40 理想の仕事 【40-2】

「ただ、俺は『Sビル』の立ち退きを考えている中で、気付かされたことがあって。
それは、会長が『BEANS』を育ててきた歴史ということになるけれど……」


岳は、この食堂を近所の人たちにも解放しているのも、理由は一緒だと説明する。


「自分たちが有利に、いいように進めていくだけでは必ず限界が来る。
周りからも指示されて、企業として持ち上げてもらえるようにならないと、
先は細くなる一方だ」


岳はテーブルに座るように、まどかに椅子を示す。

まどかは『はい』と返事をし、向かい合うように座った。

岳は、まどかの出した企画の紙を、1枚めくる。


「計画としては非常に素晴らしと思う。左右対称のものを作っているだけでは、
確かにデザインとしては物足りないだろう」

「はい、そう思います」


まどかは『BEANS』はそれだけの企業になったのだからと、発言する。


「でも、この計画を通すためには、『豆風家』の向きは少し東よりになるし、
保育園の予定地も、今より狭くなる可能性が高いよね」


岳の言葉に、まどかは黙ったままになる。

『BEANS』の分譲マンションが、一番いい条件を取るためには、

他の2つの施設に、当たり前のように折れてもらう企画になっていた。


「朝原さん、埼玉の現場に行ったことはありますか」

「……いえ」

「そうだな、場所も遠いし」

「でも、PCの地図で確認しました。だいたいどんなものがあるのか、
どういった生活層の人たちがいるのかって」


まどかは、身勝手に組んだわけではないと主張する。


「都心のマンションなら、俺もこれを主張すると思う。
客は他のマンションも見比べて、価格も並べて、
さらに自分だけのものを求めてくるだろうから」


岳は、少し歩けば別の会社のマンションに当たるような都心の場所なら、

デザインにこだわることも悪くないと話す。


「でも、ここはうちにとっては初めての土地になる。周りを見ると、
もちろん分譲がないわけではない。でも、個性的なものをいきなり出してしまうと、
拒絶反応をくらうこともある」


都心に出て行ける場所ではあるが、

そこを売りにしているわけではないからと、岳はまどかの提出した紙をめくる。


「マンションがあり、『紅葉の家』があり、さらに保育園がある。
そんな複合施設だというところが、今回のポイントだ。今、相手が何を望むのか、
それを考えないと……」


岳はそんな話をしながら、自分の左肩に、右手を乗せた。

岳は手のひらから伝わる体温を感じ、乗せた手を下ろす。


「朝原さんが言っていたように、肩もみの理論は当然あると思う。
人の骨組みも勉強した君のやり方が、本当は優れているのかもしれない。
でも……正直物足りない感じがした」

「物足りない……どこがですか」


まどかは、不満そうに聞き返す。


「なんだろう、それを探るのが相手を知るということだと、俺は思うけれど」



『相手を知ること』



岳の言葉に、まどかは黙ってしまう。


「という俺自身も、形にならないものはまるで信じない性格だったから、
偉そうには言えないかもしれない。ただ、実力はあっても、
今の君を、チームに入れてしまうのは、チーフとしてやはり早いと言わざるを得ないな」


岳はそういうと、先輩のフォローをしている時間は、決して無駄にはならないと話す。


「下からどんどん刺激を与えてやってくれたらいい。
朝原さんの言うとおり、出来ていないやつが多いのも事実だ」


岳は、そういうとまた『Sビル』を見る。

誰もいないあの場所に、また賑やかな声が戻るのはいつだろうかと、ふと考えた。





5月の終わり。

岳は『桜北大学』の同級生である『菊池武雄』の結婚式二次会に出かけるため、

悟と会場になっている店に向かった。

以前から本人と付き合いのある店らしく、

貸切状態がわかるような店の、特別な飾りつけも出来ていた。


「今日の俺は、名刺をばら撒くよ」

「そんなことをしなくても、お前の店くらい、みんな知っているだろう」

「いやいや、店ではなくて、職人としての俺でしょう」


悟はそういうと、店の扉を開けた。

中にはすでに数人の招待客がいて、二人の顔を見つけると、懐かしいと寄って来る。

新郎新婦、どちらも同級生だったため、会場内は『同窓会』とも言える雰囲気だった。

中には、すでに名前を変えた友人もいる。

披露宴を終えた新郎新婦が登場したのは、それから15分後で、

会場内は立食だったため、招待客はあちこちで会話をしながら、

流れてきた時を懐かしんでいた。

そんな岳の視線に、逸美の姿が入ってくる。

逸美の視線も自分の方を向いたことがわかったが、すぐにそらされた気がしてしまう。



『女を不幸にする男』



一時は、人生で一番大切な人だと思ったこともあったが、

掛け違えたボタンから、感情は正反対の方向に流れていき、

恋の思い出は最低の言葉を浴びせ、終わっていた。

あずさを無意識だとはいえ階段から突き落とし、知らない顔をしたことに腹を立てたが、

岳は今、逸美の気持ちを聞くことなく、責め立てた自分自身を振り返ると、

その幅のなさに、あずさに部屋を貸さないと強引な意見を言った

耕吉のことを考えてしまう。



『相手の気持ちを思うこと』



悟に言われたからというより、岳の足が自然と逸美のいる場所へと向かった。

逸美は少し戸惑った表情を見せたが、穏やかな笑顔を見せてくれる。


「久しぶり」

「うん……」


挨拶だけで、会話が途切れてしまった。

岳は、悟から『婚約破棄』の話しも聞いていたが、

自分から聞く話題ではない気がしてしまう。それでも黙っていては意味がないと、

別の話を振ることにする。


「展示会、欠席で申し訳なかった」

「そんなこと……気にすることではないわ」


逸美は、愁矢が『エントリアビール』の新商品披露の会に岳が来たことに気をつかって、

勝手に送ってしまったと謝罪する。


「いや、それはいいんだ」


岳は色々と気持ちに余裕がなかったと、逸美に話す。


「気持ちに余裕がないのは私。あなたに色々と言って、振り回して、
愁矢さんの気持ちにも真剣に向かい合い切れていなくて……」


逸美は、自分から別れを告げたのに、そこから一人で取り乱していたと岳に話す。


「人として間違ったことをしても、素直に謝れなかった私だから……
愁矢さんにも見限られてしまったわ」


逸美は、『パワフリズムストーン』など、自分のしてきた行動を頭の中で振り返る。


「書道の時には、集中して取り組めるのに。人としては全然未熟」


逸美はそういうと、下を向く。


「いや……未熟なのは俺も同じだから」

「岳が未熟? ウソ、そんなこと思う人じゃないでしょう」


逸美は、何が起ころうとも動じることなく、いつも自分に自信を持っているのが、

岳だったとそう言った。



【40-3】



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