41 進行形の関係 【41-5】

あずさが乗ったことを確認すると、岳はすぐに走り出す。


「あの……岳さん」

「何」

「走らなくてもいいですよ、ガソリン代がもったいないです」

「は?」


あずさは、話しは相原家の駐車場で問題ないですと言い始める。


「駐車場で話し込んでいるもおかしいだろう。『聞かせたくない話です』と、
妙に勘ぐられるかもしれないし」

「まぁ、そうですけれど」


あずさは、だったら今ここで止まりましょうと、また岳を見る。


「交差点の目の前には、誰がいるのか知っているだろう」

「誰?」

「駅前の、しかも警官が立っている駐車禁止の場所に堂々と車を止めて、
ゆっくりと話を出来る人間がいたとしたら、それは警察に対する挑戦者だな」


岳は笑いながらそういうと、あずさの葛藤など思いもせずに、

道路を走り続ける。


「明日は遅番だろ……俺は明日、休みだし」


岳の『時間はあるよね』という発言に、あずさは返事が出来なくなる。

こんな展開になるとは、思ってもみなかった。

今更考えても仕方がないことだけれど、下着も気をつかっているわけではないし、

心の準備さえも、出来上がっていない。


「あの……あのですね」

「もう少しで着くよ」

「エ!」


あずさは車の助手席から、見える建物を必死で追いかけた。

『HOTEL』などの看板が見えたら、頭が真っ白になりそうな気がしてしまう。


「私……おなかが」

「おなか? まだ夕食食べていないのか」

「いえ……」


岳は、軽いものならあるだろうと言いながら、さらにまっすぐ進む。

あずさは、もうどうにでもなれと目を閉じ、バッグを両手で握った。


「ほら、ここ」


岳がそう言いながら、左折のウインカーを出したので、

あずさは見える景色がどんなものなのかと、ゆっくり目を開ける。

小さな屋根のお店があるだけで、『ご休憩』の出来そうな場所はない。


「ここ……ですか」

「うん。こだわりのコーヒーを出してくれる店で、
家に戻って仕事をしたくないときには、時々立ち寄るんだ」

「コーヒーですか」


あずさは、そうだったのかと大きく息を吐いてしまう。

岳は隣に座るあずさを見る。


「コーヒーですかって、運転中だからね、お酒は無理だし……」

「いえ、そうじゃなくて……」


あずさは安心したからなのか、自分の鼻をくすぐる香りに気付く。


「いい香りがします」


岳はそうだよと頷きながら、駐車場に車を止めた。



岳の前には『ブラック』が届き、あずさの前には『カフェオレ』が置かれた。

普通の店よりも、少し大きめのカップは、しっかりとした焼き物で出来ている。

時間も時間なので、空席が多いだろうと思っていたのに、

テーブルは3分の2以上が埋まっていた。

スーツ姿でパソコンと向きあっている人、静かに本を読み続ける人、

そして、誰かに手紙を書いている人、過ごし方はそれぞれに見える。


「この時間なのに、結構人がいるものですね」

「この時間だからと言った方がいいのかな。営業開始がそもそも遅いしね」


岳はブレンドのカップに口をつけ、その香りを楽しんでいるように見えた。

あずさも角砂糖を一つ入れ、深みのある味を確認する。


「それで、話しって」

「あ、はい……今日、友華ちゃんが、
あらためて『フラワーハイツ』への入居を勧めてくれました」


あずさは、猪熊の誠実な態度のおかげで、耕吉も少し変わってきたのだと話す。

放火の犯人が、猪熊の写真におさまっていた駐車場の借主だったこと、

恨みのきっかけは耕吉の口調だったこと、

そんなことを警察に指摘されたからなのか、

本人もいささか、静かにしているという近況も話しに付け加える。


「そうか」


あずさは、そのまま思わず『決めました』と言おうとしたが、

杏奈のセリフを思い出し、とりあえず『どう思いますか』と切り返した。

岳は、あずさを見る。


「どう思うのか、言ってもいいのか」


岳は左の肘をつき、少し身体を前に倒すようになりながらあずさを見る。

『さあ行くぞ』という体勢に思える岳の姿に、

あずさは心の中で『お手柔らかに』とつぶやき返す。


「人に聞いた以上、受け入れないとならなくなるぞ」

「まずは、聞きます……」


あずさは、批判されるようなことはないはずだと思いながら、岳の言葉を待つ。


「もう、本当は決めてきただろ」

「エ?」

「友華さんに言われて、あ、嬉しい、ありがとう、すぐにでも契約に行くからねって」


あずさは、あまりにも図星をつかれ、何も言えなくなる。


「どう思いますかなんて、そんなこと最初から考えてもいないよ、君は」


岳はそういうと、またカップに口をつける。


「その……でも」

「俺の本音を言えば、以前も言ったとおり、オートロックで、コンクリート造り。
さらに駅近と条件を出したいけれど、そんなことをあれこれ言っても、
君は自分がこうだと思ったら、それを通す」


岳の言葉に、あずさはそうかもしれないと頷いてしまう。

慌てて、『いえ、別に』と繕おうとするが、岳は口元を少し動かしただけになる。


「今回のことで富田家の人たちがどういう人たちなのか、よくわかったし、
友華さんと一緒に通勤可能だと思えば、まぁ、駅近という条件も変えられる。
オートロックではないけれど、大家が向かいにいるというのは、
警備員に近いものもあるしね」


岳は、そういうとまたコーヒーを飲む。


「それに……」

「まだ、ありますか?」

「ん?」

「私はあのアパートの環境が好きなんです。敷地が広くあって、見通しがきいて。
夏の夜になると、虫の鳴き声が聞こえそうな、そんな……」


あずさは、小さく息を吐く。


「はい、そうです、決めました。
岳さんがなんて言っても、私は一人暮らしを始めます。
6畳とキッチン、トイレとお風呂があれば、十分です」


あずさが並べる言葉を聞きながら、岳は黙ったまま前を見ていた。

あずさは、自分に向けられている表情に、また鼓動が速くなる。


「すみません……」

「どうして謝るんだ」

「いえ……かわいらしくないなと、思いました」


あずさは、そう言うと『カフェオレ』を一口飲む。


「本当に不思議な人だ……」


岳の言葉に、あずさは顔をあげる。


「君といると……自分が変わっていることを、自然に受け止められる。
以前なら、言い返されたら、さらに上をいこうとしていたからね。
今はなんだろう……まぁ、それもいいかもしれないと、
そう思えるようになったというか……」


岳の言葉に、あずさは『自分も変わってきた』とそう言った。

岳は言葉を聞いた後、軽く首を傾げてしまう。


「どういうことですか、それ」


あずさは、引っ越しはいつでもいいと言われているのでと言い、

また一口カフェオレを飲んだ。





【ももんたのひとりごと】

『カフェオレ』

自分が好きだからかもしれませんが、よく登場させる飲み物です。
女性でも、ブラックを飲むという方ももちろんいるでしょうが、
ミルクが混ざる、砂糖を入れるなど、ちょっとした景色が描ける気がして、
つい、選ぶのかなぁ……




【42-1】



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