48 真実の力 【48-1】

『婚約寸前』


小原と別れ、『ザナーム』に戻ったあずさの頭から、この言葉が消えていくことはなく、

帰り道を歩きながらも、ずっと気になっていた。

以前、小原の娘さんが、ある企業のエリートと付き合っていたが、

『結婚する』約束をしながらも、突然相手に裏切られ、10年もの間、

立ち直ることが出来なかったことを聞いていたため、

あずさは、『リクチュール』のスーツを買いに行った日、

岳の隣に立っていた女性が、今、どんな思いの中にいるのかと、考えてしまう。

恋に未熟で、『枯葉』になるかもしれなかった自分と違い、

岳に、それなりの相手がいたことくらい承知していたが、

具体例を出されてしまうと、言葉が言葉以上に変化してしまう。

駅で降り、スーパーに立ち寄り、夕食の買い物をする。

鍵を開けて部屋の電気をつけると、あずさはビニール袋をテーブルに置き、

押入れを開けた。

『三国屋』で買ってもらった、『リクチュール』のスーツ。

あずさはその袖口を持ち、小さく息を吐いた。





スタジオでの顔合わせ3日後、あずさはスケジュール表を持ち、

『アカデミックスポーツ』の西東京店舗へ向かった。

今日は女優の『星川美佳』も姿を見せることになっている。

テレビ雑誌などでは、『ウインドウーマン』の記事が、少しずつ顔を出すようになり、

その宣伝の一つとして、実際のジムでの写真撮影が組まれていた。

そして、千晴が『萩野カンナ』に着く1日目ということもあり、

そのスケジュールが、一応千晴の上司とも言える岳の下に届き、

そこであずさも『アカデミックスポーツ』に顔を出すことがわかる。


「相原さん、これ、お願いします」

「あぁ、わかった」


『岸田』の建設が順調に進み、『紅葉の家』を含む埼玉の物件も基礎工事がスタートした。

次なる予定地をどちらに絞るのか、そのプレゼン資料が、デスクに届く。



『岳さん……』



あずさの勤務先が、『アカデミックスポーツ』から『ザナーム』に変わったときも、

同じように状況が気になった。『岸田』という場所に、建設物件があったこともあり、

自分で顔を出せると思うと、いてもたってもいられなかった。

今回も、撮影場所がここから数分の『アカデミックスポーツ』だと思うと、

何かと理由をつけて、様子を見に行きたくもなるが、それは面倒なことになると思い、

岳は資料をめくることにする。

それでも気になるという感情が抑えられず、

岳は携帯を取り出すと、あずさあてにメールを入れた。



『とにかく余計なことはしない。関係ないことに首を突っ込むな』



あずさは岳からのメールを読むと、それをポケットに入れた。

今までの、あずさの無鉄砲な動きを心配してという意味なのはわかるが、

今日はあくまでも見届け人のため、口を出しようがないとそう考える。


「やっぱり来ていたのね」


声に顔をあげると、そこにいたのは千晴だった。

あずさは『おはようございます』と挨拶をする。

千晴は、そのあずさの表情が、全く曇りのないことに気付き、『ふぅ』と息を吐く。


「あなたって、度胸が据わっているのか、それとも全くの鈍感なのか、どっちなの」


岳のことを話し、あずさとのことは遊びだろうと言った千春に対して、

嫌な顔を全く見せないことへの、最大限の嫌みのつもりだった。

あずさは、その時に初めて言葉の意味がわかり『すみません』と声に出す。


「まぁ、傷つくのはあなただし、私には関係ないから」


千晴はそういうと、空いているベンチに腰かける。

あずさも千晴の動きに習うようにすると、隣に座った。


「何?」

「私、こういう場所は初めてなので、何をしていたらいいのか。
千晴さんはご存知だからと思って。マネを……」


あずさは撮影はどれくらいで終わりますかと、千晴に問いかける。


「さぁ……今日は写真撮影だけだって言うから、それほどかからないでしょう」


千晴はそういうと、足を組んでみせる。

あずさはスラッと伸びた、千晴の脚を思わずじっと見てしまう。


「何?」

「いえ……ありがとうございます」


あずさは千晴に礼を言うと、女優たちの到着を待った。





「はい、こっち、お願いします」


美佳が到着し、撮影用に作られたユニフォーム代わりのシャツに着替えると、

カメラマンがポーズを指示し、撮影が始まった。

自分の順番がまだだとわかっているカンナは、

椅子に座ったまま何やらスマホを動かし始める。


「ねぇ、川井さん」

「はい」

「ここから『BEANS』は近いのでしょう」


カンナの言葉に、千晴は『はい』と返事をする。


「だったら、顔を出してもいいかしら」


カンナは、『アカデミックスポーツ』で撮影があるから写真を撮っているのに、

もう一つのロケ先になる『BEANS』に行かないのはどうかと、声に出す。


「会社にですか」

「そう……私、イメージを結構大事にするのよね。先に場所を見ておかないと、
シチュエーションが浮かびにくいと言うか……」


カンナは、会社に連絡をしてくれないかと、千晴に話す。


「別に仕事の邪魔をしようと思っているわけではないの。『BEANS』にとっても、
いいことでしょう。私が顔を出したら、宣伝にもなるでしょうし」


カンナはそういうと、カメラマンに呼ばれたため立ち上がる。

千晴は携帯を取り出し、すぐに『BEANS』の広報担当者へ連絡を入れた。





『BEANS』の経営企画では、岳が細かい設計用紙を見たまま、

どういう着地点を見出すべきかと、頭を悩ませていた。

今までとはまた違うものを目指すことは決定しているが、具体的なデザインや、

細かい場所の決定は、まだ出来ていない。

オーソドックスにこだわった『岸田』の売れ行きは好調で、

最初のモデルルーム公開には、予想以上の客が訪れた。

となると、同じような坪数の土地情報に立候補するべきか、

あえて別となる都心部に場所を見出すべきかと、ペンを両方の図面に動かしていく。

すると、いつもなら聞こえないような声や歓声が耳に届く。

普段、冷静に仕事をしているまどかでさえ、椅子を引き、外に出て行った。

岳は嫌な予感がして、窓側を見る。

そこには数名の社員が出ていて、広報担当者と千晴の間に、

ドラマの主演女優であるカンナが歩いていた。


「うわ……あれ、萩野カンナだよ」

「あ、本当だ」


知らなかった社員たちも立ち上がり、普段見ることの出来ない人を見ようとする。

岳は顔だけ一度動かしたが、すぐに仕事に戻るためマウスに手を乗せた。



【48-2】



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