43 今の自分 【43-3】

「私のいる場所は、岳さんの仕事場ではないから。『BEANS』にはね、
本当に優秀な社員の人がたくさんいるの。
前に肩もみのために企画部の中にいたことがあって、本当にそう思ったから」


優秀な大学を出て、目指すべき企業に入ったという社員たちがたくさんいると、

あずさは話す。


「だから、岳さんの仕事をフォローしてくれる人なら本当にたくさんいる。
私は……ただ、岳さんにとって、『仕事が終わった後の、1杯のコーヒー』のように
なれたら、それでいいと……」


あずさは、張り詰めた場所で仕事をしていることがわかっているからこそ、

それを取り除いた場所で、向かい合えたらいいと話す。


「『コーヒー』って……。まぁ、あずさのこともよくわかってくれているでしょうから、
不真面目ではないでしょうけれど……」


美佐は、そこまで話すと、口を結ぶようにして言葉を止めた。

あずさには、美佐のものの言い方に、まだ何か言い足りないように思えたが、

ここで長く話しているのは、気をつかわせると考え始める。


「あずさ……そろそろって」

「あ、うん」


夏子は、庄吉にもっとゆっくりされたらいいのにと話す。


「いやいや、もう、戻らないと」


庄吉は、やるべきことは出来たのでと、あらためて夏子や美佐に頭を下げてくれる。

小野は先に宮崎家を出ると、また自分が運転しようと先に玄関を出て行き、

岳も庄吉を支えようと、隣に立つ。


「あの……」


庄吉たちが、帰ろうとしているのはわかっていて、美佐はあえて声を出した。

その瞬間、全員の動きが止まる。


「相原さん、今まであずさが本当にお世話になりまして、感謝をしております。
玉子さんの縁で、特別な待遇を用意していただいたことも、十分わかっています」

「美佐……」


夏子は、美佐が何かを言う気がして、それを止めようとする。


「お母さん、今、話しておかないと……」

「でも……」


庄吉は、『その通りです』と言い、美佐の言葉に耳を傾けようとする。

美佐は、その隣にいる岳を見た。


「あずさは、明るくて人懐っこい娘です。もちろん大人になっていますので、
本人の気持ちも親として理解してやりたいと思っています……いますが……」

「はい」

「玉子さんの話と……あずさの話しが、あまりにも同じようになってしまうのは、
親として少し、心配です」


美佐は、そこまで言うと『すみません』と頭を下げる。


「あずさは祖母の玉子ほど、忍耐力もないですし、もっとわがままなところもあります。
ですから……」

「美佐、相原さんだってそんなことわかっていらっしゃる」


夏子はそういうと、気をつけてお帰りくださいねと、庄吉と岳に声をかける。


「美佐さん」

「はい」

「ご心配をかけてすみません。私にとって玉子さんの話を例に出すことが、
一番わかりやすいと思っていたもので……」


庄吉の言葉に、美佐も『いいえ』と首を振った。

あずさは、親としての美佐の気持ちもわかる気がして、嬉しさと寂しさが交差する。


「今度はぜひ、東京の方へお越しください。色々とお見せしたいものもありますし」


庄吉の言葉に、夏子はありがとうございますと礼を言う。

岳は庄吉の隣に立ち、一度頭を下げると庄吉の手を引き、車の後部座席に向かう。


「お母さん、ありがとう。でも、私は大丈夫だから」

「あずさ……」

「強制されたことなど何もないの。だから、心配しないで」


あずさは心配そうな美佐の肩に軽く触れ、庄吉の隣に座る。

小野が車のキーを回し、エンジン音が響く。


「小野……」

「はい」

「申し訳ないけれど、少しだけ待って」


岳は小野にそういうと、助手席の扉を閉めて、夏子と美佐の前に立った。

あずさは、岳と美佐が向かい合う様子を、車の中で見る。


「色々と、ご心配をかけて、申し訳ありません」


岳の言葉に、美佐は黙ってしまう。


「お母さんが、何を言いたいのかわかりますので、
今の気持ちをお伝えしたいと思います。あずささんのまっすぐなところや、
諦めずに頑張ろうとするところが、亡くなった玉子さんに似ているのかどうか、
祖父と違って、私にはわかりません。祖父には祖父の思いがあるのでしょうが、
それをこれから聞きなおそうとも思っていません」


岳は、『過去は過去です』という言葉を口にする。


「それでも、私の中で固まりきっていた気持ちを動かしてくれたのは、
間違いなくあずささんです」


岳は、自分に足りなかったところ、心の奥で本当に願っていたことなど、

あずさと過ごすようになって見えてきたのだと話す。


「あずささんと、真剣に向き合っていこうと思っていますので、
心配しないでと言っても無理でしょうが、どうか……あたたかく見守ってください」


夏子は、隣に立つ美佐の背中を軽く叩く。


「みなさんが彼女を大事に思っていることは、十分にわかっていますから」


岳は夏子と美佐に、その場であらためて深く頭を下げる。

あずさは、自分もそばに行くべきかと、車から出ようとしたが、

隣に座っている庄吉に、止められる。


「あずささん……ここは岳に任せなさい」


庄吉は、自分の意見をしっかりと前に出している孫を見ながら、

満足そうに微笑んでいる。


「……はい」


あずさは、黙ったまま後部座席に座り、岳が戻るのを待った。





あずさたちが家を離れ、夏子と美佐はあらためて茶の間に入った。

夏子は美佐のお茶を入れ替えてくれる。


「あ……ありがとう」

「美佐」

「何?」

「親というものはね、たとえ100%ですと言われても、心配するものなの。
ごく平凡なサラリーマンの男性が、あずささんとお付き合いしますと言っても、
絶対に大丈夫だなんて、思わないものなんだよ」


夏子は自分の分を湯飲みに入れる。


「兄弟はいるのか、親はどんな考えの人なのか、そういえば裁縫はあまり得意ではないし、
仕事の手伝いなど出来るのだろうかってね」


夏子は、美佐や聖美が相手を家に連れて来た時も、同じように思っていたと話す。


「公務員の男性でも、お金持ちの息子さんでも、結局心配するのは一緒。
『幸せになって欲しい』と思いながら、親は見守ることしか出来ない」


夏子は、『頑張ろう』としている二人に、

やってもいないうちからダメだと決め付けるのも、酷ではないかと話し続ける。


「もし……もしもだよ、うまく行かなかったという時には、
そう、あずさが家に戻ってくると言ったときには、
温かく大丈夫だよと迎えてやればいい」


夏子はそういうと、最中の袋を開く。


「ほら、美佐。美味しそうだよ、食べようよ」

「……うん」


美佐は小さく頷くと、夏子の入れてくれたお茶を、一口飲んだ。



【43-4】



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