに入り、

テストの前だからと、冷蔵庫からエナジードリンクを取り出した。


「大丈夫、大丈夫……私は勉強に忙しいの。お邪魔をしませんから」


東子はそういうと、二人に向かってニッコリを微笑み、また部屋へと戻っていった。



【38-4】



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