46 ご指名の人 【46-1】

「いただきます」


次の日の朝、『ルームサービス』で運ばれてきた朝食を、

あずさは美味しそうに食べ始めた。

クロワッサンのふっくらした食感と、

オレンジジュースの心地よい酸味に、自然と笑みが浮かぶ。


「ここのパンは有名なんだ。世界大会で金賞を取ったらしい」

「金賞ですか……」


あずさは食べるのをやめ、手に持ったクロワッサンを半分にしてみる。


「そうなんだ、買って帰ろうかな」


あずさはお店はどこにあるのかと、岳に聞いていく。


「気に入ったのなら、また連れて来るよ……そう言っただろ」


岳は、あずさと同じようにクロワッサンをちぎり口に入れる。


「それはわかっていますけれど、でも……明日も食べたいですし」


あずさは美味しいものは何度でも食べられた方がいいと、嬉しそうに笑った。





日曜日の昼間、学校が休みになる東子はスマートフォンをいじりながら、

リビングに座っていた。しばらくすると外にエンジン音が聞こえたため、

岳が戻ったのかと駐車場を見る。

しかし、そこに来たのは1台のタクシーで、玄関に飛び込むように入ってきたのは、

千晴だった。


「あら、東子……部活は?」

「もう引退です。付属とはいえ3年ですから」

「そうか……そうよね」


千晴はどこか嬉しそうに東子の前を通り、そのまま浩美がいる部屋の方へ向かった。

仕事や結婚のことをあれこれ言われる敦とは違い、東子にとって千晴は、

それほど嫌な存在でもなかった。以前、お気に入りのバンドのコンサートチケットを、

事務所のつながりで取ってもらったこともあり、その型にはまらない生き方も、

『らしい』というイメージで見ることも多かった。

東子はまた、視線をスマートフォンに戻すと、指を動かしだした。



「今日はどうしたの、突然」

「突然になったのは、この情報がまだ表には出ていないからと言うこと。
それに……武彦叔父さん、ゴルフでしょ」


千晴はそういうと、1枚の名刺を出す。


「何? この名刺」

「まぁ、今はいいの。それは後から説明する。ただ先に聞くのは私。
ねぇ……今日、叔父さん。『TVCテレビ』の副社長とゴルフでしょう」


千晴は、そこに大手芸能事務所『ベルベット』の社長も一緒のはずだと、

部屋の中をゆっくり歩きながら浩美を見る。


「さぁ……どなたとご一緒なのかは聞いてなかったわ。
今日はもともとの予定になかったけれど、
急遽メンバーが揃ったからと出かけてしまったし」

「急遽なのは、色々と動きがあるからよ」


千晴は、空いている椅子に腰かける。


「動き?」

「そう……「『ベルベット』のエースと言われている『萩野カンナ』。
その子の主演ドラマが、『BEANS』の持っている枠に決まった。
それで……ということよ」


千晴は、事務所にしてみたら、絶対に成功させたいドラマなので、

テレビ局やスポンサーに対して、色々な協力体制を築かせるつもりだと話し続ける。


「また何を言い出すのかと思えば……。ゴルフでどんな話をされているのかなんて、
私から聞くこともないし、むしろ、必要なことだと思えば、武彦さんが語るのは岳よ」

「わかっているわよ、私だって。岳と遠慮なく話しが出来るようになっているのなら、
叔母さんのところになんて来ないって」


千晴はそういうと、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出し、

勝手にグラスを出すと、注ぎ始める。


「噂によるとだけど、内容は業界ものらしくて。それが……」


千晴は、あらためてテーブルに置いた1枚の名刺を持つ。


「なんだか、色々な業界を巻き込んだものらしいのよね……。
今回連絡をくれたのは、以前世話になっていた事務所で専務をしていた人なのだけれど、
今は『ベルベット』にいるのよ。で、『萩野カンナ』を実際に
『BEANS』が建てたマンションに住まわせて、
現実とドラマのコラボを実現するという構想なの」


千晴は、とにかくスケールの大きい話だと、嬉しそうに語る。


「ねぇ……ここ。今伸びている企業なの。コラボ商品にも力を入れているし、
元々、ダイエット食品とか売れていて……」


千晴は名刺の企業を、そう説明する。


「『ザナーム』って……あずささんが異動した企業でしょ」


浩美は、『アカデミックスポーツ』が買収されたと、千晴に説明する。


「何……あの子、『ザナーム』に行ったの?」

「えぇ……武彦さんからそう聞いたけれど」


千晴は、『ザナーム』の担当者から、名刺を受け取った時のことを思い出す。


「そうか……そういう意味なのか」

「何?」

「ううん……この花輪って人と会った元専務がね、
元モデルの仕事をしていた私が『BEANS』に就職していて、
社長家族と親戚だと説明したのだけれど、この人、そうですかって妙に冷静で。
専務もね、恩を売れるかと思って私を紹介してくれようとしたみたいなんだけど、
『BEANS』につてでもあるのかと思ったって、そうか……そうなのね」


千晴は名刺の名前を見ながら、何度か頷く。


「宮崎あずさを……知っているってことなんだ」


千晴はそういいながら、『花輪秀樹』の名刺を指ではじく。


「ねぇ、叔母さん。叔父さんに頼みたいの。『萩野カンナ』の担当、私にしてって」


千晴はお願いしますと浩美に頭を下げる。


「そんなこと……」

「相手はわがままなアイドル女優なの。私なら、同じ業界に少しはいたから、
どういうことを望むのかだって理解できる。
ワンクールの撮影だとしたら少なくても2ヶ月くらいはかかるわけで。
もし、『BEANS』での撮影なんかもあったら、
業界を両方わかっているのだもの便利でしょ」


千晴は、近頃楽しいことがないからむしゃくしゃしていると、

アイスコーヒーを飲みほし、残った氷を噛みつづける。

千晴のわがままな意見に、浩美はため息をつくと、夕食はどうするのと聞いていた。





岳があずさを送り、家に戻ってきたのは、昼を過ぎた頃だった。

リビングに入ると、東子とファッション雑誌を見ていた千晴が顔をあげる。


「どうも……」

「あぁ……」


岳は、千晴がまた浩美のところに来たのだろうと思い、そのまま部屋に向かう。

リビングからあっという間に岳の姿が消えた。


「相変わらず無愛想ね、東子の『一番上のお兄さん』は」


千晴はそういうと、横目で岳を見る。


「そんなときばかりでもないけどね……あ、見て、千晴さん、これかわいい」


東子は雑誌に出ている小物がかわいいと、指でさした。



【46-2】



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