44 戸惑いのある部屋 【44-5】

「親子で、いい思い出が作れました」


逸美の言葉に、梨那は自分がそれほど参加していなかったからと返事をする。


「ごめんなさい……そんなふうに頭を下げられてしまうと……。
逸美さんの言うとおり、私もあなたに張り合っていたのだと思います。
今思うと、みっともないくらい、適当な仕事しかしていなくて。
それほどの重みのある会だったことも、今、知っているくらいで」

「ううん……」


逸美は、終わったことだからと梨那に言う。


「今、話を聞きながらそうだったなと振り返ってました。あなたが大学の同級生で、
いつも岳と張り合うって彼から聞いていたから、
私は彼の言うことには絶対に逆らわずに、いつもかわいらしい女性でいようと、
ずっとそう思っていた」


従順であることが、岳を自分の元に引き寄せていることだと思っていたと、

梨那は話す。


「そう……無理をしていたのかもしれない。もっとこうして欲しいという意見も、
全て押し込んでいた。黙っていないと、従っていないとって、いつも、いつも……」


梨那は、過ごしてきた日々を思い出し、寂しげな笑みを浮かべる。


「あなたに負けまい、いや、条件では自分が勝っているのだからと、
余裕と焦りを繰り返していたら、別れ話をされてしまって」


梨那は、好きになった人が、『逸美と梨那』両方を持っている人だと、

岳が言ったことを説明する。


「両方? あぁ……そうなのかな」

「逸美さん、知っているの?」

「うん……2回会ったの。性格まで細かくはわからないけれど、でも……」


逸美の中に、何度か見たあずさの顔が浮かぶ。


「とても素直な人だった。自分を飾らずに表現できる。誰かに負けまいとか、
自分を大きく見せようとか、そんな考えはまるでないような……」


逸美の言葉に、梨那も小さく頷く。


「……そうかもしれない」


梨那も、『三国屋』で岳と遠慮せずにやりあっていた、あずさの姿を思い出していく。


「梨那さん、ケーキ、何か食べません?」


逸美の誘いに、梨那は『はい』と頷いた。





『土曜日、一緒に食事に行こう。ドレスコードのある店なので、
以前買った、『リクチュール』のスーツを、着て欲しい』



岳からあずさ宛てにメールが届いたのは、水曜日の夜だった。

あずさは『ドレスコード』と言われて、どうしたらいいのだろうかと考えたが、

誘いを断っていては、杏奈の言うとおり化石になってしまうと思い、

脳は迷っている場合ではないと、勝手に指を動かし、

『わかりました』の返事を入れてしまう。

押入れを開けて、スーツを袋から出すと、あずさは袖に触れる。

考えてばかりいたら、本当に終わってしまうかもしれないと覚悟を決め、

スーツの両袖を持った。





『土曜日』

あずさの頭の中には、この日付がしっかりとインプットされた。

土曜日の次の日は休みであることもわかっている。

以前、コーヒーを飲みに行った時も、次は……と、岳からはそれなりの言葉を聞いていた。

あずさは仕事をしながら、時々思考が止まる。

せめて食事のマナーだけはしっかり覚えておこうと思い、

ナイフとフォークをどう取るのか、見えない場所にものを置いたと思い込み、

両手を動かしてみた。外側からそれぞれを持ち、ガリガリと音をさせずに使う。


「宮崎さん、何をしているの?」

「あ……すみません」


京子が後ろに立っていることなど知らずに、あずさは両手を動かしたため、

その動きのおかしさに、首を傾げられた。

何をしているのかと聞かれ、正直に答えるのもおかしいため、

ちょっと考え事をしていましたと、当たり障りのない言い方を選ぶ。


「ナイフとフォークは、外側から順番に取ればいいの。それにね、ご飯も、
無理にフォークの背中に乗せたりする必要はないのよ。食べやすいようにすればOK」


京子の言葉に、あずさはどうしてわかったのかと驚いて聞き返す。


「わかるわよ。後ろから見ていたら、両手を動かして、何やら切ろうとしていたし。
私もそんなことを考えたときもあったしね」


京子も昔、お付き合いをした男性と、ディナーに出かけたことがあると、

思い出話をし始める。


「彼は私より7つも年上で、父親が大学の教授、母親がモデルというハーフだったの。
商社でサラリーマンをしていて、会うのはいつもスーツ姿」


京子は、髪の毛は黒だったけれど、目が青かったのとアカンベをした状態になる。


「はぁ……」

「かっこよかったわよ。少女漫画に出てくるような王子様に見えた」


京子がそういうと、あずさはまた『ケヴィン』の話になるのだろうかと考える。


「身のこなしも素敵だった……ただ」


京子は書類をテーブルに置く。


「ただ?」

「うん、奥さんがいた」

「エ?」


京子は、それを黙っていて、付き合おうとしたのだと言う。


「しかも借金があった。不倫だけならと半分乗りかかったけれど、さすがに借金はね、
一気に冷めてしまったの」


京子はそういうと、やたらにかっこばかりつける男は、以外に薄っぺらいと意見を言う。

あずさは食事のマナーから、話しがずいぶん飛んでいると思いながらも、

そうですかと相槌を打った。


「大丈夫よ、宮崎さん。男と女の大切なところは、
ナイフとフォークの使い方ではないから」


京子は、きちんと食べようと思っている人のやることなら、

それなりに通用すると言い、両頬に人差し指をあてる。


「それより、笑顔……楽しく食べないとね」


京子の言葉に、あずさは『そうですね』と答え、書類の続きを読み始める。


「あ~……私の恋は……」


京子はあずさの斜め前に座り、松田聖子の歌った『青い珊瑚礁』を口ずさみ始めた。




そして、約束の土曜日。

あずさは、岳に言われた通り、久しぶりに『リクチュール』のスーツを着た。

部屋に置いた小さな鏡で、何とか全身を見ようとする。

仕事に向かうときも、もちろんそれなりに化粧はしているが、

今日はデートだとわかっているので、昔、お店で見つけて気に入ったイヤリングを、

耳につけることにする。

だいたいこの辺りだろうというところにつけるものの、

どれくらいの力で抑えたらいいのか、いまいちわからない。

簡単に取れてしまったら困るので、少しきつめに回すと、

その場で何度か小さくジャンプした。

軽く揺れたイヤリングは、両方取れずに残っている。


「よし……」


窓のカギ、コンロなど、戸締りをする前にいくつかの場所を確認する。

『帰ってこないかもしれない』ということを前提に、最後にもう一度チェックをした。





【ももんたのひとりごと】

『イヤリング』

みなさんは『イヤリング』派ですか? それとも『ピアス』派?
私はどっちもつけたくない派(笑)ですが、持っているのはイヤリングです。
あずさの行動のようなこと、つけなれない私はよくやっていました。
耳にしっかりとつくように、強めにネジを回して。
その場でピョンピョン……(笑)。だって、落とすの嫌ですもんね。




【45-1】



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