47 彼女の魅力 【47-4】

『付き合っている……』


どう答えるべきなのか迷っていると、千晴の方がさらに続けてくる。


「私が担当になるって言うのも、岳から聞いたのでしょう。隠さなくてもいいわよ。
叔母さんからもそう聞いたし」


千晴は『わかっている』という表現をしたため、

あずさは『はい』と認める答えを返した。千晴はあずさのことをじっと見る。

どう考えても、目の前に立つあずさが、あの岳に選ばれたと思うことが難しく、

千晴は首を傾げてしまう。


「ねぇ……あなた、何か持っているの?」


千晴の問いかけに、あずさは返事が出来なかった。

『持っている』ものとはどういう意味なのか、理解して言葉を押し出すことが出来ない。


「会長の、縁がある女の子だと言うことしか私は知らないけれど、
岳は『三国屋』のお嬢さんと婚約寸前だったの。向こうは『三国屋』よ。
いくらあなたが田舎から出てきても、わかるわよね……」


あずさは『三国屋』と言われて、

『リクチュール』のスーツを買ったときのことを思い出した。

そういえば、岳のそばに来た女性がいたことも、同時に思い出される。

『婚約寸前』という言葉が、あずさの耳に残った。


「『三国屋』を捨てていいと思えるものが、あなたにあるの?」


千晴は、あの冷静で頭のいい岳が、こんな判断をすることが信じられないと話す。


「いい? なんだか要領がいいようには見えないから話をしてあげるけれど、
岳は昔から、一人になんて定まったことがない男だからね。
あなたも自分だけだと、夢のようなことを考えないほうがいいわよ。
岳は、学生時代からずっと、複数の女性と付き合っていたの。
それに、常に自分の利益を考える男だからね……」


千晴があずさに言葉をぶつけているとき、小原は化粧室から出ると、

その状況に驚き、思わず隠れてしまった。出て行って横に立つのも難しい気がしたし、

会話を切ってしまうのも、どうなのかと思ってしまう。

『あずさと岳』という言葉だけが、小原の耳に入り続ける。


「まぁ……そんなにポッとした顔で答えているようじゃ、信じられないでしょうけれど」


千晴は、仕事でこれから何度も会うことになるからと言いながら、

あずさの横を通っていく。あずさは千晴の態度に、

とりあえず道を譲るとその後姿を見る。千晴は一人で食事のメニューを選び、

会計を済ませると、自分の場所を確保した。



『婚約寸前』



「ごめんね、宮崎さん」

「あ……はい」


あずさと小原は、エレベーターを待ち、社員食堂をあとにした。





あずさと小原は、最寄り駅まで一緒に歩くことにしたが、

食堂にいたときのように、言葉があふれてくることはなく、黙ったまま進んでいく。

それでも地下へ続く階段が見えたとき、小原が『ねぇ』と声をかけた。


「はい」

「……ごめんなさい、私、聞いてしまったの」


小原は、化粧室から出てきたとき、あずさと千晴が会話していることに気付き、

その場に立ち止まってしまったと話す。


「立ち聞きしようとしたわけではないのだけれど、
結果としては、そうなってしまって……で……」


小原は『ごめんね』と言いながらあずさを見る。


「そんな、謝ることではないですよ」


そう言った後、以前、同じような道を歩きながら、小原の娘さんが、

身分違いの恋に破れた話を聞いたことを思い出す。


「そういえば、前に心配してもらいましたよね、小原さんに」

「あ……うん」


小原もそのことを覚えていたが、今、その話を蒸し返すのはと、

歯切れの悪い返事をする。


「自分でもそれは難しいよと思いながら、でも……気付くと好きになっていました。
考えても結局、『好き』という思いは、消去できるものではなくて」


あずさは、『出会えたことが奇跡』のような人なのでと、岳のことを語る。


「今、言われていたことを振り返りながら、そうだよなだと思っていて。
私に何があるんだろうと……」

「宮崎さん……」


あずさが自信なくそう言った気がして、小原は心配そうな表情になる。


「でも、あれこれ深く考えることはやめて、正直に生きようと決めました」


あずさも、小原に心配させてはいけないと、切り替えて明るい声を出す。


「これから先のことなど、それは何もわからないけれど、でも……」

「ごめんなさいね、私が以前、娘のことなんて例に出したから」

「いえ、そんな」


あずさは、自分の母親も、実は心配していると話す。


「そう……お母さんが」

「はい。あまり細かいことを言う母親ではないのに、やっぱり思うのかなって」

「それはそうよ。母親はそういうものだもの」


小原は、あずさの母が心配するのは当然だと、繰り返す。


「でも……『ケヴィン』があんなに柔らかい表情をするなんて、見たことがなかった。
驚いちゃった。あれは間違いなく宮崎さんの力」


小原は、そういうと、あずさの背中をポンと叩く。

二人の足は階段を下り、改札が目の前に迫る。


「ねぇ、それなら、これから何を持っているかと聞かれたら、こう答えなさい。
あなたには……そう、宮崎さんは『人を前に向ける力』がある」


小原はそういうと、あずさと出会うと、『自分も頑張ろう』と思えるようになると、

両手でガッツポーズを作る。


「小原さん……」

「ものすごく遠い場所で頑張る人を見ても、人間って『どうせ自分とは違う』って、
斜に構えたりするでしょう。たとえばオリンピックとか、甲子園とか、
まぁ、そういうのは選ばれた人だからねって。でも、すぐ隣にいてくれるような人が、
頑張っているのを見ると、そう、自分ももう少しやれるって、思うことが出来るのよ」


小原はそういうと、『褒めたことにならないかしら』と少し不安そうな顔をする。


「いえ、とても嬉しいです」


あずさは、小原の言った『人を前に向ける力』という言葉が、

庄吉から聞いていた『風』という言葉につながる気がして、嬉しくなる。


「社長の長男であの雰囲気だもの、もてたでしょうし、今ももてるでしょうけれど、
だからこそ、あなたを選んでくれた意味……それはあなたの魅力なのよ、宮崎さん」


小原はそういうと、今度はほたるちゃんも含めて会いましょうねと、

改札の前で手を振ってくれる。あずさは『はい』と頷くと、

また会いましょうと手を振りかえした。



【47-5】



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