47 彼女の魅力 【47-1】

「知っているわよ。『BEANS』の相原岳……そうでしょう?」


輪ゴムを飛ばすという挑戦的な行為を止めたカンナは、

岳を知っていると言うと、自分の右手を前に出した。


「『BEANS』さん、とにかく、よろしく」


カンナの出した手を、千晴は立ち上がり握り返す。

カンナの視線は、千晴ではなくその横に立つ岳へ向かう。


「ねぇ……あなたも握手」


カンナは、次はあなただと自分の右手を岳の前に出したため、その手を岳が握る。


「ちょっと……」


岳の手にこめた力は、握手とは程遠いくらい強いものだった。

カンナは引き抜いた手をさすり、岳を睨む。


「申し訳ない。『心がない』握手をする習慣がないもので。
力加減がわからないのかもしれません」


千晴は、自分に向けた岳の態度に、カンナが怒り出すのではないかと思い顔を見るが、

逆に楽しそうに笑い出す。


「さすが『BEANS』の社長の息子ね。あなたおもしろい。
今回の役は、群れない女だって聞いているし。そういう態度も参考になるわ。
毎日、スタジオとか入りっぱなしなのは退屈だし……」


カンナはそういうと、携帯をいじり始める。

すると部屋をノックする音が聞こえたため、カンナは『はい』と声を出した。

開けて入ってきたのは、今回、新人として初めてドラマに出る美佳だった。

隣には、目つきのあまりよくない、マネージャーらしき男が立っている。

岳は、美佳の撮影に付き合うと聞いていたあずさもいるのかと、

その後ろを見ようとする。


「あの……星川です。今回……」


美佳の声を聞きながら、隣のマネージャーは、明らかに不満そうな顔をする。

美佳はその視線に気付かないまま、カンナに『よろしくお願いします』と頭を下げた。

カンナは立ち上がることもせずに、『はい、どうも』と声だけを出す。

美佳はすぐに失礼しますと、扉を閉めた。


「あぁ……面倒。いちいち挨拶なんて」


カンナはそういうと、また携帯を動かし始める。

すると、アイスを買いに行ったマネージャーの佐藤が、戻ってきた。


「カンナさん、これ」

「……何よ、みなさんの分は?」

「あ……あの」


佐藤は岳や千晴の分がないことに気付き、『すみません』と頭を下げる。


「そんなことは結構ですから」


千晴はすぐに答えると、スケジュールの打ち合わせの続きをと佐藤に言った。

カンナはスプーンのビニールを外す。


「気がきかないなと思われちゃうのにな……スポンサーさんに」


そういうと、一人アイスを持ったまま出て行ってしまう。

扉が閉まった後、佐藤は岳と千晴に向かって、『すみません』と頭をあらためて下げた。


「いえ、食べたければ自分で買いますから」

「いえ……そうではなくて。カンナがあんな態度しか取れなくて、申し訳ないと」


佐藤は自分がコントロール出来ていないと、手帳を出しながらつぶやき始める。


「大学を出て、大手の芸能事務所に入ったのに、あんなタレントにこき使われて、
腹が立つことばかりですよ。いずれ、もっと上に立って、
こっちの言うことを聞かせたいと、思っていますが……。まぁ、今は、えっと、ですね」


岳は分譲マンションの間取りを取り出すと、どこかイライラしている佐藤に、

こちらから説明させてくださいと話しかけた。





「なんだよ、今の声は!」

「すみません……」

「萩野カンナににらまれたら、この先はないと言っただろ!」


その頃、カンナに挨拶をした美佳は、自分の部屋に戻る前に、

マネージャーから怒りの言葉を浴びていた。

二人の到着を廊下で待っていた花輪とあずさは、その剣幕に思わず視線を向ける。


「いいか、CMに出られているのも、自分の力じゃないんだよ。
自分が実力があるなんて思うなよ。お前の代わりなんて、いくらでもいる」

「……はい」


マネージャーの怒りは収まらないようで、『挨拶』の話しから、目つきだの、

ものの言い方だのと、どんどんエスカレートする。

色々な人たちがいる前で、言いたいことだけを並べている男を見ながら、

これではいじめではないかと思ったあずさは、そばで聞いているのがつらくなり、

廊下に並べてある畳まれていたパイプ椅子を、

よろけたふりをしてわざと倒してしまう。

ガチャンという大きな音が、廊下中に響き、あちらこちらから注目を浴びた。


「すみません……失礼しました」


あずさは立ち上がり、元にあった場所に、椅子を戻す。

美佳のマネージャーは、『ザナーム』の二人がいたことに気付き、

お待たせしましたと、急に顔色を変えた。


「すみません、どうぞ」

「はい」


花輪は立ち上がり、あずさは椅子を直すと、その後に続く。

主演女優のカンナとは違い、打ち合わせ場所になったのは、

廊下の奥にある休憩所だった。


「今回、ロケ先として希望されているのが、『ザナーム』の……というか、
今はまだ『アカデミックスポーツ』となっていますが、西東京のジムです。
『BEANS』でのロケがあると聞きましたので、一番近い場所を選びました」

「はい……」


花輪はプリントを取り出し、何やら説明を開始するが、

あずさはずっと下を向きっぱなしの美佳が気になり、そちらばかり向いていた。





その日の午後、岳は会社に戻り、『紅葉の家』を担当する敦と、社長室に入った。

社長の武彦は、午前中に会った取引先から、まだ戻っていない。

ソファーで向かい合う二人の会話は、今日行われた顔合わせのことになる。


「へぇ……そうなんだ」

「あれは『わがまま』なんてものじゃないぞ。
そのまま立ち上がって出てこようかと思ったが、
まぁ、これがうちの宣伝になると頑張った広報部のことを思って我慢した方がいいと、
千晴さんに言われた」


岳はソファーの背もたれに、寄りかかる。


「千晴さんに? まぁ、確かに、広報担当者が結構動いただろうしね」


敦は、あのドラマ枠は、スポンサーのなり手が多いと聞いたことがあると話す。


「ドラマで芸能界とか描くとさ、タレントがわがままでって、そんな話もあるけれど、
本当にそうだとはね」


敦はそういうと、岳の持ち帰った資料を見る。

並んでいるスポンサーは、確かに大手ばかりだった。


「近頃ずっと高視聴率を出している『萩野カンナ』だし。
『岸田』の物件が、あの事故よりも別の注目を生み出せたらいいけれど」

「まぁ……やるからには、こっちにもしっかり利益を作らないと意味がないな」


岳はそういうと、疲れたと首を軽く回しだした。



【47-2】



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