46 ご指名の人 【46-4】

「女優さんの相手?」


その日の昼休み、あずさは友華と食事をしながら、

花輪と行動することになった話をする。

花輪とあずさのいきさつなどあまり知らない友華は、スタジオとかに行けるのなら、

なんだか楽しそうねと笑みを浮かべる。


「でも、あずさちゃんは楽しくなさそうね」


友華は、あずさの顔があまり乗り気に思えず、上向きだったトーンを下に落とす。


「自分自身、何もないんだなと、あらためてそう思う」


あずさは、会社の重要なポストを任されている人間なら、

急に仕事の内容が変わったりはしないだろうと、おかずの玉子焼きを口に入れる。


「京子さんをはじめとして、
以前から『ザナーム』に勤めている社員さんは他にもいるでしょ。
私が一番中途半端というか……」


あずさは、『BEANS』の名前を出されての仕事だけに、

また何か嫌な予感がすると、友華を見た。

友華は、この間まで『BEANS』との関わりを指摘され、

祖父から、アパートが借りられなかったことを思い出す。


「あずさちゃんにとっては、不満なのかもしれないけれど、でもね、私……
あずさちゃんは選ばれているのだと思うの」


友華はお弁当を食べていた箸をおくと、あずさを見る。


「選ばれている?」

「そう……。群馬の実家から東京に出てきて、それから色々なことがあっても、
あずさちゃんは決してめげることなく、前向きに頑張ってきているでしょ。
あなたに助けられたと思う人がたくさんいて、
『ありがとう』と感謝する人がたくさんいて……そう、少なくとも私はそうだし」

「友華ちゃん」

「なんだろう、流れていた空気とか、変わってくるのよね、あずさちゃんがいると。
だからきっと、この仕事にもまた、関わる意味があるはず」


友華は、気持ちの乗らないあずさを励まそうと、前向きになれる言葉を並べてくれる。


「愚痴ならいくらでも聞くから、だから……ね」


友華の励ましに、あずさは小さく頷くと、

一番楽しみにしていたと、から揚げを口に入れる。


「美味しい」

「うん」


二人は会社の物置が、どんなふうに変化するのか楽しみだと言いながら、昼食を続けた。





「あずさが?」

「はい、そうです」


それから2日後、あずさの部屋に岳が訪れることになった。

あずさは花輪に渡された書類を岳に見せる。

岳は撮影場所として、たしかに『ザナーム』の通販事業部が入っていることを確認した。


「新人に着くって言うのは、どういうことなんだ」

「芸能界の事情はよくわかりませんけれど、
『アカデミックスポーツ』を宣伝するいい機会だと思っているみたいです。
『BEANS』は全面協力だって、花輪さんが言ってましたよ。
岳さんは関係ないのですか?」


あずさはそう言った後、

経営企画は関係ないですねと、すぐに背を向け豆腐を手の上で切る。


「千晴さん……知っているだろう」

「はい。敦さんの従兄弟だっていう……何度か会社でお会いしました。
とっても綺麗な方ですよね」


あずさは、東京に出てきたばかりの頃に会ったので、女優さんかと思ったのだと、

そう話す。


「主人公になる『萩野カンナ』の世話係として、自ら立候補した。
となると、あずさとも会うことになるかもしれないな」


岳は、そういうと、台所で味噌汁を作るあずさを見る。


「あずさ……」

「はい」

「人のことなどお構いなく行動する人だ。何か言われても気にしなくていいし、
もし、色々と言って来るようだったら……」

「誰がですか?」


あずさは、誰が色々と言うのかと、岳を見る。


「だから……」

「千晴さん?」

「そう」

「私にですか? どうして」


あずさは全然大丈夫ですよと笑顔を見せる。

お玉を持ち、味見をすると納得できたのか火を止めた。


「むしろ、全然知らない人がいるより、心強いです」


あずさの言葉に、岳は立ち上がり、まだ何か言いたそうに近付いてくる。


「時々……君はどこか別の国から来たのかと思うことがある」


岳はそう言いながら、あずさを引き寄せる。


「今はわからなくてもいい。とにかく、何かあったら隠さずに言うこと」

「……はい」


あずさは『わかっています』という意味を込めて、小さく頷いた。





『宮崎あずさ』


あずさが資料をもらっているのと同じように、

千晴も新人女優に説明担当として着くのが、あずさだと言うことを知っていた。

今までは、岳や敦のまわりをうろつく女くらいにしか思っていなかったが、

今回、千晴には自分なりの計画があったため、

あまり知り合いに近い人物がそばにいることは、望むところではなかった。

それでも資料を半分に折り、自分の左となりに置く。

カウンターの横に座った男は、その紙を手に取り一度開くと、千晴を見る。


「少し、ため息が出た気がするけれど」

「……よくわかるわね」

「わかるよ。俺は過去に愛した女性のクセは、一生忘れないからね」


千晴の隣に座ったのは、今回、『萩野カンナ』が主演することになった、

ドラマのプロデューサー川端雄哉だった。

千晴がモデルを目指し、大勢の中の一人として頑張っている頃、

雄哉はまだ、アシスタントプロデューサーで、

地位のあるものには媚を売る女性タレントたちからは、

あまり相手にされていなかった。しかし、千晴は雄哉の真面目な仕事振りを見て、

同じ『上を目指す仲間』として、何度か飲みに行ったり、行動することも増え、

朝まで語らうような時間を持ったこともある。


「川端さんの過去なんて、数え切れないでしょうから、大変ね、覚えているのも」


千晴はそういうとカクテルのグラスを持つ。


「俺の仕事だと知ったら、千晴からは絶対に避けられると思ったけれど、
驚いたね。今回、こんなふうに関わってくれるとは」


雄哉はタバコに火をつける。


「あの時……あなたに止められなければ、私の運命は変わっていたのかもと、
今でも思うことがあるからよ」


千晴は雄哉の顔を見ないまま、何かを思い出していく。


「運命ね……」


雄哉の吐き出した煙は、カウンターの上へ向かって、ゆっくりと伸びていった。



【46-5】



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