恋の処方箋

恋の処方箋

「北城さん」


私が名前を呼ぶと、一人の男性が読みかけの本を閉じ、カウンターへ向かってきた。

身長は180くらいかな。体格はがっちりとした、スポーツマンタイプ……かも。


「トローチ、1週間分です。飲み方は……」


一応そう説明しようとしたけど、この人にはいらないだろうな。

だって、このトローチだけで、すでに何度渡したことか。


「あ、いいです、わかります」


そうですよね、そうですよ。私は袋に薬を入れ、彼に手渡した。

ピッタリの料金を受け取り、最後の言葉。


「お大事に」


また、来週。お目にかかりましょう!





「ねぇ、夏目さん、もう1ヶ月ですよ、1ヶ月。なんであんなにトローチなんだろう。
のど飴だってコンビニとかに売ってるし、なにか特別に欲しい理由でもあるのかなぁ」


私は、客のいなくなったカウンターから奧へ入り、同じ薬剤師で少し先輩の、

夏目さんに問いかけてみた。

ちょっと素敵な彼。

保険証の番号を確認すると、職業は公務員さんだってことくらいはわかるのだが。

なんせ、ここ1ヶ月、毎週トローチを取りに来ているんだもの。


「うーん……」


夏目さんはカルテを見ながら手を顎にあて、考える。


「公務員かぁ。じゃぁ、趣味でバンドでもしてるんじゃないの?」

「エ? バンド? そ、そうかなぁ」


エ、あの優しい表情から、ちょっとイメージ違うんだけど。


「公務員ってさ、土日がしっかり休みでしょ? だから、趣味に力を入れる人が多いんだよ。
私の友達の旦那さんも、ボウリングが好きで……」

「趣味ですか」


言っていることはわかるのだが、どうも、納得がいかない私。


「何考えてるのよ、瞳ちゃん。絶対に、バンドよ、ロック! 決まってるじゃない!」

「どうしてロックなんですか?」

「シャウトするのよ、シャウト!」


夏目さんは自信満々にそう言ったけど、『シャウト』の意味、知ってます?


「そうですかねぇ。あの雰囲気ですよ」

「どうして? わからないわよ。仕事の時はあんな真面目な感じでも。弾ける時は、
バッチリメイクして、ギター持って、ベイベーってね」


……夏目さん、いくつだっけ? まだ30ちょっとって言いませんでした?


やだ、やだ、絶対に嫌! あんな優しそうな顔しているのに、歌舞伎みたいなメイクして、

鼻にピアスとかして、歌ってるなんて!


「違いますよ、絶対に!」


つい、力が入る私。薬棚を意味なく整理しながら、なんとか気持ちを落ち着かせなくちゃ。

あぁ、頭から去れ、変な妄想。


でもな、そうなのかもしれない。だって、他にノドを使う職業なんて、考えられないもん。

声張りあげて、歌っているとしか……。





それから1週間、北城さんはまた、薬局に来てくれた。

いつものように本を開き、読み始める。私は出された処方箋を確認し、奧へ渡す。


夏目さん、なんだかニッコリと笑ってるんだけど。

指で処方箋を弾くと、自信満々な顔で、こっちを見た。

なんだろう、何かわかったんだろうか。


「北城さん」

「はい……」


私は彼の目の前に袋を出し、内容の確認をする。ふーん……今日は『湿布薬』なんだ。


「どこか打ち身ですか?」


あ、つい、余計な言葉が口から出てしまった。

なんとかヘビーメタルのイメージから、脱却させないとと思うあまり……


「あぁ……手首をちょっと」


彼は照れくさそうに笑い、袋を持って店を出ようとした。

嫌だったかな、理由なんて聞いたら。

扉に手をかけた彼が、そこで動きを止める。ん? 私、釣り銭、間違えましたか?


「あの……」

「はい」


北城さん、表情が……そう、なにもかも止まっちゃってますよ。そっちの番じゃないですか、

お話するのは……。




長い沈黙。なんだか息をするのも申し訳ない気がするけど……。


「あの、この湿布薬、一日何回貼り替えたらいいですか?」


突然出てきた質問に、私は慌てて、カルテを確認する。この湿布薬なら……。


「あ、えっと、1日2回までは大丈夫です。でも、すぐに貼り替えないで、
少し肌を休めてください。炎症を起こすと困るので」

「……あ、はい、ありがとうございました」

「お大事に」


なんだ、これだけ時間を使っておいて、結局、いつものセリフをお返しするだけになってしまった。





「ほら、ほら、やっぱり歌手なのよ。しかも、ロック、うん、ヘビーメタル!」


夏目さんが嬉しそうに語っている。私はピンとひらめいて言い返した。


「でもね、夏目さん。手首って言ってたでしょ。もしかしたら何かスポーツとか……」

「ノドと手首だよ。違うよ、ボーカルも担当して、楽器はドラム! ほら、つじつまがあった!」


合ってしまった。どう考えても、夏目さんの意見の方が、説得力がある。

私のため息を聞いた夏目さんに、おでこを一度軽く叩かれた。


「ねぇ、瞳ちゃん。もしかして、彼にドキドキしちゃってたわけ?」

「エ……」


……してました。あ、いや、でも……。


「ふーん、ヘビメタの彼にほの字なんだ」


そう言って、笑い出す夏目さん。もう! ヘビメタだって、決定してないでしょ!

私はカウンターに戻り、外を見た。


でも、本当に……彼って、どんな人なんだろう。





こんなに心配して、こんなに考えたのに、その答えは意外に簡単に明らかになった。

日曜日、私は自転車を走らせ、駅に向かう。

4月になり、川沿いの桜が綺麗だからと、いつもと違うサイクリングロードを走る。


桜っていいね。なんだかほっとする……。


「おい、しっかり声出せ!」

「オーッ!」


河原のグラウンドでは、真っ白い野球着を着た子供達が、ボールを追い掛けていた。

あはは……、転んだ。自転車を止めて、しばし見学。


「あ! 悪い……」

「北城コーチ! ちゃんと打ってよ!」


北城? エ、もしかして。私は少し河原の方へ移動する。

あぁ、右打席じゃ、背中しか見えないし、……あ、こっち向いたけど、野球帽が邪魔だって!


「あ……」


打ち上げたボールは空高く上がり、子供が3人ぶつかってこけた。


「どうした! 大丈夫か!」


駆け寄った彼は子供達に声をかけている。私の足は知らない間に、少しずつ前進を繰り返し……。


「あ!」


彼だ。トローチの彼。よかった、歌舞伎メイクから脱却!


「突き指? んなもの……」


あれ? 彼の顔がすごく大きく見える。どうしてだろう。

それに目の前に緑の線。これって何?

ギャア! フェンスぎりぎりまで来ちゃってるじゃないの、私。


「こんにちは……」


「あ……こ、こんにちは」





「あはは……」


その出来事を、次の日夏目さんに報告をした。思い切り笑われた。

でも、そこまで笑うことないじゃないですか。私だって、失敗したくてしたんじゃないですよ。


「いいじゃない。この際、野球に興味があるふりして、ガンガン近づけば。
全く、チャンスにどうして戻って来ちゃったかなぁ」

「恥ずかしかったんです。フェンスに貼り付くようになってたんですよ、私」


北城達哉さんは、少年野球のコーチをしている普通の公務員さんだった。

トローチは土日の練習と試合で、声を出しすぎるからで、湿布はノックのし過ぎだったのだ。

よかった……ほっとした。わが家は昔から大の野球好き。それなら全然OKだ。

歌舞伎メイクのヘビメタロックじゃ、両親も驚いて腰抜かすけど、野球好きの公務員さんなら……。


……って、何が? エ、私、何考えてるの?

でも、『また、見に行ってもいいですか?』これくらいはいいよね、会話しても。





しかし……。人生って言うのは、思うようにはいかない。

あれから2週間、彼はここへ顔を見せなくなった。

いや、薬局なのだから、見せなくていいのだろうけど、

もしかして、私が顔を出したことで、嫌になってしまったんだろうか。


ガラガラ……と扉が開く度、期待をしながら顔をあげる。でも、彼は来なかった。


恋のきっかけは自ら動かねば! 雨の日曜日、誰もいないグラウンドを見に行く私。

そうだよね、こんな天候じゃ、野球なんて中止に決まってる。


それでも……もしかして……でも……。

そこから離れがたくて、ついつい、長引いた。





「ハックシュン!」


そんな私は、立派にカゼをひいた。その日の勤務をなんとかこなし、夕方医者へ向かう。

診察券を出して、椅子に座ろうとしたら、診察室の扉が思い切り開き……。


「このヤブ医者! 薬くらい出したっていいじゃないか!」


その声に顔を上げると、そこには北城さんがいた。病院だっていうのに、なんと元気な声。


「達哉、お前いいかげんにしろよ! 何度来たって、薬は出せない」

「……もう、頼まないよ!」


中から顔を見せた中年の医者は、彼の目の前で思い切り診察室の扉を閉めた。

その様子に呆気にとられた私の目と、怒りに振り向いた彼の目が、ピッタリと出会う。


「あ……」


久し振りの再会は、また会釈だけで終わってしまった。





話しかけるタイミングはいくつかあったのに、つい、先延ばしにしていたせいで、

すっかりズレてしまった私の恋。


もう、彼が来なくなって、1ヶ月が経とうとする。

このままじゃ、よく来るリストから外して、別の棚にカルテを入れないといけないのに。


夕方6時を知らせる鳩時計が、『ポッポ』と鳴き、私はふと顔をあげた。


店の前で、行ったり来たりを繰り返している北城さん発見。

私はすぐにカウンターから飛び出し、なぜか……。


「どうぞ!」


ちょ、ちょっと、私。薬局で呼び込みしてどうするんだって。

彼は驚いたようだったけど、ちゃんと中に入ってくれた。


「あの、処方箋を……」


私がそう問いかけると、彼は少し考えている。処方箋ですよ、処方箋。

その手に持った紙を、私に下さい!


手渡された処方箋は、いつもより小さく色は水色。

そうか、この間、『ヤブ』って叫んじゃったもんね。

どこか新しい病院のものなんだろうか。そんなことを考えながら、中身を確認した。


「……」

「……お願いします」


北城さんはそういうと、いつもの席に座ってしまった。

私はその紙を持ったまま、奧へ入り、どう薬を調合しようか、真剣に考える。


「瞳ちゃん……ほら」


同僚の夏目さんが右手を出してくれたけど、ごめんなさい、これは、渡せない。

まさか、彼のアドレスと携帯番号が書いてあるなんて、思ってもみなかったんだもの。

それに……。



『あなたがずっと好きでした』



そんな決めゼリフまでしっかりと書かれていた。

どうしよう、ドキドキして、間違えそうです。


目の前にあったメモ紙を一枚はがし、それに自分のアドレスと携帯の番号を書き写す。

手を伸ばし、軟膏を入れるプラスチックの薬ケースに、四つ折りにしたその紙を入れた。


……うふふ、なかなかいいセンスかも。薬袋に名前を記入することも、忘れずに!


「北城さん……」


彼は立ち上がり、心配そうに近づいてきた。

営業用じゃない、特別なスマイルで彼を迎え、薬袋を差し出す私。


そんなものが出てくるとは思っていなかったのか、驚き顔の北城さん。

あれ? 私のセンス、通用してませんか?


「よく効くと思いますよ、この薬」


もう一度、念押しスマイルであなたを見る。

その表情から『薬』を感じ取った北城さんは、嬉しそうに少しだけ微笑んだ。


「えっと、お代は、これでいいですか?」


そう言うと、北城さんは、ポケットから1枚のチケットを取り出した。

ちょっとしわがよっているのが気になるからか、両手で一生懸命伸ばしている。


あぁ、そんなに引っ張ったら切れちゃうかもしれないですよぉ!

早く、破れる前にこっちへおいで……!


その念力に引き寄せられ、彼の手から渡されたのは、映画のチケットだった。


「ダメですか?」

「いえ、確かにいただきました」


嬉しい……値段1800円! いや、あなたにはそれ以上の価値があるのよ、チケットさん。

ようこそ私の手元へいらっしゃいました。全力でお迎えいたします!


彼は袋を受け取り、私はチケットを受け取った。


「家に戻ったら、早速……試します」

「……はい、お待ちしています!」


……ん? まずった。返事が違うじゃないの!


「……クッ……」





ほら、笑われた。


彼は軽く頭を下げ、店を出ようと扉に手をかける。

そして、何かを思いついたのか、振り返った。


「あの……、この薬は、いつまで効力がありますか?」


効力? ようは有効期限? うーん。こんな時、どう返事をするのがいいんだろう。

何かを期待している彼の顔が、目の前で楽しそうにこっちを見ている。


「とりあえず、1枚の処方箋では薬は3ヶ月分しか出せませんが、
またあらためていただければ……」

「……」

「どこまでも続くと思います!」


……あれ? また、間違えた? どこまでも続くって、線路じゃないのに!


そんな私に、とびきりの笑顔の彼。私たちの『恋』は、これからやっと出発しそうです。






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コメント

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うゎぁああ♪

なんかくすぐったいです~!!あーん!可愛い!可愛いじゃないですかトローチ君。
にしても、なんでヤブ医者って叫んだんだろう・・・?(?-?
なにがあったのかしらん?
主人公も想像力が豊かで面白い!
結婚まで考えているのが可愛い♪

医者は?

フフフ・・可愛い奴じゃないですか。瞳ちゃんに会いたいばっかりに仮病?

このお医者様はお父様?叔父様?はたまた学校の先輩?

兎に角『ヤブ!』と言い切ってしまえるほどの仲ってことですよね。

クスリの効果絶大だ!

いいね~♪

あぁ~^^いいね♪ こんな恋のはじまり(〃▽〃)
やっぱり短編の醍醐味は、出逢いのディテールだよね♪

主人公も北城くんも、可愛くて好感度、ハナマル~~☆

>「家に戻ったら、早速……試します」
うふふ^^二人とも乗りが良くて、テンポの相性もバッチリそうだね^m^

また、次なる短編も楽しみにしています♪

コメディーOK?

ヒカルさん、こんばんは!


>なんかくすぐったいです~!!あーん!可愛い!可愛いじゃないですかトローチ君。

あれ? ヒカルさんは【again】にどっぷりつかってくれていたから、
どちらかというと、シリアス系なんだと思ってました。

ほら、『君に愛を……』も読んでくれたって。

そうか、コメディー系もOKなんだね。
もっと、コメディーもあるんだけど、まだ、出てこないのさ(笑)


>なんでヤブ医者って叫んだんだろう・・・?(?-?

トローチ君は、瞳ちゃんに会いたいがために、何でもいいから薬を出して欲しかったのよ。
それを断られたから、『ヤブ!』と言ってしまったんです。

あはは……困った男だ。




ヤブは誰?

yonyonさん、こっちにもこんばんは!


>このお医者様はお父様?叔父様?はたまた学校の先輩?
 兎に角『ヤブ!』と言い切ってしまえるほどの仲ってことですよね。

具体的に書いてはいないけれど、まぁ、状況的に見て、叔父さんくらいのところでしょう。
先輩に『ヤブ』はまずいよね。

薬のケースにお返事を入れるところなんか、私も結構気に入っております。

つかみはOK?

eikoちゃん、こんばんは!


>やっぱり短編の醍醐味は、出逢いのディテールだよね♪

どうですか? 出会い。
創作を読み続けられるかどうかは、出会いがポイントらしいです。
つかみ……って、重要ですよね。

もう1年前に書いたものですが、ちょっとコメディータッチで、気に入っています。
また、短編も書けたら、書きたいと思っているんですけど……

ちょっとすぐは無理かな。

ちょっぴりの幸せ

yokanさん、こんばんは!


>ほんわか、心が温かくなるエンディング。こういう終わり方、好きだわ~^^v

うわぁ~い、ありがとうございます。
これからスタートする二人の『恋』です。


>読んでいるあいだ幸せを感じてました^^

いえいえ、私の方こそ、このコメントに幸せを感じております。

一服の清涼剤♪

シャイな北城さん・・・
トローチだけが目当てじゃなかったのね!

爽やかカップルになりそう・・・
じゃなくて、なると思う!

夏目さんの妄想も楽しいし、それに反応する
瞳さんも可愛いなぁ~。

私にも鬱陶しい梅雨の一服の清涼剤に
なりました。

ももんたさん! 又、お願いね♪


梅雨ですね

hachioujiさん、こんにちは!
お返事、遅くなってすみません。


>夏目さんの妄想も楽しいし、それに反応する
 瞳さんも可愛いなぁ~。

ちょっとコメディータッチのお話ですが、
職場の先輩と後輩なので、軽い会話にしてあります。


>私にも鬱陶しい梅雨の一服の清涼剤に
 なりました。

ありがとうございます。
ただいま『アンケート中』ですが、そちらの方も、
また、作っていきますからね。

にま~♪

かわいい~~♪
6月のお話だったんですね。
はじめて知りました。
北村さんのファンになりました~

さあ、次行ってみよう!

あ、ももんたさん、お返事はいいですよ。

お返事、書きたいの!

れいもんさん、お返事書かせて!!(笑)

これは、以前サークルのオフ会で、小冊子を作ることになった時に、
出した作品です。
短編を書くときは、どうもこういったリズムのある作品の方が、書きやすいようで……。

気に入ってもらえたら、嬉しいです。

嬉しいです

拍手コメントさん、こんばんは

この作品は、あるサークルに参加していて、その集まりのとき、
お土産用に書いてくださいと言われて、書いた短編です。

>ももんたさんには、珍しい?女性目線の書き方が 好印象です♪

あ、そうか。拍手コメントさんが読んでくれているのが、
2つとも『男目線』ですからね。
えっと……女性の目線のものもありますよ。

色々あるので、探して見てください。
また、お時間があるときに、お付き合いくださいね。