39 親心のベクトル 【39-5】

まどかは、自分の腕がしっかりと岳に効果を出せたのだろうと、

満足げにまた仕事の位置に戻る。


「朝原さんは、ご両親とかにいつも肩もみをしているの?」

「いえ、父と母とは私が中学生の時、離婚をしていますので。
父の肩を揉んだ記憶はありません。それに今も、母とは離れていますし」

「そう……」


岳は現場の担当者が見えたので、立ち上がると『ごくろうさまです』と声をかけた。





耕吉とぶつかった友華の休みは、4日目を迎えていた。

あずさは、体調を崩しているのだろうと思い、メールだけでも送っておこうと考える。


「おはようございます」

「あ……おはようございます」


話しかけてきたのは、友華の叔母になる寿美枝だった。

あずさは、友華はまだ具合が悪いのかと聞き返す。


「具合? まぁ、そうね。なんだか子供みたいに怒って、ふてくされているのでしょう。
孫が一人で父にかわいがられてきたから、わがままなのよ」


そういうと、あずさの前を通り過ぎたが、『そうだ』と声に出し、その場に止まる。


「あの部屋……決まっちゃったの」


あの部屋とは、『フラワーハイツ』のことだろうと、あずさは思う。


「そうですか」

「メガネをかけた、さえないサラリーマンみたいよ。
あなたの方が絶対に条件いいのにね」


寿美枝はそういうと、あずさにもっといい場所を借りたらいいのよと話し、

自分の席に向かう。

わかっていたものの、『決まってしまった』と思うと、やはり力が抜ける。

あずさは寿美枝に背を向けた状態で、『ふぅ』と息を吐いた。


『フラワーハイツ』。

友華の祖母の名前『花』からつけた、アパートだった。

静かな環境で、そばにはスーパーもあり、駅からもそれほどの距離ではない。

自分にとって好条件だと思っていた物件は、他の人にも当たり前だが好条件で、

他に借りたいという人がいたことにも、納得はいく。

あずさは友華宛てのメールを送ると、担当のいない場所に座り、

9時の通話開始を確認した。



その頃、友華は部屋を出ると、ひとり台所に立った。

本当に具合が悪いというわけではないため、それなりにお腹も空いてくる。

父親の洋平は、また次のフライトに向け出発していて、

母の玲子は、久しぶりに友人と出かけている。

ガタンと音がしたので振り返ると、そこに立っていたのは耕吉だった。

友華は顔を合わせないようにしようと、横を通り過ぎる。


「それだけ元気なのなら、仕事にいかないのか」


友華はその一言に、立ち止まる。


「元気に見えているだけです。おじいちゃんに言われたくない」


友華はお昼なら、お母さんが用意しているでしょうと言い、背を向ける。

パタンと音がしたので振り返ると、耕吉は昼を食べることなく、また外に出て行った。

自分だけしかいない家。

何もしなければ音もしないし、汚れもしない。

友華にも、自分がしていることの無意味さはよくわかっていた。

耕吉があずさを認めなかったことが、一番不機嫌な原因であることは間違いないが、

揉め事には一切無関係を装う父や、お金のことしか言わない叔母。

そして嫁だからと自分の主張をしない母、さらに病気がちで一人立ち出来ない自分、

今回の問題で、今まで富田家にあった全ての問題が吹き上がり、

友華は、そのあちこちから聞こえてくる不協和音に、正直、苛立っていた。

携帯を開き、あずさからのメールを確認する。


『富田さん、具合はどうですか。無理はしないほうがいいけれど、
お昼休みがちょっとつまらないです』


友華は、あずさからの優しいメッセージに、自分を待ってくれていることがわかり、

少しだけ笑みを浮かべた。するとインターフォンが鳴る。


「はい……」


友華が扉の向こうを確認すると、スーツ姿の男性が立っていた。


「あの……」

「突然、申し訳ありません。『BEANS』営業部 猪熊鉄朗と申します」


富田家を訪ねてきたのは、30数年前の出来事をもう一度振り返ると決めた猪熊だった。

友華は、扉を開き、祖父が畑に出ていることを告げる。


「そうですか」

「今、呼んできます」

「いえ……私がそこまで向かいますので」


猪熊はこの先にある場所ですかと、友華に確認する。


「猪熊さん。無駄になるかもしれませんから、ここで待ってください」


友華は、祖父の性格からすると、素直にすぐ会うとは思えないと口にする。


「私が富田さんに会いに来た理由を、ご存知ですか」

「……はい。つい先日、
職場の友人が向こうのアパートの借主になるはずだったのですが、
『BEANS』の相原さんと縁があるということで、祖父が断ってしまって……」


友華は、わけのわからない頑固な祖父ですみませんと頭を下げる。


「いえ、謝ったりしないでください。私に落ち度があったのは間違いないです」

「でも……」

「大丈夫ですよ。断られることも承知のうえです。
この長い時間をたった1日で解消しようとは思っていませんので」


猪熊は、今日はあくまでも挨拶だと笑ってみせる。


「挨拶……」

「はい。実は、あと1ヶ月と少しで、私は定年を迎えます。
ですので、今までこなしていた業務からは、ほぼ引いている状態です」


猪熊は、若い頃のように、あっちもこっちもという仕事状態ではないと説明する。


「私の最後の『BEANS』生活を、富田さんとの時間に、使いたいと思いまして」


猪熊はそういうと、友華に頭を下げて歩き出そうとする。


「どうしてですか。宮崎さんから聞いたお話だと、
猪熊さんだけが悪いわけではないと思います。むしろ、逆恨みというか、
巻き込まれてしまったと……」


友華は、そういうと玄関から出て、猪熊の前に立つ。


「いきさつなど、ここまで来るとどうでもいいのです」

「どうでもいい?」

「はい。私のこんな最後の力でも、未来を託す『あの人』の役に立てるのならと……」

「あの人……」


友華はそれは誰のことなのかと、猪熊に聞き返した。





【ももんたのひとりごと】

『父親』

母がいれば、もちろん父親もいます。今回も、武彦や文明、そして逸美の父など、
色々な父親が登場しています。さらに庄吉自身も、武彦の父になります。
子供に力を見せつける父親もいますが、子供に寄り添おうとするそんな父親像。
今までの創作にはなかったタイプが、このお話にはあるのかなと考えたりもして。
強いより、広い……そんな父親を描いてみたいなと思いました。




【40-1】



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