45 二人の時 【45-1】

岳が『岸田』の分譲地に行く予定があるというので、駅前で待ち合わせをした。

これから出てもまだ余裕があるだろうと思っていると、携帯が揺れ始める。

相手を見ると、岳だった。

あずさはもしかしたら仕事でダメになったのかもしれないと思い、

慌てて電話に出る。


「もしもし……」

『今、下に着いた』

「エ?」


あずさは岳の言葉に、玄関を開ける。

すると階段の下に、岳の車が見え、運転席から出てくる姿も見ることが出来た。

岳は受話器を耳にあて、あずさのことを見る。


『ほら、行くぞ』


あずさは慌てて受話器を閉じると、靴を履き戸締りをする。

『岸田』の駅で会うと思っていたので、ここまで来てしまうのは予想外だった。

とりあえず先に着いて、化粧室で自分の姿を見直そうくらいに思っていたのに、

心の準備もないままに、車の助手席に乗ることになる。


「『岸田』の駅前だって、言いましたよね」

「そのつもりだったけれど、気が変わった」


岳はそういうと、エンジンをかけすぐに出発する。

あずさは耳につけたイヤリングが、慌ててしまったことで取れていないかと、

すぐ指で触れる。


「今日は、全て任せてもらう」

「エ? 全てですか」

「そう……どこにいくか、何を食べるのか俺が決める」


岳はそういうと、車を走らせた。

あずさのアパートはあっという間に見えなくなり、車は広い通りに出た。

初めて走る道に、あずさはこれからどこに行くのかと景色を見る。

『任せる』つもりはあったけれど、『全て』という言葉が、妙にひっかかった。

それでも、それを聞く間もなく、時はスタートしている。


「これから、買い物をするから」

「買い物ですか」

「そう……まずは靴」

「靴?」

「そうだ」


あずさは自分の足元を見る。以前、リクチュールのスーツを着たときに履いていた、

パンプス姿に、何か問題があるだろうかと考える。

岳は、大学時代の友人が『WALKEL』の息子だと話し、

本店があるからとそこに行くと言う。


「好きな靴を選んでくれたらいい」

「ちょっと待って下さい。靴って……」

「君の言いたいことはわかる。今は靴は必要ありません。仕事用の靴は持っています。
それくらい自分で買えます。一人暮らしで出費がかかるから……だろ」

「……はい」


あずさは、『WALKEL』は高級な靴を扱う店だと、さらに話す。


「俺が買うのだから、問題はない」

「岳さん」

「以前、言ったよね。相原家から出て行くのは、嫌だからではなくて、
俺と同じ場所に立ちたいと」


岳の言葉に、あずさは『はい』と答えを返した。

自分の力で一人暮らしをして、岳と向かい合いたいという意味だった。

岳は『理屈はわかる』と前置きをする。


「理屈はわかるんだ。でも、同じ場所に立つ必要などないだろう。
よく考えてみればわかる。俺と君とでは年齢に5つ差があるんだ。
正直、収入にも差がある。それを同じにする意味が、どこにあるのかわからない」


岳は、あずさの独立したい思いを否定しているわけではないと言う。


「世の中とは不思議なもので、どうでもいいようなルールがそこにあったりする。
スーツを着ていないと入れない店があったり、顔を知っていないと、
入れない場所があったりもする。別にその場所だけが素晴らしいとは思わない。
コンビニのコーヒーだって美味しいと思うし、ファストフードも嫌いではないから。
ただ、自分の力で、その場所にも入ることが出来るのなら、俺は君を連れて行きたいと、
そう思うだけだ」


普段なら味わえないようなものも、自分が力を貸すだけで見ることも、

感じることも出来るのなら、その手助けをしたいだけだと話す。


「ただ贅沢だというだけではなく、あずさにも……見て欲しいと思うだけだ。
そんな世界も……」


岳は、『あずさ』と初めて名前を呼ぶと、今日は絶対に逆らわないことと念を押した。

あずさは岳の思いを感じ、『はい』と頷く。

二人を乗せた車は、『WALKEL』に向かった。





「さて、履きごこちはどうですか」

「はい。とにかく軽いです。履いていないみたいに」

「そう……それなら合っているのかな」


特に約束をしたわけではなかったが、悟がいたため、

あずさが靴を選ぶのを手伝ってくれた。

『リクチュール』に合わせた色使いの靴が、目の前に並べられる。


「この靴なら、結構、色々なものに合わせやすいと思う」

「うん」


悟にそう言われ、岳はあずさを見る。

あずさは嬉しそうに靴を履くと、その場で軽く歩く仕草をした。

悟はもう一度、足に当たるところはないかと、聞き返す。


「はい、大丈夫です」

「そう。それなら今日はこれで。次はぜひ、オーダーで」


悟は、自分の足にあった靴は、長く履いても疲れないものだよと、あずさに話す。


「オーダーですか」

「そう……」


悟は、岳が今履いている靴も、自分が作ったと胸を張る。


「そうなのですか」


あずさの視線が、岳の靴に向かう。

岳はその通りだという意味で、その場で頷いた。


「楽しみにしていますよ、次にお会いできるのを」


悟はそういうと、岳を見る。


「そのまま……履いていこう」

「はい」


あずさはありがとうございますと悟に礼を言うと、『WALKEL』を出た。

悟は二人の乗った車が走り出すのを、店の前で見る。


「本当に連れて来るとはな……」


曲がり角に車が消えた後、悟はエプロンを取ると作業室に入った。



【45-2】



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