39 親心のベクトル 【39-3】

「青木さんからのご連絡をいただき、岳に確認をしました」


武彦の言葉に、文明は本当なのかと何度か頷く。


「相原さん。娘は、このまま『結婚』相手として見てもらえていると、
信じていて……」


文明は、こんなふうに親が出てくるのはと思いながらも、

辛そうな梨那の表情に、いたたまれなかったと口にする。


「申し訳ありません……本当にその通りだと思います」


武彦は、文明に頭を下げた。


「相原さんに謝罪されても……」

「梨那さんに不満があるわけではないと思います。息子からもそういう話は、
何も聞いておりません。ただ……私としては、岳が一時の感情で別れ話をしたとは、
思っていません」

「相原さん……」

「青木さん、ここは『親同士』ということで、私にも話をさせていただきたい」


武彦の言葉に、文明も一度うなずき返す。


「岳には、今思うと、親という意味では何もしてやっていませんでした。
いえ、息子として見守ってきたという気持ちはもちろんあります。しかし、
あの子に関しては、いつもどこかで『大丈夫だろう』という、
親のエゴがあった気がします」


武彦は、幼い頃に母と妹を亡くし、新しい家族が出来上がっていく中でも、

自分を見失わずに前進している岳を見ながら、

いつの間にか『大丈夫』だと決め付けてきたと振り返る。


「仕事をさせても、それなりにそつなくこなしますし。
こちらが出して欲しいと願う結果は、常に先回りをして、乗り越えてくれました。
だからこのままと……どこか信じきっていて」


武彦は、敦や東子のことを気にしていた自分の行動を振り返った。

岳はいつもすぐ後ろに立ち、受け入れているだけだった。


「ところが先日、久しぶりに……いや、もしかしたら初めてかもしれないくらい、
嬉しそうな目を私に見せました。本当に、子供のようにまっすぐで、
感情が表に出ている目です」

「目……」

「はい。岳に頼みごとをされて、それを了承しているとき、
本当に嬉しいという顔をされたのです。私はこの子に、
今まで一度も何かを求められたことがなかったなと、そう思いました」


武彦は、岳が人生で初めて望んだものが、『その人』だったと文明に語る。


「その人……」

「はい。私の父と、彼女の曾祖母に縁がありまして……」


武彦は、あずさのことを軽く語る。


「梨那さんとも、無責任にお付き合いをしていたわけではないと思います。
実際、お付き合いしている話を、息子から聞いたこともありました。
まだ、仕事に自信もつかないのでと、将来的なことまでは言いませんでしたが、
遊びだと思っていたようなことはありません」


文明は、武彦の言葉を受け取りながら、

何度か顔を見たことがある岳のことを思い出す。

どちらかといえば、冷静さを全面に出すような男で、

笑ったり、怒ったりしているところを見たことがなかった。


「長い間、子供に何もしてやれなかった情けない親として、
岳のあの表情を見てしまったら、今の行動が間違っていると、私には言えないのです」


武彦は、お嬢さんに対しては本当に申し訳ないことをしましたと、改めて頭を下げる。


「相原さん……」

「私にも娘がおります。何年か付き合いを続けてこられたら、
将来を約束して欲しいと願うのも、当たり前だと思います」


武彦は、それでも出来ることはこれだと、そう無言で訴える。

文明は、頭を下げている武彦を見ていたが、顔をあげて欲しいと声をかけた。

武彦は、『すみません』と言いながら、姿勢を元に戻す。


「そうですか……そこまで思う方が……」


文明は、武彦と岳の話を聞きながら、『話を返す』ことは、無理だとそう考える。

これ以上、すがるような言葉を並べるのは、自分も梨那も惨めになってしまうと、

気持ちを振り切ろうと決める。


「私も……相原さんに強く言えるような親ではありません。
『三国屋』という看板があれば、あのような未熟者の娘でも、
選んでもらえるだろうと思い込んでいた……そんな愚かなところがありますから」

「青木さん」

「いやぁ……そうですか……しかし、残念です」


文明は、岳自身を本当に評価していたと、悔しさと口にする。


「ありがとうございます」

「いえ、本当のことですから……」


武彦はもう一度頭を下げると、親は難しいものですねと文明に話す。

文明はその通りですと、軽く笑った。





『相手の気持ちを思うこと』


岳は、今頃、武彦が梨那の父親と会っているだろうかと考えた。

梨那のことを東子に置き換え、父親として複雑な思いを抱えたまま、

今、武彦が自分のために動いてくれていることに、ただ感謝をする。

岳は、設計図の細かい部分に入れた赤ペンのふたをつけ、用紙をテーブルに置いた。

文字の細かさに、軽く首を左右に動かしてみる。

岳の前には、雑誌を読むあずさがいた。

左右のページを見比べているのか、首が少しずつ左右に揺れる。


「なぁ……」

「はい」


あずさの視線が、雑誌から岳へ移る。


「悪いけれど……」

「肩もみですか」


あずさは当然のようにそう言った。


「うん……」


岳は、自分の気持ちが当たり前のように通じていることが嬉しくなる。

あずさは『いいですよ』と言いながら、読みかけの雑誌を横に置き、

後ろに回ると、岳の肩に両手を乗せる。

ゆっくりと、それでいて岳の肩の大きさや形を覚えているような動きに、

ほんの数秒で、力が抜けていく気がした。

岳の頭が、少しだけ下を向く。

あずさは、その背中を見ながら、仕事としてやっていた頃とは違い、

互いに気持ちまで寄り添いだしたことを、感じ取る。


「なぁ……」

「はい」

「今度、休みを合わせてどこかに行かないか」


岳の言葉に、あずさは驚いたものの、そうしたいという気持ちが、

『はい』という言葉に乗って、運ばれていく。

その間も、同じようなリズムで、あずさの指は岳の肩をほぐしていく。


「うん……」


岳は希望を受け入れてもらえた嬉しさに表情が和らぎ、あずさは照れを隠すために、

普段よりも長い時間、『肩もみ』に取り組んだ。



【39-4】



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