46 ご指名の人 【46-2】

『あずさ……』



その日のあずさは、岳に送り届けてもらってからも、

どこか前日のデートの流れを引きずったまま、焦点の定まらない時間を送っていた。

クッションを握りしめ部屋に座っていると、思い出されるのは岳が自分を呼ぶ声で、

緊張していた時間がウソのように、今は、全てが大切な1ページに変わっている。

一歩進むことは、とても大きな壁があるような気持ちになっていたが、

岳の手を握り部屋に入ったおかげで、

乗り越えることを自然と受け止めることが出来た。

あずさは岳に買ってもらった靴や服を並べしばらく眺めていたが、

夕日がそろそろ傾く頃になると、自然とお腹がキュルキュルと鳴り始める。

あずさは、次はここに岳を呼び、自分の料理を食べてもらおうと思いながら、

財布を持ち、買い物のために部屋を出た。





次の日、千晴が浩美に話をしていた通り、武彦は社内にいる広報担当者と、

岳を含めた企画の関係者も数名、会議室に集めた。

議題はもちろん、新作ドラマでの協力体制ということになる。


「みなさん、お忙しいところを申し訳ありません。
それでは、これから臨時の会議を始めさせていただきます」


司会として前に立ったのは、『BEANS』の広報担当者だった。

以前より『BEANS』が広告を出し、スポンサーとなっているドラマ枠で、

秋から予定されているものが決定し、

そこに、初めてとも言える協力体勢を築く依頼が来ていることを話す。

千晴が話したとおり、主演は『萩野カンナ』で、

今回、彼女が生活するマンションの間取りを、

『岸田』で売り出す分譲マンション、そのままを利用するというものになる。


「『萩野カンナ』が演じる女性は、
男性と渡り合うほど実力のある1級建築士という内容で、組織を持たず、
仕事の依頼があったところに行き、目の前に起こる問題を解決していくと言う内容です」


岳は、資料として出されたものを軽く読む。

本来、岳が担当するのは建設段階までなので、実際の物件が完成すると、

そこを主に動くのは広報や営業部の仕事とも言えた。

しかし、今回はドラマの中で描かれる部分もあり、関係者として呼ばれている。


「今回の脚本家は、以前、こういった業界に縁があった人なのだそうです。
ですので、リアル感を出すために、企画関係部門にも、協力をお願いします」


広報担当者は、岳たちの座る場所を見て、頭を下げる。

ドラマ撮影とはいえ、工事現場の中ですることは無理なので、

実際は、『岸田』の分譲で売り出す部屋と、同じ間取りのセットをスタジオに組み、

そこを使うのだと言う。


「洋服や靴など、タレントが身につけたものが売れると言うジンクスもあります。
今回は思い切って、うちのマンションをそこに当てることにしました」


萩野カンナに仕事の話をして、指導をする担当者を決めることなど、

ページをめくると、岳の知らない情報が、少しずつ明らかになる。

そしてその次のページの中身を見たとき、岳の指が止まった。



『萩野カンナ担当 経営企画事務補助 川井千晴』



カンナのそばで、しばらく会社との橋渡しをする役割として、

プリントにはすでに千晴の名前が記入されていた。岳は会場の中を軽く見る。

会場の一番後ろに、千晴が確かに座っていた。

岳は、昨日、千晴が相原家に来ていた意味を、そこで知る。


「みなさんのご協力をお願いします」


広報担当者はそう話を閉めると、武彦が立ち上がった。





「いつ、こんな話しが出ていたのですか」


会議を終えた後、岳は武彦のところに向かった。

ドラマのスポンサーは、もう数年前からのものなので問題ないが、

分譲マンションの間取りを公開したり、撮影場所に会社全体で協力するという話しは、

今まで一度も出てきたことがない。


「実は、水面下で色々と動いていたことだ。
私も、始め聞いたときにはどうかなと思ったところはあるが、
『TVCテレビ』には世話になっている。お前が最初に指摘していた通り、
『岸田』の物件は、平均点はこなせるものの、最上級の評価をもらえるものでもない。
だとすると、特徴を持たせる一つの手段として、
こんなやり方を試すのも悪くはないのではと、副社長からも押しがあった」


『BEANS』には、武彦の片腕とも言える副社長が存在している。

元々、会社の広報を仕切っていた人だけに、業界外の知り合いも多かった。

岳はCMで数回賞を取っているのも、この人の存在が大きいと思っている。


「確かに、大きなダメージにならなかったとはいえ、『岸田』では事故も起きました。
そのイメージを払拭するという意味でも、いいかもしれませんが……」


岳はプリントをめくる。


「主演女優のそばにいる担当者が、千晴さんになっています。これは……」

「あぁ、うん。浩美も申し訳ないと言っていたよ。昨日、千晴ちゃんがうちに来てね」

「会いました。まぁ、彼女がうちに出入りすることは、
そういうことかと思いましたが……」


岳は、まだ業界に未練があるのだろうかと、軽くつぶやく。


「千晴ちゃんも、かわいそうなところがあるんだよ、岳。
期待に応えられなかったという申し訳なさで、毎日、考えることも多いらしい」


武彦は、千晴がモデルで有名になることを周りから期待されたのに、

結局、その業界にいられず、みんなの世話になっているだけなことが、

申し訳ないと思っていることを話す。


「本当ですか……」


岳は、気持ちはほとんど『それはウソだろう』という意味を込めて、そう言葉に出した。

千晴が、自分が少し綺麗だということを鼻にかけ、営業事務とは言えないような服装で、

社内を歩いていた姿を思い出す。


「昨日、私と浩美の前で、そう言っていた」


武彦は、そういうと書類をデスクにしまう。


「まぁ……これくらいならいいだろう。そういった場面を経験しているから、
撮影に浮付くこともないだろうし」


武彦は、千晴がいなくても企画は問題ないだろうと岳を見る。

岳は『そうですね』と言いながら、しっかりと頷いた。



武彦と岳の話を知らない千晴は、化粧室の鏡の前に立っていた。

モデルとして業界の門を叩いてから、色々な挫折を経験し、結局、

思い通りの未来は描けなかった。それならばと『BEANS』に入り、

社長の親戚であることを理由に、それほど大変ではない仕事を請け負い、

自由な自分を満喫してきたが、

さらなる上を目指すためにと思いアクションをしかけた岳には、

まるっきりと言っていいくらい相手にはされず、従兄弟の敦を上に立てようにも、

本人にその気がなく、少し仕事の出来る男に、嵐を起こさせようとしたが、

それも岳の腕に、未然で防がれてしまう。



『千晴……』



千晴にとって、この仕事に意味があるのは、モデルとしての懐かしさではなかった。

ドラマのプロデューサーとして現場に乗り込んでくる男、『川端雄哉(ゆうや)』にある。

千晴は、あの頃よりも力を持った雄哉との再会に、

何かが起きるかもしれないと、お気に入りのルージュを取り出すと鏡の前に立ち、

ゆっくりと唇につけた。



【46-3】



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