41 進行形の関係 【41-3】

「張り合うような相手だと、ふと存在が消えたとき、寂しいと瞬間的に思うものです。
目の前に立ってやりあうわけですから。でも、そればかりだと疲れますし、
ぶつかって互いに傷つけあいます。どちらかがゆったりと構えていられる……
そんな余裕がないと、うまくいかないことを、彼女も私も、この年になって気付きました。
『人生の相手』は、そういう人なのかと……」


岳は、そういうと軽く笑う。


「上野さんを失ったことを、彼女は今、とても大きく感じているようでした。
あのプライドの高い負けず嫌いの人ですから、毎日墨を擦って耐えているようです」


岳は話しながら、愁矢を見る。


「以前、『中村流』の展示会に誘っていただいた時には、
自分自身の問題が片付いていなくて、
まだ、こんなふうに話せる気持ちの余裕がありませんでしたが、今は……」


岳は少しだけ余裕が出来ましたと、そう話す。


「すみません、立ち入ったことを話している気もしますが。
勘違いされている状態なのも、嫌だと思っているので」


岳はもやもやした状態なのは、一番嫌いだとそう宣言する。


「お会いできてよかったです」

「相原さん……」

「はい」

「どうしてあなたがそんなことを……」


愁矢は、こうしてわざわざ来てくれたのかと、岳を見る。


「そうですよね、自分でもなぜだろうと思います。
おそらく……私のまわりにいる、おせっかいな人のウイルスが、
うつったのかもしれません」

「ウイルス?」

「はい」


岳はそういうと、またどこかでお仕事が出来たらと、愁矢に頭を下げる。

愁矢はそれを受け止めると、去っていく岳を見送った。





「クシャン!」

「大丈夫? あずさちゃん」

「大丈夫……なんだろう、さっきからクシャミがでるの。夏風邪ってことかな」


岳が愁矢と話している頃、あずさは友華から携帯のメールを見せられる。


「これ、お母さんから来たの」


メールの内容は、『フラワーハイツA』に空き部屋があるので、

あずさが借りないかという内容だった。


「空き部屋? だって」

「どうも、入居を決めていた人が、ぼや騒ぎを知って、
キャンセルしたいって言ったみたい」


友華は、母からのメールを見た後、すぐに自宅へ電話をかけた。

玲子の言っているのは本当のことで、耕吉も反対はしていないと言う。


「本当に?」

「本当だって。あずさちゃん、どうする? あんなことになったし、
別のところがいいよね」


友華は、そういうとあずさを見る。


「借りるに決まっているでしょう」

「本当に?」

「本当、本当」


あずさは友華に、週末にでももう一度不動産屋に向かうからと宣言し、

友華は、今度こそ引っ越しを手伝うからと、楽しそうに笑った。





『岳君のことは、諦めなさい』


最後の協力者だと思い、岳とのことを頼んだ梨那だったが、

父、文明の言葉は、予想外のものだった。

岳の父、武彦と文明が会ったことも聞いたが、

自分に向かい風が吹くだろうと思っていた親同士の話し合いは、

『別れを承諾』するという、全く別方向へ風を送り込んでしまう。

社会人なのだから、しっかり仕事をすることと強く言われ、

部屋に閉じこもる生活だけは抜け出したものの、

元々、仕事に向かっていたわけではないので、どこか上の空のまま、日々が過ぎていた。

以前なら、売り場に入ってくる新しい洋服や化粧品を、

自分ならという思いで見ることが出来たのに、今は何も目に入ってこない。

梨那は、今日も目の前の書類を何度も見直しながら、ただ時間の過ぎるのを待っていた。



「はい、それでは……」


その頃、逸美もどこか空白を抱えたまま、教室の隅で、生徒たちを見送っていた。

美味しいケーキのお店を知ったのでと、数名の奥様方から誘われたが、

今日はこの後、父の見舞いがあるのでと、丁寧に断った。

展覧会の成功を喜んだ父は、夏に近付くにつれ、少しずつ体力を無くしている。

そばに着いている母親にも、看病疲れがどこか見えるようになっていた。

逸美は道具を片付けると、一度ため息をつく。

愁矢と婚約し、最初は愁矢の父親が亡くなったために結婚式が延びた。

その時は、まだどこかで迷いがあり、ほっとした自分がいたことを思い出す。

頭の中に何もない時、ふと浮かぶのは愁矢の優しい顔で、

逸美は、自分が悪いのだとわかっているのに、またため息が出てしまう。

なんとか父が元気になることを探そうと、顔を上に向けた。


「あ……」


逸美の目に、ガラスの向こうに立っている愁矢が映る。



「すみません、突然」

「いえ……」

「今日、午前中に『企業広告宣伝賞』の授賞式がありまして」

「そうだったのですか」


逸美は、3年連続おめでとうございますと愁矢に話す。


「よくご存知ですね」

「……はい。『エントリアビール』のホームページにそう……」


逸美は、今までもよく見ていたので、つい見てしまうと笑う。


「その場所で、彼に会いました」


『彼』という表現に、逸美はその相手がすぐに岳なのだとわかる。


「そうですか」

「お節介かもと言いながら、あなたのことを話してくれました」


愁矢は、逸美のことを岳が気にかけていたと言う。

逸美は、二次会で会った岳の穏やかな表情を思い出す。


「相原さんと、『人生の相手』という話しをしているとき、
逸美さん、僕は、あなたの顔を思い浮かべていました」


愁矢は、自分から離れておいて、あまりにも勝手ですねと笑みを見せた。



【41-4】



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