40 理想の仕事 【40-3】

岳は、逸美の言葉を聞きながら、確かにそうだったかもしれないと考える。


「実際にはそう思わないように、つまり、自分は間違っていないと思うように、
何もかも振り返ったりせずに生きてきた。人よりも先に解決法を見つけて、
結果を出していれば、誰にも未熟な部分に気付かれないからね」


運命だとか、自分勝手に道を狭めていたのは自分だとそう話す。


「逸美に言われたことがあった。『女を不幸にする男』だって。
あれを聞いたときにはふざけるなと思ったけれど、今振り返ると、そうだなと」

「岳……」

「いつも自分のことだけ守ることで精一杯だった。
人を……気持ちを受け止める余裕がなくて」


岳は、そういうとふっと笑みを浮かべる。

逸美は、今まで見たこともない岳の言葉や態度に、確かに流れた時間を感じた。


「ねぇ、彼女は元気?」


逸美は、あずさのことを尋ねたが、あえて名前は出さずに『彼女』と表現する。

岳は、『アカデミックスポーツ』はなくなり、今は『ザナーム』に勤めていると、

あずさのことを話す。


「腕は……」

「もう全然平気だよ。すっかり過去のことだと思っているから大丈夫だ」

「そう……」


逸美は、今を語るような岳の言葉に、やはり、一番近くにいるのは、

あずさなのだとわかる。


「ねぇ、覚えている? 私、岳は『白馬の王子様』のような女の子を捜しているって、
言ったこと」


逸美は、結婚に冷めていると言っていた岳が、

一番、夢のような人を待っていると思っていた過去のことを話す。


「そんなこと……そういえば言われた気がするな」

「最初に会ったときから、そんな気がした。私が知っているような枠組みには、
絶対に収まらない人だろうなって、彼女を見て思ったの。ほら、立食パーティーの日」

「あぁ……」


岳は、立食のルールを知らずに、会場から逃げてしまったあずさのことを思い出す。


「そう……ローストビーフの2枚目を取ろうとした時、逸美に偶然声をかけられたから、
一人1枚ですと怒られるのではないかって思ったらしい」

「……本当に?」

「そう。廊下で沈んでいたからね」


岳は、どうしたらいいだろうかと下を向いていたあずさの顔が浮かび、

思わず思い出し笑いのようになってしまう。


「無鉄砲なようで、そうでもない。でも、計算ずくなわけでもないから、
その懸命さに周りが自然と動かされる。親族が亡くなったり、
仕事先が無くなったりとトラブル続きでも、いつも前向きにいられる人なんだ。
本当の意味で、強い人なのだと思う」


逸美は、『パワフリズムストーン』のことを考えた。

あずさは、振りかかる災難にも負けず、今も前向きに生きていると聞き、

『強い人』という言葉の意味を、確かに感じていく。


「前向きね……」

「あぁ……」

「そうよね。私も沈んでばかりはいられない。『中村流』を継ぐと決めたし、
父がしっかりしてくれているうちに、1本立ちしないと」


逸美は別の友達の姿が見えたので、『それでは』と岳に挨拶をする。

岳は逸美の後姿を見ながら、胸の中につかえていたものが、少し取れた気がした。





『人として間違ったことをしても、素直に謝れなかった私だから……
愁矢さんにも見限られてしまったわ』



岳は帰りのタクシーの中で、逸美の言葉を思い返していた。

学生時代から、逸美は自分をハッキリ主張する女性だった。

違うものは違う、わからないことは無理にわかったふりをしない。

岳は、そんな潔さと、男にも並ぶような責任感ある姿に、自然と惹かれていた。

ただ、それが互いにぶつかりあったとき、許しきれないところがあるのも事実で、

張り合ってしまった結果、罵りあうような時間もあった。

しかし、素直に互いが自分の未熟さを認め合えば、また、気持ちが寄り添うことも事実で、

岳は、自分との関係を疑ったという愁矢の気持ちを考える。

街灯の明るさに頼りながら手帳を開き、予定を見た岳は、

顔をあげると、しばらく流れていく街並みを見続けた。





耕吉のところに毎日顔を出している猪熊だったが、

態度はあまり変わらないまま、カレンダーがまた次の月を歩き始めた。

友華は外で1時間近く待たされては、無視されている猪熊を思い、

もう辞めてくださいと言いに向かう。


「猪熊さん、もう、辞めてください。祖父説得は無理です」

「友華さん。説得ではありません。無理でもいいのです。
私自身、自分で納得するまで……」

「申し訳なくなります。私が動いてもどうしようもないことだとわかっているのに、
家にいても落ち着かないですし」


友華は、猪熊が外にいると思うだけで、気持ちが重くなると正直に話す。


「そうですか……」

「はい」

「わかりました。それでは富田家の訪問は、
友華さんがお仕事に行っている時間だけにしましょう」

「猪熊さん……あの」


猪熊は笑顔で失礼しますと頭を下げ、またその日も帰っていった。

友華は見送った後、家に戻る。


「帰ったのか」


耕吉は軽くそう言った。

友華は、厄介者に対して言うような冷たい態度に、不満分子がパチパチと音を立てる。


「帰ったのかじゃないわよ。おじいちゃん、申し訳ないと思わないの」


友華は、ここまでされて気持ちは動かないのかと、耕吉に迫った。

耕吉は何も言わないまま、部屋に戻ってしまう。


「友華……辞めなさい」

「お母さんも……」

「お義父さんも辛いのよ。猪熊さんだけが悪いわけじゃないことも、
本当はわかっているの」


玲子はそういうと、台所で片付け始める。


「ウソ……」

「ウソじゃないわよ。お義父さんも、昔はここまでじゃなかったもの。
お義母さんが亡くなってから、口調が荒くなった」


玲子は、人を亡くした悲しみもプラスされていると、友華に語る。

友華は耕吉の歩いた方を見た後、玲子と並んで洗った皿を拭き始めたが、

何か煙たい気がして手が止まる。


「何か、煙くない?」

「煙い?」


玲子は、ガスコンロを確認する。


「別に……」

「ううん、ここじゃない」


友華はそういうと、布巾をテーブルに置き、裏庭に回った。

裏庭にの端にある昔からの物置。友華はその裏からぼやが出ているのを見つける。


「あ……お母さん、お母さん。火……物置から火が出ている」


友華の叫びに、台所から玲子が飛んで来た。

確かに煙があがり、さらに火も確認できる。


「どうしよう……友華」

「水……、バケツに水?」


友華と玲子が慌てている間に、小さかった火は、少しずつ大きくなりだした。



【40-4】



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