42 未来の風 【42-3】

それでも、敦は否定がない分、まだ可能性があると信じさらに前へ出る。


「話をしたいことがあるんだ。そんなに長い時間でなくていい。
顔を見て、話しがしたい」


敦はそういうと、涼子の言葉を待つ。


『……あんなふうに、あつくんに失礼なことを言ったのよ、私』


涼子は、敦との交際を反対していると千晴から言われたことを受け、

自分から親しくなることを避けた。


『これからも染物をやりたいからだなんて、あんなふうに失礼なこと』

「そんなこと今はいいよ。ただ、会ってくれたらそれで……」


敦は、夜にあらためて連絡をするからと言い、涼子との会話を切る。

携帯をポケットに入れ、仕事の続きをするために席へ戻った。





仕事を終えたあずさは、『東青山』の駅から相原家に向かい、

靴を脱ぐとリビングに入った。すると、本を読んでいた岳に手招きされる。


「お帰り」

「ただいま……で、何かありましたか」


あずさは、肩にかけていたバッグを下ろす。


「実は今日、敦が『青の家』に行って来たんだ。
『紅葉の家』のことも報告したらしいけれど、おじいさん、すごく弱くなっていて」


岳は、気はしっかりしているけれど、

ベッドで寝ている時間が増えたと施設長から聞いたこと、

庄吉が玉子の墓参りを希望していることを話す。


「おそらく、体力がなくなっていくのを、本人が一番感じているのだと思うんだ。
近頃、埼玉の仕事も、『岸田』の業務もあって、
俺も『青の家』に顔を出していなかったから」


岳は、あずさも一緒についてきてくれないかと頼む。


「わかりました……」

「うん」

「それなら、今度の日曜日はどうですか? 私も岳さんも休みですし」

「日曜か……そうだけれど、いいのかな、急にで」


岳は、宮崎の家は大丈夫だろうかとあずさを見る。


「うちは飾らない家なので、大丈夫だと思いますよ。
庄吉さんが玉子さんのお墓に行ってくれるのは、うちとしても嬉しいことですし」


あずさはそういうと、岳を見る。

岳は手に持っていた本を閉じると、軽く息を吐いた。

その行為が、あずさにはどこか寂しげに見えてしまう。


「岳さん……」

「わかっているんだ。年齢も年齢だし。いつかこういうことになるってことも。
でも、巡るのが当たり前なのだとしても……」


その後の言葉は続かなかったが、あずさには何が言いたいのか、それは伝わった。

数ヶ月前、あずさも同じようなときを、味わっている。


「きっと玉子さんが庄吉さんに言いますよ。まだまだ頑張ってって」


あずさの言葉に、岳は顔をあげる。


「まだまだ、庄吉さんから色々なことを教えてもらいたい岳さんが、
不安な顔をしているから……もう少し頑張ってねって言ってくれます」


あずさは、玉子は昔から人を励ますのがうまかったと、話し続ける。


「そう、夏子さんのところにお婿さんが来てくれたのも、
そもそも玉子さんが褒めまくったからだって、よく母が話してくれましたから」

「褒めた?」

「はい。宮崎家は女家系で、ちょっと体を動かしてくれたら、
助かった、助かったって褒めて。運んでもらいたいものがあるときも、
仕事が終わるタイミングで、ちゃんとお礼のお酒が出てきたりしていたって。
もしかしたら、『女性の生きる知恵』だったのかもしれません」


あずさは、玉子は、昔はよく気がつく人だったからと笑ってみせた。


「私が知っている玉子さんは、ちょっぴり抜けたところのある、
かわいらしいおばあさんですけれど」


あずさの脳裏に、玉子が家や『橙の家』で過ごしていた姿が浮かんでくる。


「あぁ……そうだったな。ちょこんと置物のように座っていたイメージがある」

「ん? 置物って。でもそうかも」


あずさは、気が沈みがちの岳を励まそうと、さらに宮崎家のエピソードを披露する。

夏子が自転車で買い物に出かけたのに、なぜか忘れて歩いて帰ってきたこと、

美佐があずさの授業参観に行き、終わる10分前まで、

教室が違っていることに気付かなかったこと、

あずさが高校の『創立50周年記念』の演奏会で、指揮者になったのは、

じゃんけんで最後まで負けたことと、クラリネットの演奏が、

一人だけテンポがズレてしまうことが多かったからだということも話す。


「テンポのズレか……まぁ、確かに。君は間違いなく人とずれているからね」


岳は、今までも人とずれていてばかりなので、いつもペースを乱されたと言い返す。


「乱してましたか?」

「あぁ……ここまでかというくらいに」


岳の言葉に、あずさはそうでしょうかと首をかしげる。


「いや、でも、そのズレがあったから、おじいさんは宮崎さんを見つけたし、
今、ここにこうしているのだと思えば、仕方がないかな」

「……仕方がない」


あずさは、せっかく気持ちを上げてあげようとしていた話で、

自分だけが損をしている気がしてしまう。


「岳さんだって、結構人とずれていますよ。気付いていないかもしれませんが」

「俺が?」

「そうですよ。何を話しても言い返してくるし」

「それは君に考えがないからだ」

「考えがない?」

「そうだ、それに、言い返されることと、ズレとは別の理由だろう。
どさくさ紛れに一緒にするな。俺は外れていない。しっかりとした基本形だ」


岳は、そういうと納得するように頷いた。

あずさは、一つ言えばあまりにも見事に戻ってくる岳の言い分がおかしくて、

笑ってしまう。


「基本形ですか……。まぁ、なんでもいい気がします。
みなさんそこまで理論で戦えませんから、結局、負けちゃうでしょう」

「ん?」

「でもいいや、この人になら負けてもって、思わせるんですよね岳さんって」


あずさはそう言いながら、岳の隣に座る。


「よくわからないな……褒められているのか、けなされているのか」

「けなしてはいませんよ、きちんと聞いてください」


二人は互いに顔を見合わせて、笑みを浮かべた。



「ふぅ……」


そんな二人の楽しそうな声が廊下にも届き、

飲み物を取るためにリビングに向かおうとした東子は、足が止まった。

ここがどこなのかということも、誰かが来るかもしれないということも忘れて、

笑顔で話している岳とあずさをしばらく柱の影で見ていたが、

その場所に飛び込む気にはなれず、進行方向を変えて両親の部屋の扉を叩く。

中に入ると、小さなキッチンにある冷蔵庫を開けた。

手紙を書いていた浩美が顔をあげる。


「東子、どうしたの」

「ちょっとのどが乾いたから」


そういうと東子はウーロン茶を取り出し、コップに入れる。


「キッチンの冷蔵庫になかったの?」


浩美は買い忘れていたかしらと、つぶやいた。

東子は何口か飲むと、違うのだと首を振る。


「私もね、大人になったってことなのよ、お母さん」


浩美は何を言っているのかわからないという顔をしたが、

東子は笑顔を見せ、『おやすみなさい』と部屋を出て行った。



【42-4】



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