47 彼女の魅力 【47-2】

『東青山』の相原家。

千晴は顔合わせを終えた後、『BEANS』に戻ることなく、浩美のところに顔を出した。

久しぶりに顔を出した芸能の世界は、さすがに華やかだったと説明する。


「やっぱりあの業界にいたらよかったなと、急に思ったりして」


千晴の浮かれたようなセリフに、『真面目に仕事をしなさい』と浩美が釘をさす。


「何、本気で聞いているのよ。わかっていますよ、私だってあの世界では、
もう年齢がリミットを越えていることくらい。ただ、そんなふうに思ったって、
言っているだけじゃないの」


千晴はそういうと、『スポンサー』枠で、『森田製菓』の人もいたと、

もらった名刺を浩美の前に出す。


「ねぇ、『森田製菓』には今年大学を卒業するお嬢さんがいるんだって。
ちょっとそんな話になってね。それでね、敦だけれど……」


千晴は、敦をロケ先に連れて行ってみようかと、言い始める。


「あの子だって若いのだから、そういう世界に興味が全くないとは思わないし」

「千晴……もういいの」


浩美は、敦は自分の道を進み始めたのだからと言い、

余計なことはしなくていいと、千晴に告げる。


「余計なこと?」

「そう……」


浩美は、敦も一人前なのだから、自分の未来は自分で決めたらいいとグラスを前に出す。


「叔母さん」

「千晴にあの時、相談なんかして悪かったと思っている。
武彦さんを見ていたら、自分がひどい母親だったなと反省したの」


千晴はいきなりどうしたのだと、浩美に迫る。


「千晴に言われたでしょ。私は岳に遠慮しているって。確かにそう。
私はあの子に遠慮している。敦と同じようにとはやはり思えないし、
岳は最初から相原の血を引いているし、義父も武彦さんも、期待している」

「それはわかるわよ。だから岳だって『三国屋』の……」

「それが違うの」

「違う?」

「岳は、『三国屋』のお嬢さんとのお付き合いを辞めたのよ」


浩美の言葉に、千晴は『冗談でしょう』と口にする。


「冗談じゃないわ。青木さんから連絡をもらって、武彦さんが会ったもの。
向こうは残念だと言っていたそうだけれど、でも、武彦さんは頭を下げたって」

「何それ……」

「岳は今、あずささんとお付き合いしているみたい。武彦さんもそれを知って、
温かく見守る気持ちになっているようだし、もちろんお義父さんもご存知でしょ」


千晴は、社内で何度か会ったあずさの顔を思い出す。


「あずさって……あの……」

「そう、うちに居候していた、あのあずささん」


浩美は、岳がそうなのだから、敦に自分の相手を選ぶなと言えないことを話す。


「ウソよ。そんなことありえない」


千晴は、自分の目に映ったあずさの印象を、思ったとおりに語りだした。

取り立ててスタイルがいいわけでも、顔が美人なわけでもなく、

仕事もバリバリに出来るタイプだとも思えなかった。

むしろ、どこにでもいそうなくらい、特徴のない人ではないかと口にする。


「あんなレベルだったら、私、もっとかわいい子も知っているし、
美人だって知っているわよ」


千晴は、自分だってその中に入れるのではないかという意味を込める。


「岳が求めていたのは、そういうことではないのでしょう」


浩美は、あずさ自身はとてもいいお嬢さんだと、フォローする。


「遊びよ……ちょっと、珍しいものがそこにあったからって、きっと、
そんなものよ。地位のある人は、最終的に同じレベルを求めるものなの」

「地位?」

「そうよ……この人間より、自分の方が上だと空気を見抜ける人は、
絶対にそうなの。下の人間のことなど、まともに考えるわけがない」


千晴はそういうと、とにかく自分は敦の相手を探すと言い、部屋を出て行ってしまう。

浩美は、千晴の相変わらずとも言える態度に、閉まった扉を見ながら大きく息を吐いた。





『『BEANS』の社長と親戚だと……』

『はい……』

『なんだ、もっと早くそういうことを言えばいいのに』

『でも……』

『次回作の構想を練っているところなんだ。
今なら君を、いいポジションで送り込むこともまだ可能だよ』

『先生……』

『私の別荘に……来られるかい』



相原家から『東青山』駅までの道を歩きながら、千晴は昔のことを思い出していた。

自分の容姿があれば、すぐにでもドラマやショーに出られると信じていたが、

仕事はほとんどもらえずに、年齢だけが重なった。

『BEANS』の親戚だと言うことが伝わると、その流れを利用したいという人たちから、

色々と声がかかえるようになり、千晴も短い春を味わったが、

『別荘に来て欲しい』という誘いを受けた時、

それがどういうことなのか薄々気付きながらも、

自分にプラスとなるのならと、気持ちが傾きかけた。

その複雑な感情を、あの頃、まだ下っ端だった雄哉に止められた。



『それをしたら、抜けられなくなるぞ』



千晴は当時、仕事仲間としても尊敬していた雄哉の言葉に、

流れそうになる気持ちを踏みとどめた。

『一人の人間』としての誇りを選び、抜け出すことを切り捨てた。

結局、その先生から声がかかることはなく、少しだけ上向いた時期も、

あっという間にまた下降線をたどる。

大物司会者、主演俳優、そして大物プロデューサーなど、『力のあるもの』が、

いつも向けてくる目は、『上からの目線』だった。

言うことを聞けば重用され、意見を言えば遠ざけられる。

千晴は、過去の体験から、『力を持つ』ことが何よりも大事だと思うようになった。



『BEANS』



千晴にとって、権力の象徴とも言えるのが、この企業名だった。

自分になびかない岳に対して、悔しい気持ちはあっても、

『三国屋』のお嬢さんを相手に選び、言い寄ってくる女性と適当に遊ぶ岳の姿は、

ある意味、『運命を使う、地位のある正しい男』の姿に見えていた。



『岳は今、あずささんとお付き合いしているみたい』



浩美も武彦も認めているというようなセリフに、

千晴は自分の信念が、あっさりと覆される気がしてしまう。

会長を務める庄吉にとって、思い出の人の血を引くあずさが、

大事な人だということはわかっていた。

しかし、岳は敦とは違い、正面から『BEANS』を継げる存在なのだから、

昔話の続きになびくわけなどないと、実際はそう考えていた。

千晴は、納めどころのない思いを抱えたまま、改札を通るとそのまま電車に乗った。



【47-3】



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