43 今の自分 【43-5】

「今日はゆっくり寝てください」

「わかっている」


庄吉は『青の家』に戻ると、さすがに疲れたのかベッドに横になった。

そばには小野が立ち、あずさは庄吉に布団をかけてやる。


「あずささん……」

「はい」

「また、一緒にお昼を食べましょう。ここへ遊びに来てくださいね」


庄吉の言葉に、あずさは『はい』と返事をする。

横浜の海から、汽笛の音が部屋の中にかすかに聞こえてきた。





「はい、こっち、こっち」


玉子のお墓参りから1週間後、

あずさがあらためて『フラワーハイツ』に引っ越す日が来た。

広夢が以前借りた軽トラックを用意し、相原家に持ち込んでいた洗濯機や家具を運ぶ。

この日を待っていたという友華もすぐに顔を見せ、

部屋の掃除を手伝ってくれた。


「広夢、本当に洗濯機の排水、出来ているの?」

「妙なことを言うなって。きちんとやっていますよ」

「テレビをつけたら爆発して、洗濯機の水を流したらあふれるなんてこと、
ないでしょうね」

「杏奈……少しは人を信用しろって」


基本的な配線などは広夢が全てやってくれたため、岳はその様子を見る。


「山下さん、手際がいいですね」

「……ですよね」


広夢は岳の言葉に、嬉しそうに顔をあげる。


「調子に乗らない! 真剣に」

「はいはい」


広夢に対する杏奈の態度に、あずさも友華も笑い出す。


「あずさちゃん、これ、何?」


友華は、部屋の奥に置かれたケースを指差した。

あずさは『クラリネット』だと話す。


「クラリネット? へぇ……吹けるんだ」

「高校時代にね、部活で吹いていたの。だから、ほんの少しだけだけど」


あずさは本当に下手だよと、念を押す。


「今度吹いてよ」

「いやぁ……でも、結構大きな音だから、アパートだと無理」


ご近所に迷惑だからと友華に話す。


「そうか……広いところじゃないとね……」


友華は窓を開け、景色を見ながら、首を少し左に動かした。


「ねぇ、ほら、あそこ。うちの畑なの。隣はスーパーの駐車場だし、
反対側は川だから、どう? あそこなら……」

「友華さん、そこまでしてあずさの演奏、聴きたいの?」


吹奏楽部を終えてから、一度も吹いていないという杏奈は、プロならともかくと笑う。


「あずさちゃんだから、聴いてみたいの」


友華はそういうと、今度吹いてねとあずさに約束する。

引っ越しの賑やかさの中に、玲子が休憩してくださいとお茶やお菓子を持って現れた。


「すみません」

「いえいえ、よかったわね天気がよくて」

「はい」


あずさは終わってから挨拶に行こうと思っていましたと、玲子に頭を下げる。


「あの……大家さんは」

「義父なら、家におります」


玲子からそう聞き、あずさは岳を見る。

岳も何を言いたいのかわかったようで、小さく頷いた。


「杏奈、先に挨拶してくる」

「今?」

「うん……」


あずさは杏奈と広夢に頼みますというと、岳と二人、富田家に向かった。

何かまたおかしなことを言い出したらまずいと、友華も玲子と戻ることにする。


「あずさちゃん、おじいちゃんが今度何か言っても、無視してね」

「大丈夫、きっと言わないって」

「そうかな……」


友華の心配そうな顔を見た玲子も、『大丈夫よ』と声をかける。

4人が富田家に戻ると、玲子は耕吉を呼ぶために中に入った。

友華は居間へ2人を通す。

5分ほど待っていると、耕吉が姿を見せた。

あずさも岳も立ち上がり、『お世話になります』と頭を下げる。


「まぁ、あんたも物好きだな、これだけいろいろあっても、あの部屋を借りるとは」


耕吉はそういうと、二人の前に座る。


「最初に見た時から、気に入っていましたから」


あずさは、窓から自然がたくさん目に入るのは、四季も楽しめるから嬉しいと話す。


「四季」

「はい……駐車場の奥に、桜がありますよね。それに、畑に向かう道には、
花もたくさん咲きそうですし」


あずさはそういうと、職場がある『岸田』のあたりは、あまり緑がないと話す。


「あっちは元々、工場が多いから」

「そうなのですか」


耕吉の言葉に、あずさは岳を見る。

岳もその通りだというように、軽く頷いた。


「あの男は……どうだ」


『あの男』とは猪熊のことだと、岳はすぐにわかった。


「怪我の方もよくなっています。残りの数日は会社に来て、
雑務整理をと話していましたが、無理のないようにと、言っています」


岳は、猪熊がもう一度挨拶に来ると話していたことも言う。


「もういい……」

「そう言わずに、会ってやってください」


岳は猪熊は最後まで営業マンでありたいのだと、耕吉に話す。


「しつこいな」

「それが営業マンですから」


岳がそういうのを聞き、あずさも小さく頷く。

風が動く音が聞こえ、1分ほど誰からも発言のない状態が続いた。

耕吉はひとり立ち上がる。


「おじいちゃん……」

「さっさと引っ越しをした方がいい。
今の時期は、晴れていても急に雨が降ったりするだろう」


そういうと、あずさたちに背を向け、居間を出て行ってしまう。

岳とあずさは玲子に菓子折りを渡すと、引っ越し作業に戻ることにした。





【ももんたのひとりごと】

『めぐりあい』

主人公がいて、その相手がいて……というのが、お話しの流れですが、
どこでどう出会い、それがエピソードを生み出すのかが、重要ですよね。
会社の同僚、同級生、取引先の人、お隣同士、先生と患者など、
きっかけは色々で、今回は昭和からの長い時間の経過があずさと岳を出会わせました。
二人を含む、みんなの幸せ……もう少し、おつきあいください。




【44-1】



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