45 二人の時 【45-5】

引っ越しの後、二人になったときにぎこちなかったのは、嫌だったからではなく、

経験がないから、どういう対応をすればいいのかがわからなかった。

悟との会話の中で、あずさが今までどう生きてきたのか、岳にはそれがわかった。

25歳の女性だと思うと、今までの出会いとは違い不思議な気持ちにもなるが、

祐の話題に、落ち込んだ顔を見せていたことを思い出し、

『時計』が完全に止まった状態だったのだと、それを知った。

今、自分とあずさがここにいるという事実が、

庄吉と玉子からの長い時間の中にあると思うと、複雑さを通り越して、

『運命』さえも感じてしまう。

岳はテーブルの上に残されているあずさのバッグを見ながら、

『すぐに戻る』と報告した愛しい人の姿を待ち続けた。





日付が変わって数分後。

東子はスリッパの音をパタパタとさせながら、リビングまで降りてきた。

頼るあてのない宿題は、予想より長い時間をかけ、やっと完成する。

駐車場の車を確認すると、やはりそこに岳の車は戻っていないことがわかる。

東子は自分の姿が、窓ガラスに映っているのを見ると、

持ったペットボトルを少しだけ持ち上げ、軽い乾杯の仕草をした。





『全てを任せて……』

あずさは岳に言われたとおり、ただ、気持ちにウソをつかないことだけを考えた。

わからないものはわからないのだからと、委ねる姿勢を貫きながらも、

それでも、初めて見える景色と、岳の唇や指先が自分に残していく感覚に、

自然と頼れるものを探し、背中を掴んだ。

誰にも見せたことがないあずさ自身を、見つめる優しい目の存在に、

当然照れくささはあるものの、それでも、『逃げてしまいたい』とか、

『違和感』などは何もなく、自然と全てを受け止めることが出来た。

唇から、勝手に語られてしまう吐息という愛情表現に、自分自身驚き、

慌てて口を塞ごうとすると、その手は余裕のある岳に、すぐはがされた。

それでも、この人ならば、この後どうなっても後悔はないだろうという気持ちだけは、

あずさの心の中にあり続ける。岳の肌の熱と、耳に届く息遣いを感じるたび、

あずさはもっと愛されたいと、自然に思いを抱くようになっていく。

重なる唇と手を握りあう強さの中で、以前、杏奈が言っていたように、

『幸せ』とはこういうものなのだと、ぬくもりの中に感じ続けることが出来た。

惹かれあうもの同士だから理解しあえる時間は、あずさを優しく包み込むと、

かすかな痛みと確かな余韻を残していった。



「あずさ……」


岳の声に、あずさは顔をあげる。


「大丈夫か」


あずさは無言のまま、それでも大丈夫だとしっかり頷いていく。


「今まで、ずっと……先輩への思いを、抱えてきたということ?」


あずさは、時を過ごした岳が、その経験のなさに気付いているのだとわかる。


「……そのつもりはなかったんですけど、でも、そうかもしれません」


あずさは、こんな性格なので、元々もてたこともないしと、笑ってみせる。

どこか、ふざけてみせた方が、軽く流せる気がしたが、

岳の表情は真剣なままになっていた。


「そうか……」


あずさの顔にかかった髪を、岳は指でどけていく。


「だとしたら……辛かったな」


岳はそういうと、あずさの耳に触れる。

あずさは、少し痛そうな顔をしたあと、イヤリングを強めにつけすぎましたと笑う。


「あぁ……耳を見ていても、痛そうだった」


あずさは、岳に触れられていることがはずかしく、

少しすれば治りますからと、下を向く。


「今日と言う日を、あずさが後悔しないように……」


岳の言葉に、あずさは顔をあげる。


「後悔はしません……今、とっても……」


あずさは自分の右手で、岳の腕をつかむ。


「ふわふわした……幸せな気分ですから」


今まで、言葉で表現しようとしても、いつも失敗していたあずさの口から、

初めて岳に語られる本音だった。岳の指は、耳から頬に動く。


「なぁ……」

「はい」

「イヤリングなんて無理につけなくていいし、無理に気を張る必要もない。
今日はこんな場所を選んだけれど、俺はあずさの部屋で会うこともいいと思うし、
何か、買って食べることになっても、それはそれでいいと思っている」


あずさもそうですねの意味を込めて、小さく頷いた。


「一緒にいようと思うことが、一番大事だと思う。
だから、もっと、わがままでいい」


岳の腕が背中に動き、あずさの体は、また引き寄せられる。

あずさは息のかかりそうな距離に岳を感じ、少し前までの時間を心に呼び戻す。


「そういえば……」

「エ……」

「あずさが東京に来た日の夜、俺、ベッドにもぐりこんだな……と」


岳は、今まで亡くなった母がいた部屋は、自分の避難場所だったからと笑みを浮かべる。


「避難場所」

「あぁ。あの部屋から見える街の景色が好きで、
それに、みんなが生活している建物と雰囲気が違う場所にいることで、
どこか、自分自身を保てていたのかもしれない」


岳は、そういうと思い出すことがあるのか、少し目を閉じる。


「そうでした……私、驚いてベッドから落ちて」


あずさもその日のことを思い出し、なんだか懐かしいですねと笑う。


「岳さん……」

「ん?」

「今も、あの部屋に入りたいと思いますか?」


あずさは、まだ相原の家に息苦しさがあるのだろうかと思い、尋ねてしまう。


「うん」


岳の言葉に、あずさはまだ『居心地の悪さ』があるのだろうかと、心配する。


「でも、以前とは理由が違う。あの部屋は……君を思い出すから」


岳はそういうと、あずさの頬に触れる。


「でも……もう入らないと思う」


岳の指が、あずさの唇に触れ、そして引き寄せられる。

二人の唇が、優しく触れていく。


「思い出す必要はなくなった……」


あずさはよかったと思い、岳の頬に手を伸ばす。

再び触れ合った互いの気持ちは、さらにゆっくりと時を重ねあった。





【ももんたのひとりごと】

『大人のシーン』

あずさが『枯葉』にならずに済みました(笑)。
いやぁ……こういったシーンを描くのは、苦手です。時々のぞく他の方の創作の中に、
素敵な『ラブシーン』があると、いつもうらやましく感じます。
セリフと描写がしっかりマッチしないと、違和感でちゃいますし。
どうかなぁ……どうなのかなぁ……と、いつも心がざわつきます。(笑)




【46-1】



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コメント

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嬉しいな

拍手コメントさん、こんばんは

>二人の時間 とても静かで 素敵な時間でした

ありがとうございます。
話ごとに違ったものが書けたらなと思いますが、
なかなか腕が上がらずじまいで。

これからもお気楽にお付き合いくださいね