39 親心のベクトル 【39-2】

しばらくして浩美が部屋に戻ると、すでに岳はいなかった。

テーブルに残っているグラスを見る。


「あなた……岳は」

「もう部屋に戻ったよ.。悪かったな、外してもらって」

「いえ……」


浩美はグラスをお盆に乗せると、流しに入れる。

水を出すと、すぐに洗い、横に置いた。

武彦は、空いていた時間に関して、興味を持たないようにしている浩美を見る。


「浩美。何を話していたのか、気にはならないか?」


武彦の言葉に、浩美は『それは……』と言葉を濁す。

敦のことならともかく、岳のこととなれば、自分が口を挟むこと自体、

出すぎなのではないかと、浩美は考える。


「何も遠慮することなどない。お前は岳にとっても母親だ。
岳は、『三国屋』のお嬢さん、梨那さんとの交際を辞めた」


浩美は、一瞬驚いた後、『それでは……』と口にする。


「あぁ……あずささんと、付き合いを始めようとしているようだよ」

「あなたは……」


浩美は、そう言いかけた後、言葉を止める。


「あなたはそれでいいのかと、聞いているのか?」


武彦の問いかけに、浩美は黙ってしまう。


「私は岳にも敦にも、もちろん東子にも、自分で相手を探して欲しいと思っている。
会社がどうだとか、付き合いがあるからとか、そんなもので探すものではないと、
自分の経験からわかっているからね」


武彦の言葉に、浩美は思わず下を向く。


「君との出会いを考えてみても、
子供達に親の希望する未来を押しつけることではないことくらい、わかっているだろう」


浩美は、それでも岳は長男で、跡取りではないかと聞き返す。


「跡取りになるかどうかは、周りが決めてくれることだ。
私が『はい』と書類のようにサインをして渡すものではない。
『BEANS』は、そんなに小さな会社でないだろう」


武彦は、明日、梨那の父親と会う予定だと浩美に話す。


「同じ父親同士、本音で話をさせてもらうつもりだ」


浩美は、岳を精一杯守ろうとしている武彦を見ながら、

自分の敦に対する行動を振り返った。岳の『三国屋』に並べるようにと、

敦の気持ちを無視したまま、可能性をつぶしてしまった。

子供を思っていると言うのは建前で、武彦の決意を聞きながら、

本当は自分自身を守ろうとしていたのかもしれないと考える。


「東子も18になろうとしている。早いものだ……」


武彦はそういうと、かけていた眼鏡を外す。

浩美は、敦を抱えた自分が武彦と出会い、かけてくれた言葉と思いを信じ、

ここまで来たことも思い出す。


「ネクタイ、新しいものを出しておきますね」


浩美はそういうと、ウォークインクロゼットの中に入った。





そして次の日。武彦は車から降りると、そのまま文明と待ち合わせの店へと入った。

すぐに店の仲居が出てきて、中にいらっしゃいますと案内される。

高級料亭が話し合いの場に使われるのは、昔も今も変わらないが、

今日の武彦は、『商売』とは別の意味で、文明という『父親』と対面する。


「こちらです」


中庭にある獅子脅しが『コン』と音を立てる。

武彦は、仲居に頭を下げ中に入った。


「遅くなりました」

「いえ、こちらこそお忙しいところを申し訳ありません」


先に待っていた文明は、どうぞ中へと武彦に声をかけた。

武彦が入ったことを確認し、仲居は『ごゆっくり』と声をかけ、その場から離れていく。



料理がそれなりに運ばれた中で、二人の父親は向かい合った。

話のスタートは、ここのところ動き出した仕事の話や、

これからこんなふうに世の中が動くだろうという、『社長同士』の語り合いになる。

互いに、数多くの従業員を抱えているため、一瞬たりとも気が抜けないと、

そんな感想を漏らした。

互いに数回、お茶に手を伸ばし、その後話しが止まり、文明が顔をあげる。


「相原さん……」

「はい」

「今日は、一つ大事なお話がありまして、ここへお呼びしました」

「はい……」


武彦もしっかりと頷き、ここからは『親同士』の語り合いとなる。

文明は、一度座りなおすと、軽く息を吐く。


「うちには3人の娘がおります。すでに上2人は結婚し、それぞれ暮らしていまして、
まぁ、それなりに苦労もあるでしょうが、親としては役割は終えたと、
そう思っています」


文明の言葉に、武彦は小さく頷いた。

『三国屋』の経営に参加している長女とは、武彦も顔を合わせたことが数回あった。


「本人たちも学ぶ意欲の強い娘たちだったので、色々と仕事もさせました。
しかし、梨那は末娘ということもあり、今思うと甘やかしたなと。
他の娘と同じように『三国屋』に仕事の場を与えていますが、
まぁ、体調が悪いといえば休み、疲れたといえば早退するような、そんな状態でして」


文明は、厳しいことを言ってこられなかったことが、問題だったと話す。


「知り合いの紹介で、相原さんの息子さんと、お付き合いを始めたと聞いたときには、
梨那で大丈夫だろうかという思いもありました。
しかし、岳君の仕事への気持ちの持ち方に触れ、あの梨那も、
少しずつ責任感というものを学んでくれていたと、そう思います」


文明は、岳を申し分ない息子さんだと褒め、縁を持てたことが光栄だとそう話した。


「いえ……そんなふうに言われてしまうと、こちらも親としての不足部分を、
反省するだけです。私は逆に長男ということもあり、つい手元に置きました。
岳は『BEANS』しか知らない息子ですから」


武彦は、大学時代から会社の中に手伝いとして入れてしまったことが、

今思うと、悪かったのかもしれないと同じように反省を口にする。


「いいお付き合いをしていると、思っていたのですが。
梨那が突然、部屋に閉じこもりまして。10日くらい仕事も休み、
ほとんど部屋を出ませんでした。どうしたのかと聞き続け、口を開いたのが、
この間です」

「はい」

「岳君に、別れ話をされたと……」


文明は、ご存知ですかと武彦を見た。



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