45 二人の時 【45-2】

あずさは、買い物は靴だけだと思っていたのに、岳は車をさらに走らせ、

別のブティックに到着する。そこでは、東子も服を買うことがあるため、

岳が来たことを知り、すぐに店長が姿を見せた。あずさを紹介すると、

それならばと夏向けのドレスをいくつか出してくれる。


「これなんかどうでしょうか。パーティーの二次会などでも重宝しますし、
上着だけ変えることも出来ますよ。羽織ることももちろん可能です」


これほどまでに大きな鏡があるのかという大きさに、あずさは驚き、

どこかマネキンのようになってしまうが、出されたドレスのかわいらしさに、

自然と笑みが浮かぶ。

以前、岳と出かけたパーティーに、こんな服装で出かけることが出来たらと、

体に当てた状態で、じっと自分を見る。

結局、岳とあずさの買い物は、『WALKEL』から始まって、

2時間半ほどかかった。

出発した頃には、まだ存在を確認できた太陽も、今は完全に消えている。

あずさがバックミラーを見ると、車の後部座席には、洋服と靴の箱が並んでいた。

人生の中で、これだけ贅沢な買い物をしたことなど一度もなかった。

靴、そして服と買っていく中で、『申し訳なさ』よりも、

普段なら出来ないことが出来ている楽しさと嬉しさに、

気持ちが上向きになっていたが、いざ買い物をしたという現実を、箱の数で感じると、

本当にこれでよかったのかと、不安な気持ちがわきあがっていく。


「今日は、このまま一緒にいよう」


『一緒に』という意味を、あずさの頭より先に、心臓が受け入れた。

鼓動が一気に速まっていく。岳の運転する車は、とあるホテルの駐車場に入った。

地下の駐車場には、結構な高級車が並んで停めてある。

『一緒に』ということがどういうことなのか、聞くまでもないことで、

あずさはバッグを握りしめる。


「行こう」

「……はい」


あずさは助手席を出ると、一度耳に触れた。

イヤリングは落ちていないが、少し金具の止めてある場所が、痛む気がする。


「どうした、大丈夫?」


岳の問いに、あずさは黙って頷き、姿を追いかけた。

これから食事に向かう店で、まずはなんとか恥をかかないようにと考える。

前を歩く岳は、こういった場所には慣れているので、足取りも軽いが、

あずさはついていくだけで必死になる。

エレベーターに乗ると、同じように正装をしている年配の客が数名いた。

場所に驚いている様子もなければ、迷いもない。

誰も言葉を発しないまま、階数は上がっていく。

エレベーターが開くと、いくつかの店が目に入った。

岳についていくと、そこは引き戸のある店構えで、カラカラと扉の動く音がする。


「相原です」

「はい」


店員はすぐに二人を奥へと案内した。

同じように仕切られた場所がいくつかあり、簡易的な個室になっている。

先に食事をしている人たちの姿を見るが、思っていたよりも正装ではなく、

軽めの服装だと思える人も、数名いた。

あずさはとりあえず席に座ると、前を見る。


「岳さん」

「ん? ここの小鉢はどれも美味しいから、色々と頼もう」

「あの……『ドレスコード』って言いましたよね」


あずさは、その割にはみなさんそれほど堅苦しくない服装ではないかと、

あらためて周りを見る。


「うん……あれはまぁ、ちょっとした脅かしかな」


岳はそういうと、メニューを見始める。


「脅かし?」


『脅かし』というセリフに、あずさは騙されたような気分になる。


「どういうことですか。私、今日はこう……ナイフとかフォークとかを使って、
食べるのかもしれないと思って、緊張したのに」


あずさはそういうと肩の力を抜くように息を吐く。

目の前に座る岳は、そんなあずさの様子がおかしいのか笑いだす。


「大丈夫、ここは箸」

「笑わないでください。私……」

「笑っているわけじゃないよ。マナーなんて気にすることじゃないと言っても、
それは無理だろうしね。ホテルで食事というのは、そんなところばかりじゃない」


岳は、あずさが緊張していることがずっと気になっていたと話す。


「引っ越しをした日、明らかに戸惑っていただろ。杏奈さんたちがいたときには、
すごくリラックスしていたのに。俺と二人になった途端、顔がこわばっていた」


岳は、初めて見るような顔だったと、思い出し笑いをする。


「そんなふうにと言いたいところですが、確かにひきつっていたと思います。
自分自身、後から、申し訳ないと思って」


あずさは、その違和感が岳にも伝わっていただろうと、反省する。


「そう、その日の帰りには、確かに思った。どういうことなんだって。
でも、もしかしたらと思ったら……」


岳は、『今は言わない』と口を閉じる。


「中途半端ですね」

「うるさいな。今はいいんだ。今日は逆らわないと決めただろ」

「逆らっていません。聞きたいだけです」

「ほら、メニュー」


岳は話をそらすつもりで、あずさの前にメニューを出す。


「値段もいいけれど、でも、それだけに価値がある。さっきも言ったけれど、
俺が君に食べさせようと思ってここへ来た。妙に遠慮したり、考えたりしないこと」


岳は、『逆らわないこと』とさらに念押しする。


「……何度も言われると、嫌な感じです」


あずさはそういうと、メニューを見る。

岳も同じようにメニューを見ると、オーダーをするために軽く手をあげた。



ナイフとフォークが並ぶ、ディナーというものではないが、

岳の言うとおり、ここでの食事は全てがあずさにとって、

初体験とも言えるレベルのものだった。

ただ美味しいというだけではなくて、肉の柔らかさ、焼いた炭火の匂い、

添え物として何気なく置かれている薬味のひとつまで、

今までには食べたこともないようなものがある。

知らないのだから知っている人に聞くほうがいいと思い、

あずさは店員の語りを頷きながら受け入れた。

岳は、表情の固かったあずさが、少しずつ柔らかい笑みを見せていることに気付き、

小さく息を吐く。


「『BEANS』の入社式のことを、今でも覚えていて。
ごく当たり前に、他の社員と同じ場所に立ったつもりだったのに、
どこからか社長の息子が来たという噂も入り、
気付くと回りには野次馬のような先輩社員が立っていた」


岳は、どんな顔をしているのか、見に来たのだろうと、

当時のことを思い出しているのか、寂しげな笑みを見せる。


「まぁ、そうなることもどこか予想していたし、遅かれ早かれ入社すれば、
色々な噂が走ることも覚悟していた。だからこそ、
仕事には絶対に手を抜かず、他の人が並べないものを作ろうという思いがあった。
遠慮もしなければ、容赦もしない。場所も、材料も、徹底的にこだわりを持って、
表現したいとそんなふうに」


岳の話は、あずさがデザートの『あんみつ』を食べている時に始まった。



【45-3】



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