42 未来の風 【42-1】

美味しいコーヒーを味わいながら、二人はそれから1時間くらい話し続け、

相原家に到着する頃には、日付変更が目の前に迫ってきていた。

あずさは到着するとシートベルトを外す。

その手がドアノブに向かう前に、隣にいた岳につかまれたため、

驚いた体が、ふっと反対側に動いた。

あずさの髪の毛に触れた岳の指が、二人のキスシーンを支えるようになる。

あずさは、顔の温度が上がっていることに自分で気付き、

車の中が暗い状態でよかったと思いながら、恥ずかしさに下を向いてしまう。


「一人暮らしで、無理をするなよ」

「……はい」


あずさはそう答えると、また今のお店に行きましょうねと岳を見る。


「そうだな。でも今度は、こうして戻らない場所の方がいいな……」


岳はそう言いながら運転席の扉を開け、外に出た。

あずさは、その言葉の意味を受け止めながら、同じように外へ出る。


「本当は……今も……」


岳はそこまで話すと、リモコンキーで車の鍵をかける。

ガチャンという音があずさの耳にも届いた。



浩美は部屋を出て、キッチンに向かった。

東子に頼まれて作って置いた『レアチーズケーキ』の様子を確認すると、

すぐに電気を消す。すると、家の扉が開く音がして、

岳とあずさが何やら話しながら戻ってくるのがわかった。

自分のいる場所の方が暗いため、岳もあずさも浩美の存在に気付いていない。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


二人の声を聞き、浩美はそれよりも先に、廊下を進み部屋に戻った。

ドアノブをつかんだまま、しばらくその場に立つ。


「どうした」

「いえ……」


浩美にとって、岳という存在は、どこか『バロメーター』のようなものだった。

岳の顔色、考え、行動を常に意識し、順調に流れているときには、

自然と自分も楽になれた。

岳が自分を見ると、亡くなった母と比べているのではないかといつも身構え、

どこか下がり気味になっていて、気付くといつも、敦にその思いをぶつけていた気がする。

岳を立てて、岳を支え、それに見合う行動を取ること。

浩美は、ここを出ていってしまった敦のことをあらためて考える。


「浩美……」

「あなた……」


浩美は武彦の前に座ると、自分が敦に我慢ばかりをさせてしまったと、

後悔の言葉を出していく。


「『翠の家』で、幼い頃を知る同級生と久しぶりに会って、
敦も気持ちを動かされたようでしたが、私が付き合いに反対をしてしまって」


武彦は、浩美の思いを聞き続ける。


「岳と敦は違うと言いながらも、相原の血を引かないからこそ、
絶対に必要だと言われなければならないと、そう……」


浩美は、千晴に調べさせ、彼女のところに行かせてしまったことで、

敦を傷つけたから家を出て行ったと下を向く。


「そうか……」


武彦は、浩美なりに一生懸命だったことがわかり、

もう自分を責めるのはやめなさいと、声をかける。


「岳の穏やかな姿を見ていたら、本当は、あのままでよかったのだと、
今更思えてきて」

「うん」

「敦に……どう謝ったらいいのか」


浩美はそういうと、言葉を止める。


「親も一人の人間だ、浩美。失敗もある。敦ならわかってくれるはずだ」

「そうでしょうか……でも、あの子は」

「ここを出て、自由になって、でも、相原の家がよかったと思うこともきっとある」


武彦はそういうと、うちの問題児は東子だよと、口元を動かす。


「あれは大変だぞ。好奇心はあるが、忍耐力が育っていない」

「……はい」


浩美もそうですねと答えると、優しい笑顔を見せた。



『今度は、こうして戻らない場所の方がいいな……』



岳が何を意味してそう言ったのか、いくら経験不足のあずさでも、

わからないはずがなかった。

引っ越しをしたら、杏奈を呼ぶのと同じように、岳にも来てもらうことになる。

一人、湯船につかりながら、あずさはそんな日がいつになるのかと、ぼんやり考えた。





日曜日、逸美は父の入院する病院に向かい、

愁矢とあらためて『結婚』の意思を伝え合ったと話した。

婚約破棄という状況に、寂しい思いをしていた父親の驚きに、

逸美は愁矢が自分をかばうために一度身を引いてくれたのだと話し、

失ってみてその存在の大きさを再確認したと告げる。

愁矢は仕事があるため、大阪に戻ったが、

あらためてこちらに挨拶に来たいと話していることも伝えると、

表情の固かった父の顔が、少しずつ優しく穏やかなものに変わることがわかった。

いつもなら、そばを離れるなと言っている母親に対しても、

今日は二人で出かけてくればいいと、愛想良く送り出してくれる。

逸美は、たまには美味しいものを食べに行きましょうと、

母と一緒に『甘味処』に入り、久しぶりに笑顔が出るような楽しい話をした。



そして、タクシーで一人家に戻り部屋へ入ると、

逸美の目に2つに割れている『パワフリズムストーン』が見えた。

すぐに手にとって確かめると、確かに半分の大きさくらいに割れている。

岳への思いを断ち切ろうと、代理を求めたこの石は、

愚かさに気付いたときには、決して割れることがなかったのに、

今、このようになっていた。逸美は、2つに割れた石の裂け目をじっと見る。

家には人がいないので、誰かが間違って落としたこともなければ、

地震が来たという事実もない。

あらためて石の裂け目に触れると、他の部分よりも少しだけ温度がある気がする。

逸美は、結婚式の二次会で岳に会ったこと、岳が愁矢を見つけて話してくれたこと、

その気持ちに感謝しながら、割れた石を袋に入れた。



【42-2】



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