47 彼女の魅力 【47-5】

食堂を出た千晴は、『BEANS』経営企画前の廊下を歩き、自分の席に座る。

思いがけない場所であずさに出会い、その穏やかな表情を見せられ、

千晴は、出来る限りの嫌みをぶつけていた。

机の上には、来週から始まるドラマ撮影の打ち合わせ表が置いてあるだけで、

他の社員のように、企画書や建設計画などの『BEANS』本来の仕事書類は1枚もない。

千晴は打ち合わせの紙をめくりながら、ただ、時をやり過ごす。

すると、『岸田』の分譲建設に新人として加わっていた朝原まどかが、

泰成に何かを見せながら、笑っている姿が目に入った。


「石井さんもそう思いますか」

「うん、これはこうかなと」


途中入社をして、ただの跡取りには屈しないと大きなことを言っていた泰成も、

岳の余裕を見せた仕事振りに、すっかり気持ちを丸くされてしまったため、

千晴はそれ以降、会うことを辞めている。

泰成は以前、工務店で働いた経験を持つまどかの意見は参考になると思うのか、

隣の席を空け、さらに細かい話をしているように見えた。

建築論や、デザイン論。

『BEANS』の中では、ごく普通の光景。千晴は、泰成たちから目をそらす。

千晴は、子供の頃から勉強があまり得意ではなかった。

運動神経が悪いこともないが、運動会でスターになれるほどの実力もない。

唯一、人より勝っていると思っていたのが、自分の容姿だった。

親からも親戚からも『かわいい』と言われ、学生時代には数名から告白された。

自分なら出来るという思いを持ち入ったのに、競いの場所に出てしまったら、

小さな自信は何もならず、居場所を確保するために、親戚のコネを使った。

千晴は部屋の一番前を見る。そこでは岳が大きな地図を広げ、

誰かと話しているようだった。



『何を持っているのか……』



あのあずさが、岳の思いを捉えたのなら、色々な出来事に巻き込まれても、

『ザナーム』に入り、自分の居場所をしっかりと確保しているのなら、

『芸能界』という、自分が相手より知っている場所に引きつれ、

千晴はあずさ自身を見てみたくなる。

書類を手に取ると、お尻が浮きそうになる席を離れ、千晴は5階まで降りていった。





『『翠の家』で行われる染物教室に、参加させてもらうことになりました』



その頃、5階の『豆風家』の部屋では、敦が涼子からのメールを受け取っていた。

涼子は、染物の先生から、気持ちが向くのなら、手伝いに来ないかと誘われたことを、

メールの文章にしてくれていた。敦は日付を確認する。

『翠の家』近くには、『翡翠の家』の建設が決定しているため、敦は時間を合わせて、

涼子の様子を見に行こうと考える。

すると、窓を叩く音がしたためその方向へ目を動かすと、

千晴が何やら紙を持ち、立っていた。

敦は、近頃顔をあまり見せなかったのにと思いながら、扉を開く。


「何、何かあった?」

「ねぇ、ヒマ?」

「……ヒマではないけれど」


千晴は中に入ってもいいかと聞いたが、敦は扉を閉めて廊下に出た。

『BEANS』と『豆風家』はあくまでも別企業だから入れられないと、千晴に話す。


「は? 何よ、自分はよく岳のところに来ているでしょう」

「あれは『紅葉の家』の建設計画があるからだ。兄さんだって、ここには入らない。
会うときには9階で会うか、食堂に行くかするけれど」


敦は、各地の『家』シリーズで生活している人たちのデータなどがあるため、

部外者は入れたくないのだと、そう話す。


「はいはい。どうせ私は部外者。どこにも居場所がないですよ」


敦は、いつもよりトーンの低い千晴の顔を見る。

いつもなら強引に言い訳をして、乗り込んでくるのにと思ったが、

今日の顔は、明らかに沈んでいる。


「居場所がないって……何それ。ドラマの主演女優担当、するんだろ」

「まぁね」

「兄さんが、打ち合わせで会ったけれど、わがままだって怒っていたよ、さっき。
でも、千晴さんが広報のことを考えて我慢しろと言ったって」


敦は、兄さんもその通りだと思っていたと、千晴に話す。


「居場所がないだなんて……千晴さんらしく……」

「ねぇ、あの子。岳と付き合いだしたんだってね」


千晴の言葉に、敦は『あの子』があずさのことだとわかる。


「別にいいと思うよ。僕はそうなる気がしていたし」

「何を言っているのよ。『三国屋』を捨ててって、考えられないでしょう。
どうせ、遊びでしょうけれど。今度、あの子が新人女優の担当らしいから、
何度か会うと思うし……」


千晴はそういうと、敦を見る。


「あのさ、そういう仕事に関係のない話なら、僕は仕事に戻るよ。
こっちでは本当に本物の新人なんだ。少しでも色々と調べて、仕事をしていかないと」


敦の言葉に、千晴は小さく頷くとそのまま去ろうとする。


「千晴さん」


敦の声に、千晴はその場で振り返る。


「宮崎さんと仕事をするのなら、わかると思うよ。彼女が、素敵な人だって」


敦の言葉に、千晴は『何を言っているの』と怪訝そうな顔をする。


「わかると思う」


敦はそういうと、扉を開け、『豆風家』に戻っていった。





「まぁ、結構大変なのね、撮影のスケジュールって」

「はい。『アカデミックスポーツ』の撮影は、休みの日に集中するそうなんですが、
トレーニングマシンをスタジオに持ち込んで、それらしいセットも作るみたいです」


あずさは『ザナーム』に戻ると、これからしばらく持ち場を離れることを、

先輩の京子に語った。京子はスケジュールを見ながら、

そんなことは気にしなくていいのよと、笑ってくれる。


「ですよね……私がいなくても、困らないでしょうし」


あずさは、花輪に怒られないようにしますと、京子に話すと、

返してもらったスケジュール表を見る。


「宮崎さん」

「はい」

「花輪さんは、もうちゃんとあなたをわかっているから大丈夫」


京子の言葉に、あずさは『どうでしょうか』と首を傾げる。


「それじゃなかったら、あなたを女優さんのそばになんて着かせないわよ。
もちろん、『BEANS』が絡んでいることもあるでしょうけれど、でも、
あなたの勤務態度も、やっていることも認めているからこそ、
『ザナーム』ですって前に出る仕事を、させたはず」


京子は自信を持ってねと、あずさを励ました。

あずさは『ありがとうございます』と言いながら、京子を見る。

最初の日こそ、何を考えているのかわからず、京子の姿を見ていたが、

今は、頼りがいのある先輩と言う位置に、しっかりと京子が座っていた。


「田中さんは、優しいですね」


あずさは、ちょっとした瞬間に出てくる京子の言葉に、いつも前向きになれたと思い、

そう言った。京子は、そうかしらと笑顔を見せる。


「もし、私が宮崎さんにとって優しいと思えるのなら……私の色々な経験も、
人生の糧になっているのだなと、少し自信がもてるわ」


京子はそういうと、しっかり頑張ってねとあずさを見る。

あずさは『はい』と返事をすると、スケジュール表をバッグにしまった。





【ももんたのひとりごと】

『芸能界』

ふと考えてみると、創作の中に結構『芸能界』を描くことが多いなと……。
別に、私が過去、そういう世界にいたというわけではありません。
しかし、『ちょっと変わった人』を描くのには、絶好の場所ではないかと、
そう思うもので(笑)。ニュースを見ていても、『常識では通用しないよ』ということが、
起こるのが、この世界……と思うのは、間違っているのかな。




【48-1】



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