44 戸惑いのある部屋 【44-2】

車を走らせている岳も、実は、あずさとは別の感情にため息をついていた。

祐の墓参りをした日、互いの気持ちは通じ合っていると思ったし、

それからのあずさの態度を見ていても、自分が特別な存在になっている自信もあった。

しかし、あずさは大家から2つもらった部屋の鍵のうち、

1つを渡してくれることもなく、今も、杏奈たちがいたときよりも、

二人でいる時間の方が、明らかに気まずそうに思えた。

右折のウインカーを出しながら、バックミラーを見る。

大きな橋の向こうに、これからあずさが暮らす場所があるが、

流れている川が、すぐに飛び越えられない距離を示している気がしてしまう。

前の車が動いたので、岳は同じように右折する。

『岸田』の分譲マンション前を通過し、『東青山』まで一人、戻った。





『宮崎あずさ』

その頃、梨那は一人、部屋の中で封筒に入った報告書を見ていた。

最終的には一番頼りになると思っていた父、文明に岳との交際を諦めろと言われ、

梨那にしてみると、八方塞の状態だった。

『別れ』を切り出した岳からは、もう終わったことだと思われているのか、

あれから全く連絡がない。

今までのように、単なる浮気心ではないということになると、

なぜ自分が選ばれなかったのかという、疑問符だけが大きく膨らんでいた。

梨那は、『探偵事務所』に依頼し、『宮崎あずさ』という人物を調べていく。

そこには、あずさの簡単な経歴と、現在の様子が書いてあった。

梨那は、取り立てて岳が気持ちを動かしそうなところもないような気がして、

さらに深みにはまってしまう。

大きく息を吐き出すと、調査票と書かれた用紙を、ベッドの上に放り投げた。





あずさが引っ越しをしてから、1週間が経過した。

足りなかったものを少しずつそろえ、調理道具もそれなりに並び始める。

早番の時にはスーパーで食材を買い、それほど豪勢とは言えないが、

自分で夕食も作るようにした。毎日、友華がお弁当を持ってくるのを見習い、

あずさも残り物などを使い、コンビニ通いをやめる。



『今日も一日が終了です。岳さんもお仕事お疲れ様でした』



そんな日々の生活を知らせるメールが、岳のところにはよく届いた。

岳はスマホで写真を確認する。

並んでいたダンボールは、整理が出来たのか、写真に入らなくなっている。


「……何を真剣に見ているんだ?」


悟はそういうと、岳の携帯を覗き込もうとした。

岳はそれを阻止するために、携帯を裏返す。


「早く寸法を取ってくれ。効率悪いぞ」

「やっているだろう……しっかり」


岳は悟の店に行き、新しい靴を作ろうとしていた。

誘ってきたのは悟だったため、また、何か話があるのだろうと振ってみる。


「そうそう……愁矢さんから連絡があった」


悟は、『エントリアビール』次男の上野愁矢から、携帯に連絡が入ったと話す。


「……そうか」


岳は、とりあえず返事をした。


「婚約破棄から一転、逸美とこの秋に結婚をするそうだ」


悟はそういうと、お前が動いたんだってなと笑みを見せる。


「動いたと言われると、ずいぶん大げさに聞こえるな。
勘違いされているのは嫌なものだろう。
壊れた理由を、こっちの責任にしてほしくなかっただけだ」


岳はそういうと左手を口元に動かす。


「まぁ……よかった……」


頭の上から聞こえる岳の声に、悟は黙ったまま、足の寸法を取る。


「岳にとっては自己防衛でも、愁矢さんにしてみたら嬉しかったのだろう。
俺がお前と友達なのを知っているから、連絡をくれたのだろうし、
そう、相原さんも、かわいらしい彼女と幸せになって欲しいと、
逸美からの伝言ももらった」


悟は、足型をなぞった紙を抜き出し、それをしっかりと書き写す。


「幸せ……か」

「で……お前の今度の相手はどんな人なんだ? 逸美はかわいいと表現したけれど、
『三国屋』よりも上となると、アメリカロサンゼルスに本社ビルでもある
会社の娘とかか?」


悟は、あえてありえない設定をくっつけて見せた。

岳は『今度の』という言い方が気に入らないと、脱いでいた靴を履く。


「自分はどうなんだ、人のことばかりあれこれ」

「俺は現在進行形ですよ。お金を数えるのがうまい、セミロングの人」

「……それって、銀行に勤めているっていう……
お前、別れたたって言わなかったか」


岳は、修行に行く前に、別れた相手だっただろと悟に言い返す。


「男と女はわからないんだよ。一度別れてみて、
その存在の大きさに気付くこともある。この間、急に連絡があってさ。
久しぶりに飲みに行って……なんだろう、思い出したというのか?」


悟はそういうと、足型に『相原岳』と名前を残す。


「触れたところから、時間が戻る……というか、気持ちが盛り上がった」


悟は、そういうと片付けるから食事にでも行こうと立ち上がる。


「……だよな、普通」


岳のつぶやきに、悟は『何か言ったか』と声をかける。


「いや……」


岳はバッグを持ち立ち上がると、悟よりも先に店を出た。





「ごちそうさまでした」


あずさは食事を終えると、茶碗やお皿を重ねて運び、

片づけをするために流しの前に立った。

この場所に引っ越してから、すでに10日が経過している。

自分の足でしっかりと立ちたいという希望と、

岳と気兼ねなく会う場所があればいいと思う気持ちの中で、

一歩前進だと思っていたのに、その考えとは全く逆で、毎日ポツンと一人、

ただ日々を送るだけになる。

『何か美味しいものを作りますから、来てください』とメールを打つつもりになっても、

相原家で食卓を預かる滝枝の料理上手さをわかっているだけに、

そんな必要があるだろうかと思ってしまう。

『BEANS』のある場所と、相原家のある『東青山』の距離を考えると、

自分の住むこの場所に岳を呼ぶこと自体、余計な距離を走らせてしまうため、

疲れさせてしまうのではないかと、何度送信ボタンを押そうとしても指は動かなかった。

スポンジに洗剤をつけお皿を洗い、水で流していく。

蛇口をしっかりと閉めたあと、あずさは押入れを開けた。

岳に買ってもらった『リクチュール』のスーツが、

クリーニングから戻ったままの状態で、中に入っている。



『肩揉みですか……』

『あぁ……』



『アカデミックスポーツ』に勤め、向かいのビルで仕事をしながら、

岳と言い合っていた頃が、なぜか懐かしく思え、

あずさはため息を押入れに落とすと、襖を閉めた。



【44-3】



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