41 進行形の関係 【41-4】

「愁矢さん……」

「あなたの心の声を知り、これからの道が長いからこそ、
一度はあなたとは別れたほうがいいと、そう思いました。
逸美さんに無理をさせてしまうのはと、自分なりに考えて。でも……」


愁矢は、逸美の髪に触れる。

逸美はその行為に、鼓動が大きく弾むのがわかった。

もっと触れてほしいと、心が勝手に動いていく。


「会社に戻ろうと、新幹線のホームに立ちましたが、乗ることが出来なかった。
彼と話しをして、それを思い出して、やはり、逸美さん、
あなたを失いたくないと思いました。まだ迷いの中に、あなたがいるのだとしても、
僕は長い人生の中で、ゆっくりと気持ちを動かしてもらえば、それでと……
これでよかったと、最後に思ってもらいたい……」


愁矢は、あらためて『結婚相手』として、見てもらえないだろうかと話す。

逸美は、思わず口を覆った。


「中村のお義父さんには、何をと怒られるでしょう。
でも、僕は引かないと決めました。何をしてでもあなたを……」


愁矢の言葉を聞きながら、逸美は思わず抱きついた。

こじれて、複雑に絡み合った間柄だったのに、その相手に救ってもらった気がしてくる。


「その言葉は……本当だと思っていいのですか」

「はい」


逸美の背中に腕を回した愁矢は、そのぬくもりで全てを包み込む。


「二人で……ゆっくりと幸せになりましょう」


愁矢のセリフに頷きながら、逸美は『はい』と返事をした。





「ということで、私、宮崎あずさは、『フラワーハイツ』に無事、
入居できることになりました」


富田家から思いがけない返事をもらったあずさは、その日の夜、杏奈を誘い、

広夢の兄の店『ピエロ』に顔を出した。


「ヨッ! いいぞ、あずさ」


一緒に参加してくれた広夢は、声かけをしてくれた後、

さらに『9回裏、逆転ホームラン』だねと、笑う。


「そう、ビックリだった。でも嬉しい」


あずさは、これでやっとスタート地点に戻れるとメニューを見る。

あずさと広夢の、盛り上がりに比べ、杏奈の表情は冷静そのものだった。


「あずさ……相原さんには?」

「相原さんって、岳さん?」

「そうよ、当たり前でしょう。もう話したの?」

「まだ……だって、今日の昼間に聞いたのよ。それから会っていないし」


杏奈は『呆れた』と一言話す。


「呆れた? どうして」

「どうしてじゃないでしょう。勝手に決める前に、先に報告しなさいよ。
相原さんだって来る場所なんだよ。
それでいいよって言われたら入居しますって返事をする。これが順序でしょう」

「来る場所……」

「そうよ、当たり前でしょう」


杏奈は、岳が許さないのではないかと、心配する。


「どうして?」

「だって……」

「元々、『フラワーハイツ』に入居するつもりだったのよ。
引っ越しだって手伝ってくれようと……していたのかどうかよくわからないけれど、
でも……」


自分には、決める権利があると主張したあずさだったが、

杏奈の言い分を聞いているうちに、確かにこのまま浮かれていていいのかと思い始める。


「まぁ、男なら? 一言相談してくれた後に、決めたって言われた方が、
頼りにされているなと思うだろうね」

「そうそう」

「そうかな」

「相原さんプライド高そうだし」


広夢はそういうと、あずさと杏奈の真ん中にあったおつまみを指でつまもうとする。

一歩手前で気付いた杏奈は、広夢の手を軽くはたく。


「イテッ……」

「箸を使いなさいよ、箸!」


広夢はあずさに少し近付くと、『女はかわいくないとダメだよ』と小声で話す。

あずさは、二人の絶妙なバランスがおかしくて、食事中もとにかく笑っていた。





あずさは『東青山』の駅で降りると、岳に電話をかけた。

もし、家にいるのなら、何気なくリビングに来て欲しいと言うつもりだったが、

岳は今、車で帰る途中だと答えを返す。


「あと、どれくらいですか?」

『あと……20分もすれば』


あずさは、それなら話しがあるのでリビングで待っていますと言う。


『今、どこ?』

「今、『東青山』の駅前です」

『わかった。それなら家に戻らずに、横断歩道を渡ったあたりにいて』

「あたり? あ、あの……」


あずさが答えを返す前に、岳との通話が切れた。

赤だった横断歩道が青に代わり、待っていた人たちが一斉に渡りだす。

あずさもその波の中に入るが、岳と話をする場所はリビングだと思っていただけに、

『戻らず』と言われたことで、そのままどこかに出かけようとしているのかと考え始める。

横断歩道を渡り終えた後に見た携帯の時計は、午後10時を回っていた。


『相原さんだって来る場所なんだよ』


食事の時に、杏奈が言ったことがふと頭に浮かんだ。

耕吉とのトラブル以来、相原家の人たちは、

以前と同じようにあずさを迎え入れてくれている。

しかし、岳とあずさは、ただの居候だった頃と感情が変わった。

あずさは、岳がこの後、ゆっくり二人だけで話しが出来る場所に行くつもりなのかと、

今まで考えたこともないような案を、あれこれ頭に巡らせた。


明日は土曜日。


大手『BEANS』は、最初から予定に入っていた打ち合わせなどなければ、

休みを取る社員が多い。

あずさ自身は遅番担当になるため、昼過ぎくらいの出勤で問題がなかった。

もし、このまま車で出かけようとなるのだとしたら、

『二人きりになりたい』同士が目指すのはどんな場所なのか、

あずさは横断歩道を渡りながら、考え続ける。

いまだに、『恋』の若葉から、『愛』の花など咲いていない25歳のあずさにとって、

ここからの時間は、未知との遭遇とも言えた。

『今日は……』と断るべきなのか、『うん……』とかわいらしく頷くべきなのか、

決まった答えが浮かばないまま、しばらくすると岳の青い車が目の前に止まった。

あずさは思わずビックリして、1歩後ろにずれる。


「乗って……」


岳は窓を開け、あずさに合図をする。

あずさは『はい』と頷き、助手席の扉をあけた。



【41-5】



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