40 理想の仕事 【40-5】

「笑い話になどしないでください。もう無理をしなくていいです。
猪熊さんは精一杯のことをしてくれた」


岳は、これ以上無理に前へ出ようとしなくていいと猪熊に話す。


「俺が、この話の中に猪熊さんの名前を聞いて、30年前のことを話したから。
今思うと、猪熊さんには申し訳ないことをしたと思っています。
あんな聞き方をしたら、動かないとならないと考えてしまうし。
でも、会社として、当時もやることはやった。
富田さんには受け入れてもらえなかったけれど、それは仕方がないです」


岳の話しに、友華はその通りだと頷いていく。


「猪熊さん、本当にもう十分です。祖父も気持ちの中ではわかっているはずです。
ただ、頑固で、表には出さないのだと」

「友華さん」


あずさは、本当にすみませんと謝る友華の横に立つ。


「富田さんが謝ることではないから」

「でも……」


猪熊は、そうですよと友華の顔を見る。

4人は揃って岳の車に乗り、まずは友華を送るために富田家に向かう。


「ねぇ、耕吉さんは大丈夫だったの?」

「おじいちゃんもこの病院で手当てを受けたけれど、一人でタクシーを呼んで、
先に帰ってしまったの」


猪熊さんの怪我の状態も気にすることなく帰ってしまったと、

友華は不満そうな顔をする。


「でも、おじいちゃんだけじゃないの、うちはみんなが本当におかしい」


友華は、後部座席で、長い間、富田家は家族という形になっているものの、

全く機能していなかったと話し出した。


「お父さんは民間航空機を運転しているから、仕事の場所も色々で。
家でゆっくりしていることなど、ほとんどないの。それは仕方がないと思う。
でも、家族の中で起きる出来事は、何もかも関係ないというのも、間違っているでしょ」


友華は、祖父の世話も、小姑になる寿美枝との関係も、全て母に任せていて、

自分は休みだと出歩いてばかりいると、愚痴をこぼす。


「叔母さんは、お父さんがパイロットの資格を取るために、
たくさんお金を使ったと言っているけれど、
叔母さんも車で事故を起こしてお金を払ったり、お付き合いをした人にお金を貸したり、
色々とあったの。そういうのはすっかり忘れているみたい」


何かを求めると、自分はこの家の家族ではないと勝手に抜けてしまうと言う。


「お母さんもお嫁さんだからって、我慢しすぎ。私の体が弱いでしょ。
自分が守ろうとしているのか、目がこっちばかり向いていて。
いつも流されている」


あずさは友華の話しを聞きながら、

あれほど大きな家でも、家族には問題が色々とあるのだと、そう考えた。

東京に出てきたとき、相原家のメンバーたちも、どこかすれ違って見えていたが、

富田家の事情は、それ以上に思えてくる。


「一人で生活できたらな……」


友華はそういうと、『ふぅ』と大きく息を吐いた。

岳はバックミラーで、嘆く友華の顔を見る。

助手席に座っている猪熊は、携帯を取り出し、何やら見続けていて、

あまり友華の話しを聞いていないように思えた。


「富田さん、そうやって発言し続けたら、きっと変わると思うよ。
少なくとも富田さんは、色々と変えたいと思っているわけだし」


あずさは、そういうと友華に怪我がなかったことと、

耕吉の怪我の状態も、一人で帰れるくらいだったことを『よかったね』と喜んだ。





「どうぞ、中に」


友華を送ってくれたことに感謝した玲子は、岳とあずさに中へと声をかける。


「いえ……私たちはここで。車の中に猪熊がいますので」


岳は猪熊も怪我をしているので、早く家に戻してやりたいと頭を下げる。


「あ、そうでしたね、私、気付かないで」


玲子はサンダルを履くと、車の中で待機している猪熊のところへ向かった。

猪熊もそれに気付き、車から外に出ようとする。


「猪熊さん、そのままで……」

「ご心配をおかけしました」


猪熊は車の窓を開け、玲子に頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。本当に申し訳ありません」


玲子は、おかげで物置だけの被害で済みましたと猪熊に話す。


「それじゃ……行こうか」

「はい」


猪熊のところに戻ろうとした岳の前に、先に帰った耕吉が立った。

友華は、ここまで送ってもらったと話す。


「消防の人たちが、『放火』ではないかと思ったらしい。警察が来た」


耕吉は、普段、火の気のない場所からの煙だったので、

自分も『放火』だと思っていると口にする。


「おじいちゃん……」


友華は、また何か余計なことを言いそうな気がして、耕吉を奥へ入れようとする。


「あいつが……恨みで火をつけたわけじゃないだろうな」


耕吉が、車の中で待っている猪熊を指差し、そう嫌みをぶつけた。

友華はそんな言い方はないと、声を出す。


「何を言っているの、猪熊さんがいなかったら、
もっと大変なことだったかもしれないのに」


友華は耕吉のあまりにも失礼なセリフに、

言葉を返すことが出来ない岳とあずさを見る。


「いや……。あんなタイミングで、
あいつが飛び出してくるのがおかしいとは思わなかったのか」


耕吉は、一度出してしまった言葉を引くことが出来ずさらに悪態をついた。

友華は耕吉をにらみつける。

玄関先の玉砂利が音をさせた。

今まで黙っていた岳が、耕吉と向かい合うため、一歩前に出る。


「富田さん」

「なんだ」

「身勝手な推測でものを言うのは、辞めてください。
あなたは自分のテリトリーにいるから、何を言っても許されると思っている。
私たちが企業で、あなたが客。その立場でいつでも対応してくれると思ったら、
大間違いだ」

「岳さん……」


あずさは、思わず岳の服の裾を持つ。

このまま、体ごと耕吉に向かっていくのではないかと錯覚するくらい、

気合が感じられた。


「30数年前、確かに富田さんの奥さんに取った猪熊の対応が、
営業マンとして完璧だったとは言えません。
それによって不幸な出来事が起きたのなら、申し訳ないという気持ちも、
我々にはあります。しかし、ここにいる宮崎さんに部屋を貸さないことや、
猪熊が『BEANS』の人間だから、平気で犯罪を起こすのだと言うようなセリフは、
許されるものではありません」


岳の気迫がこもったセリフに、耕吉はいつもの調子でものが言えなくなる。


「人を責める前に、まず自分の足元を見たらどうでしょう。私たち『BEANS』は、
常にそう思い、その中で落ち度もあったと認め、猪熊はここへ再び謝罪に来ています。
互いに自分の足元を見れば、相手だけが悪いのか、冷静に考えられるはずです。
それでも……富田さん、あなたがこちらに何も歩み寄る部分がないというのなら、
理解などしていただかなくて結構です」

「岳さん……」


あずさは、岳の言葉が、また耕吉を怒らせるのではないかとそう考える。


「私は……猪熊を守ります。今の発言は、たとえ冗談にしても撤回していただきたい」


岳は耕吉に向かって言い切ると、強い意志を視線に乗せた。





【ももんたのひとりごと】

『フラワーハイツ』

あずさの同僚、友華の祖父が持っているアパート、それが『フラワーハイツ』です。
外階段は、上がるとき、カンカンと音をさせるようなもので、
もちろん、鍵とチェーンで防犯をするという、庶民的な作りのつもりです。
大きな川を渡り、まだ周りの道路もコンクリートになりきれていない場所にある。
イメージは、そんなところですね。




【41-1】



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